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魔法が使えない魔導師と、霧の大陸の教え子たち【6/6完結予定】  作者: 稿 累華
第15章:冠を戴く者

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287話:女王と王配

 グシェアネスとエヴェリヤンの出会いは、もう六十年以上前のことだ。


 グシェアは、先代父王が突然身罷って十七で即位した、見た目どおりの若い女王であった。その時、戴冠式に列席したヤンは、四つの子ども。まさかこれより、十数年後にこのふたりが、婚姻関係を結ぶことになるとは、だれも思っていなかった。グシェアも、思い至っていなかった。


 自分のことを見上げてきた、つぶらな縹色の瞳。

 つまらなかった戴冠式で、グシェアはそれだけはしっかりと覚えていた。


 ガルバディア王家は、魔導師ガルバーンより受け継がれてきた強大な〈導脈〉をさらに強力にするべく、貴族たちのなかで強い力を持つ者を伴侶としてきた。結果、絶対女王グシェアネス、という史上最強とも呼ぶべき逸材を生んだ。

 そして、そのつがいとして、白羽の矢が立ったのが、エヴェリヤン少年だった。


 クレイアス家。ガルバディア貴族列席第二位の名門。

 当主として育てられたエヴェリヤン少年は、十六を迎えると、当時二十九のグシェアネスと婚姻を結んだが、十年前とほとんど見た目の変わらないグシェアネスは、成長したエヴェリヤンのおかげで、ちょうどよい年頃の夫婦に見えるようになった。



「──年増を押し付けられたとは思わないか?」



 初夜の儀。グシェアが長外套(ガウン)を寝椅子に脱ぎ捨てて、裂け目から白い(もも)を出し悠然と足を組んでも、青年になったエヴェリヤンはぴくりとも眉を動かさなかった。

 けれど、月光を受けて眩く輝くグシェアのほうを、陶然と見上げた。


「思わない」

「お前より、十三も上だぞ? 歳の近い娘のほうがよかったと思わないのか?」


 グシェアは見上げるエヴェリヤンの顎をすくって見下ろしてやる。


「……思わない」

「なぜ?」

「なぜって……」


 エヴェリヤンは、縹色にきれいな〈導脈〉の輝きをたたえていたからだ。


「憧れの人だから」


 その月面をたたえたような純情な様子に、グシェアはいささかたじろいでしまった。

 頭を掻きたくなったが、その仕草はがさつに見えると侍女から叱られたことを思い出す。グシェアは、どうすればよいのだと一瞬考えあぐねいてから、にやっと笑んだ。


「──(わたし)に尽くせるか?」

「そのつもりだよ」

(わたし)の力を受け止められるか?」


 グシェアは、十六のエヴェリヤンの膝に立ち、縹を覗き込む。


「ああ。どれほどでも」


 返答に、グシェアは笑みを深めると、口づけを施した。

 それから、初夜を越え、ふたりは夫婦として足並みを揃えていった。


 グシェアネスが戦場で活躍し、エヴェリヤンは内政を治める。グシェアが母としての大らかさを持てば、ヤンが父として慎重な判断を。グシェアが感情的になれば、ヤンが論理的に。

 そうして、五十年以上、ふたりで月日を過ごしてきた。子も三人生み、仲睦まじく、過ごしてきたはずであった。


(ちがった……のか……)


 曇った思考では、考えきれない。体も痺れて、魔力が練れない。



「──ただいま、グシェア」



 血と葡萄酒に沈んでいるグシェアのところに、エヴェリヤンは戻ってきた。後ろに何人か知らない影を連れ立っている。

 エヴェリヤンの姿が出て行った時と異なって血濡れであることに、まぶたが、かすかに動く。


「取ってきたよ」


 ごろっ、とその手から、蒼玉のようなファル石が落ちて、血の沼に沈む。


(……ムディアン)


 我が子を手にかけたのか。

 強い悲しみが、グシェアのなかに広がる。


「待たせたね」


 エヴェリヤンはそう言うと、沼にためらいなく膝をついてグシェアの体を持ち上げる。

 さながら、助け起こすようにされながらも、グシェアはとどめを刺されるのだと、ぼんやりとした思考でわかった。唇を重ねられて、そうして胸に一突き、短剣が刺される。めり込む執拗さに、夫の愛を感じた。


(ヤン……)


 流出する血とともに、悲しみが広がる。魔力が吸い取られるとともに、体が冷たくなっていく。唇を離されて、言葉が届く。


「君を愛している」


 グシェアは、瞳の光を消していきながら、重なった縹色の奥に、小さな子どもだったエヴェリヤンを見た。

 自分を見上げてきた、四歳の子ども。憧れの人と言ってきた頃。


(そう、か)


 愛は、変わっていない。

 だけどきっと、グシェアは夫のなにかを理解できていなかったのだろう。


(だめ……だな、まったく)


 イディオンの気持ちといい、夫の気持ちといい、細かい機微を理解できないのは、どこまでもグシェアだった。魔法もそうだが、細かいことはあまり得意ではないのだ。


「……ああ、わた……し、も」


 グシェアが囁くと、エヴェリヤンは縹を瞠った。グシェアを手にかけながらも、喪失を広げていく夫に泰然と笑みを返す。


 ──自分の愛は、いつか届けばいい。


(……すまない、ヤン)

 いつ、置いてきぼりにしまったのであろう。そんなつもりはなかったというのに。グシェアは、がさつだから、ほんとうに気が利かない。

(仕方ない、か……)


 先に〈霧の峡谷〉の岸辺で待っていよう。


(そこで……)


 話そう。なにを置いてきぼりにしてしまったのか、ふたりで話そう。

 両手を広げて、待っている。

 そんな大らかさもまた、自分らしさであった。


 胸から大きな石が転がる。そうして、夫の胸に抱かれながら、グシェアは唇に笑みを残し、命のぬくもりを消していった。



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