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魔法が使えない魔導師と、霧の大陸の教え子たち  作者: 稿 累華
第15章:冠を戴く者

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295話:移ろいの写生帳

 シェイラは翌週、ガルバディアからヴェッセンダリアへ戻ることになった。四年前よりも少しはやい季節だったゆえに、紫苑ザクラはまだ蕾で、花々も咲いておらず、冬の名残りばかりの出立の日であった。

 前回と異なって、シェイラは王城内の転移陣を用いる。ひと月かかる旅程が、陣であれば一瞬だ。


 シェイラは、ムディアンとティアランに見送られて、城内の陣に入るところだった。


「──兄が見送れなくて、すみません」


 ムディアンが詫びた。シェイラは首を振る。


「仕方ありません。忙しいですから」


 先週、貴族たちに開示された女王の死と王配の失踪、ムディアンの廃太子は、場が整えきった状態で行われたために、一先ずの混乱はなかった。無論、驚愕や動揺がなかったかと言えば、嘘になる。

 それをすべて、イディオンは制してしまった。次々と貴族たちに声をかけていき、場の混乱が起きる前に貴族たちの動揺を圧倒した。隅のほうで様子を見ていたシェイラは、舌を巻いた。


(わたしは、ほんとうにとんでもない方を発見して、戻してしまったかもしれませんね)


 シェイラはちょっとうれしくなった。イディオンの活躍を目の当たりにして、心があたたかくなる。


「あの、シェイラ師……」


 シェイラが思い出していると、指をもじもじとさせたティアラン姫が、シェイラをおずおずと見た。


「このあいだは、物を投げてしまって、申しわけございませんでした」

「……いいえ」


 シェイラは、上目に見上げてくるティアランを見て、いつかのイディオンを思い出した。

 イディオンは子犬のようであったが、ティアランは子猫のようにかわいらしい。


「お元気になられたようで、よかったです」


 シェイラがそう言うと、ティアランは、真っ赤になっている目元にうっすらと弧を描いた。父母のことはそう簡単に乗り越えられることではないだろうが、この姫君には、強い兄がふたりいる。そのうちきっと、立ち直るだろう。


 シェイラは、ぺこっとふたりに頭を下げると、転移陣のなかに入った。

 ヴェッセンダリアに、戻らなければならない。

 シェイラには、やらねばならぬことがある。


 ──{朧竜}を、止める。


 イディオンとの別れは、そのためだ。

 決然と、顔を上げる。



「──シェイラ!!」



 陣を発動させたところで、ばんっと両扉が開いた。

 ひとつに結った髪を振り乱したイディオンが、明滅する光に、なにかを差し出す。


「これ! 来月の! 誕生日の!」


 シェイラは、現れた姿にびっくりしたまま、差し出されたものを受け取った。大きな筆記本(ノート)のようなもので、シェイラは顔を上げる。


「おめでとうが……──」

 言いたかった。


 イディオンの言葉は、そのまま転移陣の光でかき消えてしまって、最後まで聞くことができなかった。


 シェイラは、ぽかんとしたまま、移り変わったヴェッセンダリアの転移城塔のなかにいた。

 なにがなんだかわからないまま、手元にある帳面を見つめる。


 急いで、ガザンの塔に戻った。ガザンが死んで、空いた老師の席は埋まっていないために、一時的に準師であるシェイラが管理を行っている。

 自分の部屋に戻って、寝台に座って、渡されたものを開く。


 ──写生帳であった。


 大きな写生帳は、開くと、画筆で描かれた景色に、水彩で色づけがされている。{保護}の魔法がかかった顔料を使っているのか、擦れた様子がない。


(これは……)


〝あなたと見た移ろいを込めて〟


 そう題されて描かれているのは、この一年で旅をした場所の風景だった。

 星都からはじまり、モルリオール、花の都、ルーマン、オルリアの国境、ユグラウル岩窟に、女王国の森。隅には、描かれた日付けが記してあって、ふたりの旅路が描かれている。


 シェイラは言葉を失いながら、一枚一枚をめくった。


 後半は、イディオンの記憶から表象されたもののようで、四年前に見た王都の景色があった。紫苑ザクラ。夏のブナ。秋のイチョウ。そうして、めくるうちに描かれていたのは、王都の夜の景色だった。


 シェイラが翅で降りる場面。

 それを、蛍モミの高台から見ているような構図であった。優雅に描かれていて、気恥ずかしい。


(あの時……)


 はじめて出会った時、イディオンは、シェイラを見ていたのだ。

 思い出す。じっと、幼い姿のイディオンが見てきた時のことを。


 シェイラはぼうっと、最後の頁に至る。


 そこには昨夜の日付けで、素描画があるだけだった。

 シェイラの横顔が、描かれている。ためらいのない、けれどやさしい線で、描く指先でなでられているような気分になった。


「……こんな美人じゃありません」


 朱を帯びたものから逃げるように言いわけを口にして、そこで隅に走り書きを見つける。怜悧な筆致で、さっと一言、綴られていた。

 シェイラは、その字をしばらく見つめると、写生帳をゆっくりと閉じて、胸に寄せる。じんわりと感じたものに、顔を上げた。


 ──生きよう。


 シェイラは、強く、思う。



〝あなたが失った隣は、ぼくの隣に〟



 ──生きて、必ずまた、イディオンの隣に戻ろう、と。





(第15章:冠を戴く者──了──)


【15章登場人物※再掲】

グシェアネス

 ガルバディアの絶対女王。


エヴェリヤン

 ガルバディア女王の王配。


ムディアン

 ガルバディアの王太子。第二王子。


ティアラン

 ガルバディアの王女。一番年下。

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