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魔法が使えない魔導師と、霧の大陸の教え子たち【6/6完結予定】  作者: 稿 累華
第14章:敬愛する師

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283話:世界の枠組み

「──それが、君たちの答えか」


 翌日、同じ頃合いに、ガザンの研究室に、他の騎士たちを伴ったリマスが現れた。そのなかには、マーロ・スパンもいた。それから、盲目の女。副団長だと名乗っていた。フランという名らしい。

 リマスは、漆黒の虹彩に、嫌悪と侮蔑のまだらを描くように、シェイラたちを見る。


「そうです、先生」

「仲間にはならないと?」

「なりません」


 シェイラは、明言する。

 心は揺らがず、いつもの自分があった。魔導師シェイラータの軸が、しっかりとあった。


(もう、大丈夫)


 ──わたしはもう、自分のやっていることに迷わない。


「君たちは、この世界に加担するということか」


 リマスは顔を歪ませて、シェイラたちに問う。


「先生に……ひとつ、お尋ねしたいことがあります」


 シェイラは、リマスの問いに答えなかった。

 怪訝そうに赤毛の眉が、片方上がる。


「子どもたちを殺してきたのは、先生たちですか?」

「…………」

「リヨンさんの{感応}を取ったのも、先生たちですよね?」


 シェイラは、ちらっとマーロの顔を見た。隻眼の男は、にやっとする。


「師匠を殺したのも……先生ですか?」


 シェイラの積み重なった問いに対して、リマスはしばらく答えなかった。無言の時間があり、ややもせずに呑気とも言える台詞が返ってくる。


「それがどうしたんだい?」

「……なぜ、殺したのですか」


 皮膚の下で、〈命脈〉が活性化するのがわかった。感情が、魔法を賦活させようとしている。


「犠牲だよ。必要な、代償。黎明の世を導くために必要な犠牲だ。書いてあったからね」

「手記にか?」


 イディオンが問う。


「そうさ。昨日も言った、魔導師ノザリアンナの手記。そこに、魔導師たちによって隠された{朧竜}を呼ぶ方法、破壊する方法が書いてあったんだ」


「…………」


「ノザリアンナはね、師匠や弟子たちのやり方を心底憐れんで軽蔑していた。だから、後世の人間が真相に辿り着き、破壊を願った時のために、{朧竜}を壊すための術式を、他の弟子たちにばれぬように、こっそりと仕込んだんだ」


 ──魔導師ユベーヌとともに。


 リマスは、そうつづける。


「その呪了の魔術{代償召喚}を発動させるための触媒のひとつが、子どもたちだよ。〈哀れな子どもの魔法〉がいくつか、〈哀れな超克し得た力〉がひとつ、〈偉大な女魔導師の力〉もひとつ。そんなところかな? あといくつか必要なんだけど、目星はついていてね。全部で十二個必要なんだ」


 シェイラの頭のなかで、さまざまな事柄が結びついていくのがわかった。

 〈哀れな子どもの魔法〉は、アノンだ。阻止しなければ、ヤルチェが加わっていた。モルリオールで、マーロ・スパンは予備がある、と言っていた。予備はつまり、各地で殺されてきた子どもたちのことだろう。


 思い至って、震えが止まらない。

 リヨンから奪われた{感応}。それが、〈哀れな超克し得た力〉であろうか。


「偉大な……女魔導師の力……」


 ガザン。

 師の、シェイラをここまで導いてくれた偉大な老師の笑みが、脳裏に浮かぶ。


「メイベ・ガザンは強かったな。僕が担当する獲物だったんだけど、入念に準備しておかなかったら、一瞬でやられてたよ」


「…………」


「産み捨てられた赤ん坊の死体をさがしたりしてさ、そういう哀れな子どもはいっぱいいるけど、大変だったな」


 リマスは、悦に入った笑い方をする。


「でも、それが功を奏した。メイベは、怯んでたよ」

「…………」

「自分が産んだ子どもを捨ててきた後悔と絶望で、死んだ」


 瞬間、シェイラは紫電を放っていた。雷鳴とともに、室内全体に紫と銀を帯びた光が落ち、リマスをねらう。


 マーロが土塀を築いて、リマスを防ぐ。一瞬、拮抗し、シェイラが穿とうとする前に、ぽんと肩に手を置かれた。


「嘘だな」


 イディオンだった。


「ガザン師は、満足して死んでいった。ぼくたちが師を見つけた時、笑っていたよ。幸せに死んでいった。残念だったな、リマス・ヘライン」


 イディオンの言葉で、シェイラは紫電を収める。


「そうだろ、シェイラ?」


 シェイラは、こくんと肯く。

 前を見据える。


「……やれやれ」


 マーロが解いた土塀から、顔が出てくる。


「まあ、わかったよ。君たちにその気がないのは」


 リマスは、退屈そうに言って、それからぎろっと黒目が、白目まで侵襲した。


「なら、世界に加担し、哀れな子どもたちを作りつづければいい。黎明の世が来るのを黙って見ていろ」


「いいえ」


 シェイラは、否定した。


「世界には、加担しません。でも、だれも犠牲としません」

「相変わらず、甘いことを言うね、シェイラは」

「今目の前にいる人間を助けずに、犠牲にして代償として捧げる方法は、だれも救いません。そうして導かれる新しい世があるとしたら、それは、まちがっています」


 断言する。


「わたしたちは、絶対にそんなことはしません。犠牲がなくても、{朧竜}を止めてみせます。この世界の《《枠》》《《組》》《《み》》《《を》》、変えてみせます」


「偽善だ」


 リマスは、臙脂色の長外套を翻す。背に、〈荊棘(けいきょく)の剣〉。


「代償なくして理想は作れない。世界に加担する偽善者は、絶望して、死ねばいい」


 リマスは言い残すと、フランという副団長とともに{転移}で、かき消えていく。


 あとには、マーロだけが残った。


「これは、ぼやきだが……」

 長外套を翻しながらも、マーロは{転移}しない。


「必要な代償は、あと四種類ある」


 シェイラもイディオンも訝しんだ。

 マーロの台詞を聞く。


「そこには、よく知られている者たちがいる。呪いとは、遠いものや他人事ではなく……」

 後悔が滲んでいるように聞こえた。


「……身近で、隣に潜むものだ」


 星詠みの詩を思い出せ。


 マーロは、最後に、そう言い残す。そうして、何事もなく、{転移}をしていった。


「今のは……」

 イディオンのつぶやきに、シェイラは無言で首を振る。


 マーロ・スパン。あの男もまた、〈魔法が使えない〉枠組みに問題を感じていた男だ。なにか、思うことがあるのかもしれない。


 シェイラは聞いてみたかったけれど、今やるべきことは異なった。頼りになるのは、星詠みの詩。もう一度、きちんと紐解かなければいけない。


(イディさんとなら……)


 できる気がする。この聡明な青年がいれば、きっとなんとかできる。

 ヴェッセンダリアには、オモノン老師もいる。他の老師、準師たち。皆で強力すれば、騎士たちの行動を阻止しながらも、{朧竜}を止められるかもしれない。


 シェイラの胸には、たしかに、希望が宿った。それは、隣にずっといてくれるイディオンが、シェイラとともに歩んできてくれていたからだった。


 だが、シェイラたちは巻き込まれていく。



「──イディっ!!」



 数日後、ヴェッセンダリアに{転移}で転がり込んできたのは、取り乱した様子のスヴェリであった。何事かを問うより前に、切迫した声が告げる。


「王城が、襲撃を受けた!」


 シェイラは絶句する。


「襲撃者は?」


 冷静に問うたイディオンに対して、スヴェリは、苦渋をあふれさせるようにつぶやいた。


「……魔女の騎士。それから──」


 エヴェリヤン王配殿下だ、と。





(第14章:敬愛する師──了──)

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