表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔法が使えない魔導師と、霧の大陸の教え子たち【6/6完結予定】  作者: 稿 累華
第14章:敬愛する師

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

281/301

281話:イディオンの答え(1)

 強い感情が過ぎ去っていくと、シェイラの胸の(うち)には、すうっと背筋を伸ばす軸が入ったように、足がしっかりと立つのがわかった。


 イディオンの胸から離れるようにして、硬い石煉瓦の床を感じる。あたたかな心地よさとともに、雪原の針葉樹の香がふわっと鼻腔をくすぐると、シェイラはイディオンを見た。


「どうした?」


 イディオンが、軽く首をかしげる。シェイラをやわらかに見つめる。


 ふと、胸の底から、いつか覚えた、秋の陽だまりのようなぬくもりが、(しず)やかにシェイラのなかに満ちていくのがわかった。侘しく、虚しく、びょうびょうと吹きつけていた(うろ)に、琥珀色の樹液が注がれるように、満ちていく。


(イディさん)



 ──イディオン。



 シェイラのなかで、(かたど)られていくものがあった。

 角墨で描かれていくような線が、形を取っていく。満ちてきたものは、当たり前になじんで、ぽうっと灯る防霧林のように、沁みていく。


「……いいえ」


 シェイラは、そっとそこから距離を置くように、一歩下がった。


「なんでも、ありません」


 笑って、距離を取る。


(いけません)


 同時にせり上がってきたのは、あらがいようのない、かなしみであった。


(わたしは、愚かですね)


 ──ずっと、言いわけをして、逃げてきたのに。


 期限。歩幅。年齢。

 全部、詰められてしまった。詰めてしまった。


(寿命はあと少し……)


 それが、シェイラの胸を衝く。


(大丈夫)


 シェイラは、ちらっと、自分とイディオンの揃いの組紐を見る。


 ──ちゃんと、ひとりで立っていられる。


 象られたものを拭うようにして、シェイラは落ち着いた声でイディオンに尋ねる。


「少し、整理の時間をもらってもいいですか?」


「ああ、もちろん」

 イディオンはすぐに首肯した。


 ふたりで頭を冷やすために、露台から外に出て、塔の屋根に登った。冷たい風が吹きつけてきたが、シェイラの胸に満ちたものはあたたかい。寒さは感じなかった。


「先生が、生きていました」


 シェイラから、口火を切った。

 振り払うように、頭を切り替えていく。


「……団長、と言っていたな」


 その罪、その行動を追っていた組織の主が、かつての師であった。死んだと思っていた者が生きていた。


 シェイラは、皮膚の下に宿る〈命脈〉を視る。銀色の賦活する魔力は、師の命を犠牲にしたものではなく、自分自身の命そのものであったのか、と思うと、少しだけ昔の罪悪感から解放される気がした。


「師匠を殺したのも、先生ですね」

「……おそらくは」


 ガザンは、リマスに殺されたのだ。

 べつの悲しみが思い出される。


「このヴェッセンダリアに、簡単に入り込んできました」


 ヴェッセンダリアには、強靭な{防護}、侵入を検知する{索敵}の結界が、塔ノ都全体を囲う城壁より張られている。加えて死んだガザンの{拡張}によって、鉄壁の防御を誇っていたのだ。

 そこに、易々と侵入を果たした。おそらく、常々ちらつく{隠匿}の呪術に他ならないであろう。


「はじくか?」


 表象魔導であれば、はじくことができるだろう。その逆算から、ヴェッセンダリアのほうで再現もできるはずだ。


 だが、シェイラは首を振る。


「明日も来ると言っていました。はじくなら、明日も話したあとのほうがいいでしょう。先生に聞かねばならないことがあります」

「魔法が絶対とされる世界を討ち滅ぼすと言っていた方法だな」

「そうです」


 魔導師ノザリアンナの手記と言っていたもの。


「{朧竜}を破壊する……そんなことが、可能なのか?」


 イディオンのつぶやくような問いに、シェイラはいらえる。


「ノザリアンナの呪術であれば……、代償を払えば、あるいは……」


 そういうことか。


 シェイラは、気がついた。気づくとともに、怒りが地の底から沸いてくる。


「子どもたちと師匠を殺したのは、代償として捧げて{朧竜}を呼び、破壊するため……黎明の世を、導くため……」


 体全身に、力が入った。


「……まちがっています」

 シェイラの口からは、滲む火の粉があった。


 だれかの犠牲があって導かれる世なんて、おかしい。今の人間の苦しみを犠牲にして、新しい世界を築くなんて、あってはならない。


「ああ、まちがっている」


 イディオンも、同じものを感じているようだった。菱形雪華の手甲が握りしめられている。

 互いのあいだに、無言のうちに交わされる怒りがあった。


「──シェイラ」


 寸刻の沈黙を経ると、イディオンの怒りがやわらいだ。いつの間にか、拳がゆるめられている。


「あなたが、数年前、ぼくに訊いたことを覚えているか?」


 シェイラは変わった話題に、首をかしげる。


「どれのことを言ってますか?」


 イディオンとは、いくつも話をした。示されているものがわからなかった。


「あなたが、王都に出た〈蒼鷹〉を倒し、しばらく寝込んだあとのことだ」

「それは……」


 シェイラは、思い出す。

 そういえば、あの頃に、いつの間にかイディオンに〈命脈〉のことを知られてしまったのであった。

 胸の奥に今しがた象られたものが、刺すようなかなしみとともに思い出される。


「……覚えていますよ」

 シェイラは、か細く応じる。



「──あなたは、なぜ、魔法が使えないことが起きるのか、と訊いた」



 感傷的になって、そんなことを訊いたのだ。


「……ぼくは、その時、わからないと答えた」

「…………」

「今のぼくは、その答えを持ち合わせていない、と」


 四年前のことが彷彿とした。

 シェイラと、まだ小さかったイディオン。

 とても懐かしくて、シェイラは、夜空を見上げる。


「ずっと……考えていたんだ。いつか、あなたの問いに答えようと」


 視線を、縹色に合わせる。しずかな驚きで、産毛が揺れるようであった。


「リマス師は、魔法があるから、魔法が使えないということが起きる。そう言っていた。それはある種、ひとつの命題だと思う。魔法がなければ、魔法が使えないということは起きない。そもそもないのだから、起きようがない。そういうことなんだろう。

 だが、同時に誤謬(ごびゅう)だ。真であるようで、そうではない。ひょっとしたら真に聞こえるまやかしで、思考の停止だよ。突き詰めて考えきれていない。──ぼくが出した答えとは、ちがう」


 不思議な気持ちになって、シェイラは尋ねる。


「イディさんの答えは……なんですか?」


 かつての問いの答えは、なんだろうか。


「魔法があるから、じゃない。〈魔法が使えない〉を生んでいるのは、ぼくたちが暮らしている()()()()()()()だ」


「枠組み……?」


「魔法が使えないことを問題としてしまう構造そのもの。──それが、〈魔法が使えない〉の正体だ」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ