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魔法が使えない魔導師と、霧の大陸の教え子たち【6/6完結予定】  作者: 稿 累華
第14章:敬愛する師

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282話:イディオンの答え(2)

 イディオンは語る。


「たとえば、ヤルチェだよ。彼女は、魔法が使えなかった。厳密には、フィシェーユの魔法のうち、歌唱や舞踊魔術が使えなかった。それは、なぜだった?」


「……舞台に出ることを求められていたからです」


「そうだ。だが、その舞台を求めるのもまた、花の祭典という催しがあったからだ。出場したい、優勝したいという師らの願いが歪んだ結果だった。だが、舞台への出方を調整したら、ヤルチェの魔法が使えないことは、問題にされなかっただろう? やり方を変えたからだ」


「…………」


「精霊女王の国はどうか。あそこは、虹の目が絶対という枠組みがある。選ばれた民だという思想がある。だから、虹の目がなく、精霊魔術が使えないことが不都合とされた。蔑まれる理由になった」


 シェイラは、思い起こす。女王国のあり方、根づいた考え。それはたしかに、〈極光の壁〉というものに囲われた枠組みであった。


「──ぼくだって、そうだよ」


 イディオンは、てらいなく言った。


「元素魔術が絶対とされる国。その強い力が求められる王族。そこに生まれたから、魔法が使えないことに困った。問題だと思った。王族として国を守ることができないと思い、絶望した。だけど──」


 イディオンがシェイラを見る。


「あなたが、国を見守っていただろうと言ってくれたんだ」


「…………」


「その言葉で、魔法が絶対だという枠組みから解放された。魔法がなくても、ぼくの願いは叶えられる。魔法がなくても、王族としてやれることはある。国を、守ることができる。

 ──魔法が使えなくてもいい。今まで嘘のように聞こえていた言葉を、心から、そう思えたんだ」


「魔法が、使えなくても……」


 シェイラは、その言葉を噛みしめる。


「答えは、ずっと、ぼくのなかにあったんだ」


 イディオンは、星を見上げる。それから、自分の手を見て、シェイラの顔に戻ってくる。


「これが、ぼくの答えだよ、シェイラ」


 紺青の空に揺れる銀の髪と、縹色の瞳は、いつものように冴え冴えと輝いていた。


 イディオンの答えは、静謐に、シェイラのなかにとけて、染み込んでいった。



 ──自分が求めていた答え。苦しかったあの日々。



 これまでの子どもたちの苦しみと喜び。教師たちと話し合って、やってきて、よかったこと。導き出してきたこと。そういったものが、イディオンの言う〈魔法が使えない〉問題の枠組みを、調整してきたことになっていたのであろうか。


 それは、青銀の光に照らされて、焼きついた影が薄くなっていくようであった。


(イディさんは、やっぱりすごい人です)


 シェイラの誇り。やさしく、隣にいてくれる人。魔法ではない力で、シェイラの心をとかしてくれる人。


 ──立派になったイディオンの隣に、ただずっと、いられたらいいのに。


 叶いようのない願いが、鋭いかなしみとともに、募った。


(もし……)


 もし、シェイラがかつて、魔法が使えなくてもいいと、心の底から思うことができていたら、ちがっただろうか。寿命を削らずにいたら、イディオンの隣に、長くいることができただろうか。



「──君のままでいい」



 ふいにまた、ヴィクトルから言われた言葉が、強くよみがえった。


(……トール)


 彼は、シェイラに教えてくれようとしていたのだ。

 魔法が使えなくても、隣にいることはできる、と。

 彼は昔から、変わらず、シェイラを認めようとしてくれていたのだ。


(今更……気づいてしまいました)


 底に沈殿していたものが舞い上がるように、過去のかなしみが思い出された。


(ありがとう、を言えてません)


 気づくと、悔いだった。少女の頃の自分が、流せなかった涙を流している。

 目を強く瞑る。胸元の青銀石を掴む。


「……答えを……くださって……ありがとうございます」


 シェイラは、イディオンに告げる。

 後悔しないために。今を大切にするために。


「ずっと、考えてくださって……あなたの、真心をくださって、ありがとうございます」

「……ああ」


 イディオンのやさしい肯きに、シェイラは笑む。


「イディさんは……、すごい人です」

「ああ」

「ほんとにすごいです」

「……うん」

「立派になりました」

「……もっと、褒めてくれてもいいよ?」


 シェイラがやわらげようとしている空気に、イディオンも乗っかってくる。少年のような顔で見てくるので、笑いが込み上げてきた。過去のかなしみが沈殿していく。


「はい。やさしくて、ひとつのことに熱心で、それを成し遂げてしまう、すごい方です」

「……ちょっと修飾語が多すぎて、嘘くさい」


「そうですか?」


 不満そうな声に、シェイラは、小首をかしげながら、きょとんとする。

 ほんとうのことなのに。


「じゃあ……」

 どうやって言おう。


「わたしの誇りで、」

 どうやって、告げたら、シェイラの気持ちは伝わるだろうか。


「わたしの──」


 自覚して、(かたど)られたばかりのものが、滲んだ。


「だれよりも、今までで一番……尊い、方……、です」


 目を逸らす。顔が紅潮して、耳がわずかに赤らんだ。

 鼓動が、はやくなっている。


「……シェイラ」


 横目に、イディオンが、ひどく驚いた顔をしているのがわかった。


 ふたりのあいだに、夜気が滞留する。


「……ぼくも」


 ぽつりと、されど木霊する柳弦(リュート)が爪弾かれた。


「ぼくもだよ、シェイラ」


 目を合わせては、いけないと思った。

 合わせたら最後、シェイラは引けなくなってしまう。だから、それを宵闇に沈むなかで聞いた。


「ずっと、あなたを……」


 イディオンは、なにかを察したようだった。言葉の終わりは、闇のなかにかき消えていく。

 言いようのない沈黙が、あった。


「──ぼくは、」


 きゅっ、と漆黒の手甲がこすれる音が聞こえる気がした。



「ぼくは、移ろわないよ、シェイラ」



 シェイラは、はっとした。上げたくなる顔をこらえた。


「魔法は使えなくてもいい。今も、そう思っている。だけど、あなたから教わった魔法を使う。使って、成し遂げたいことがある」


 やっとそこで、シェイラは顔を上げた。

 イディオンは、立ち上がって、シェイラを見下ろしていた。


「それが、ぼくが魔法を使う理由だ」

「……それは、なんですか?」


 星都で再会した時、イディオンは教えてくれなかった。シェイラは気になって、あの時と同じように尋ねた。



「──言わない」



 同じ言葉が、繰り返される。



「絶対に、言わない」



 イディオンは、そう言うと、ひらりと屋根から下りて、室内に戻ってしまった。


 シェイラは、寂しくはなかった。置いてきぼりにされる感覚もなかった。

 答えだけが、ただ、気になった。


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