283話:世界の枠組み
「──それが、君たちの答えか」
翌日、同じ頃合いに、ガザンの研究室に、他の騎士たちを伴ったリマスが現れた。そのなかには、マーロ・スパンもいた。それから、盲目の女。副団長だと名乗っていた。フランという名らしい。
リマスは、漆黒の虹彩に、嫌悪と侮蔑のまだらを描くように、シェイラたちを見る。
「そうです、先生」
「仲間にはならないと?」
「なりません」
シェイラは、明言する。
心は揺らがず、いつもの自分があった。魔導師シェイラータの軸が、しっかりとあった。
(もう、大丈夫)
──わたしはもう、自分のやっていることに迷わない。
「君たちは、この世界に加担するということか」
リマスは顔を歪ませて、シェイラたちに問う。
「先生に……ひとつ、お尋ねしたいことがあります」
シェイラは、リマスの問いに答えなかった。
怪訝そうに赤毛の眉が、片方上がる。
「子どもたちを殺してきたのは、先生たちですか?」
「…………」
「リヨンさんの{感応}を取ったのも、先生たちですよね?」
シェイラは、ちらっとマーロの顔を見た。隻眼の男は、にやっとする。
「師匠を殺したのも……先生ですか?」
シェイラの積み重なった問いに対して、リマスはしばらく答えなかった。無言の時間があり、ややもせずに呑気とも言える台詞が返ってくる。
「それがどうしたんだい?」
「……なぜ、殺したのですか」
皮膚の下で、〈命脈〉が活性化するのがわかった。感情が、魔法を賦活させようとしている。
「犠牲だよ。必要な、代償。黎明の世を導くために必要な犠牲だ。書いてあったからね」
「手記にか?」
イディオンが問う。
「そうさ。昨日も言った、魔導師ノザリアンナの手記。そこに、魔導師たちによって隠された{朧竜}を呼ぶ方法、破壊する方法が書いてあったんだ」
「…………」
「ノザリアンナはね、師匠や弟子たちのやり方を心底憐れんで軽蔑していた。だから、後世の人間が真相に辿り着き、破壊を願った時のために、{朧竜}を壊すための術式を、他の弟子たちにばれぬように、こっそりと仕込んだんだ」
──魔導師ユベーヌとともに。
リマスは、そうつづける。
「その呪了の魔術{代償召喚}を発動させるための触媒のひとつが、子どもたちだよ。〈哀れな子どもの魔法〉がいくつか、〈哀れな超克し得た力〉がひとつ、〈偉大な女魔導師の力〉もひとつ。そんなところかな? あといくつか必要なんだけど、目星はついていてね。全部で十二個必要なんだ」
シェイラの頭のなかで、さまざまな事柄が結びついていくのがわかった。
〈哀れな子どもの魔法〉は、アノンだ。阻止しなければ、ヤルチェが加わっていた。モルリオールで、マーロ・スパンは予備がある、と言っていた。予備はつまり、各地で殺されてきた子どもたちのことだろう。
思い至って、震えが止まらない。
リヨンから奪われた{感応}。それが、〈哀れな超克し得た力〉であろうか。
「偉大な……女魔導師の力……」
ガザン。
師の、シェイラをここまで導いてくれた偉大な老師の笑みが、脳裏に浮かぶ。
「メイベ・ガザンは強かったな。僕が担当する獲物だったんだけど、入念に準備しておかなかったら、一瞬でやられてたよ」
「…………」
「産み捨てられた赤ん坊の死体をさがしたりしてさ、そういう哀れな子どもはいっぱいいるけど、大変だったな」
リマスは、悦に入った笑い方をする。
「でも、それが功を奏した。メイベは、怯んでたよ」
「…………」
「自分が産んだ子どもを捨ててきた後悔と絶望で、死んだ」
瞬間、シェイラは紫電を放っていた。雷鳴とともに、室内全体に紫と銀を帯びた光が落ち、リマスをねらう。
マーロが土塀を築いて、リマスを防ぐ。一瞬、拮抗し、シェイラが穿とうとする前に、ぽんと肩に手を置かれた。
「嘘だな」
イディオンだった。
「ガザン師は、満足して死んでいった。ぼくたちが師を見つけた時、笑っていたよ。幸せに死んでいった。残念だったな、リマス・ヘライン」
イディオンの言葉で、シェイラは紫電を収める。
「そうだろ、シェイラ?」
シェイラは、こくんと肯く。
前を見据える。
「……やれやれ」
マーロが解いた土塀から、顔が出てくる。
「まあ、わかったよ。君たちにその気がないのは」
リマスは、退屈そうに言って、それからぎろっと黒目が、白目まで侵襲した。
「なら、世界に加担し、哀れな子どもたちを作りつづければいい。黎明の世が来るのを黙って見ていろ」
「いいえ」
シェイラは、否定した。
「世界には、加担しません。でも、だれも犠牲としません」
「相変わらず、甘いことを言うね、シェイラは」
「今目の前にいる人間を助けずに、犠牲にして代償として捧げる方法は、だれも救いません。そうして導かれる新しい世があるとしたら、それは、まちがっています」
断言する。
「わたしたちは、絶対にそんなことはしません。犠牲がなくても、{朧竜}を止めてみせます。この世界の《《枠》》《《組》》《《み》》《《を》》、変えてみせます」
「偽善だ」
リマスは、臙脂色の長外套を翻す。背に、〈荊棘の剣〉。
「代償なくして理想は作れない。世界に加担する偽善者は、絶望して、死ねばいい」
リマスは言い残すと、フランという副団長とともに{転移}で、かき消えていく。
あとには、マーロだけが残った。
「これは、ぼやきだが……」
長外套を翻しながらも、マーロは{転移}しない。
「必要な代償は、あと四種類ある」
シェイラもイディオンも訝しんだ。
マーロの台詞を聞く。
「そこには、よく知られている者たちがいる。呪いとは、遠いものや他人事ではなく……」
後悔が滲んでいるように聞こえた。
「……身近で、隣に潜むものだ」
星詠みの詩を思い出せ。
マーロは、最後に、そう言い残す。そうして、何事もなく、{転移}をしていった。
「今のは……」
イディオンのつぶやきに、シェイラは無言で首を振る。
マーロ・スパン。あの男もまた、〈魔法が使えない〉枠組みに問題を感じていた男だ。なにか、思うことがあるのかもしれない。
シェイラは聞いてみたかったけれど、今やるべきことは異なった。頼りになるのは、星詠みの詩。もう一度、きちんと紐解かなければいけない。
(イディさんとなら……)
できる気がする。この聡明な青年がいれば、きっとなんとかできる。
ヴェッセンダリアには、オモノン老師もいる。他の老師、準師たち。皆で強力すれば、騎士たちの行動を阻止しながらも、{朧竜}を止められるかもしれない。
シェイラの胸には、たしかに、希望が宿った。それは、隣にずっといてくれるイディオンが、シェイラとともに歩んできてくれていたからだった。
だが、シェイラたちは巻き込まれていく。
「──イディっ!!」
数日後、ヴェッセンダリアに{転移}で転がり込んできたのは、取り乱した様子のスヴェリであった。何事かを問うより前に、切迫した声が告げる。
「王城が、襲撃を受けた!」
シェイラは絶句する。
「襲撃者は?」
冷静に問うたイディオンに対して、スヴェリは、苦渋をあふれさせるようにつぶやいた。
「……魔女の騎士。それから──」
エヴェリヤン王配殿下だ、と。
(第14章:敬愛する師──了──)




