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魔法が使えない魔導師と、霧の大陸の教え子たち【6/6完結予定】  作者: 稿 累華
第14章:敬愛する師

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278話:誘い

《朧竜。種別〈大魔導〉。大魔導師サージェストらによる、サージェシア唯一の〈大魔導〉である。大魔導師サージェスト、及び十二人の弟子たちによって構成された、〈魔導霧〉を吐く竜。

 ──永続魔導機構{朧竜}。それが、朧竜である》



 言葉を継げなかったのは、刹那のあいだかもしれない。けれど、そのわずかの間のうちに、シェイラは自分が、遠く、遥か彼方まで遡って戻ってきたような、果てのない感情を、抱えることになった。持て余していた虚ろさ、寂しさ、そういったものを凌駕する、広漠なもので、自分がどこに立っているのかさえ、わからなくなった。


 シェイラより先に現実を取り戻したのは、ヴェッセンダスの説明を同じように聞いていたイディオンのほうであった。縹色に、強い光が戻る。



「──ヴェッセンダス」



 彼は、理解した内容をあやまたぬように、慎重に、言葉を選び取る。


「{朧竜}は、今も生きている……動いている。まちがいないか?」


 是、と霞のようなヴェッセンダスは、肯定を示す。


「……{朧竜}は、〈魔導霧〉を生み出している。つまり、魔法によって生み出された〈霧〉が、〈()()()〉である」


《──是》


「〈蟲〉は、〈魔導霧〉によって、生み出されている。それも、魔法……〈大魔導〉のひとつだと、理解していいか」


《是》


「{朧竜}は……どこにいる? どこに、ある?」


《{登録}及び、詳細なし。答えを持たぬ》


 ヴェッセンダスの体は、揺らいだ。月夜の光にかき消えるようになる。


「{朧竜}は、見えるものか? 召喚するものか?」

 イディオンの問いは、ヴェッセンダスへの最後の質問になった。


《──否。永続魔導機構{朧竜}は、見えぬもの。()べぬもの。我が偉大な師サージェスト、我ら弟子十二人の〈大魔導〉である。師の見果てぬ夢、魔法のあふれる世界を実現するために、永遠に、動きつづける》


 ヴェッセンダスの姿は、射し込んだ月光にとけていく。


《まだ、足りんのだ……》


 言い終えると、ヴェッセンダスは、疲れ切ったかのように靄へと消え失せた。あとには、なおも居場所を探しつづける魔導書たちのみが、残されていた。





 大図書館〈智ノ間〉をあとにしたシェイラとイディオンは、無言のうちにガザンが管理していた塔へと踵を返していた。

 新月へと向かう夜に石橋を踏みしめる長靴の音が、真下の冥闇(めいあん)に落ちていく。


 シェイラは未だ、自身がどこを歩いているのか、わからなかった。なにを聞いたのか、腹落ちしきれていなかった。


 ()()()()()()()()()()()


 全身が、拒絶をしているようだった。思考も止まりきったまま、片づけられたガザンの部屋へと帰り着く。



「──やあ、おかえり」



 にわかに聞こえてきた声音に、シェイラは、ぼうっと顔を上げた。隣にいたイディオンのほうが警戒して動く。シェイラをかばうように前に出て、鋭い弦の音で、誰何(すいか)した。


「──だれだ」


「だれ、とは、むしろ、僕のほうが聞きたいくらいだ。君のほうこそ、だれだい?」


 ──ありえない。


 シェイラの浮かび上がった思考は、まず、そう判断した。

 ぼやけていた思考が、鮮明になっていく。


「……ああ、でも、待てよ。そうか……君か。君が、イディオン王子だね?」


 ──その声を、知っている。


 人の心の隙間にそっと入り込むような声。かつて、シェイラは教えを仰いでいた。自分の願いを叶えるため、藁にもすがりつきたい手を取ってくれた人であった。

 恩人。

 だが、それ以上に、シェイラを突き落とし、その願いを呑み込んで喰らっていった人間の声だった。


「だったら、なんだ? おまえは、だれだ」


 シェイラは、指先が震えるのがわかった。イディオンの背から出て、たしかめずにはいられなかった。恐怖と、過去の絶望。

 俯瞰できるようになった感情も、目の前に直面すると、距離を保てない。

 それでも、シェイラは、雪白の長外套から、体を出した。


 長い、赤い髪。変わらない。それをゆるくまとめ上げた髪型も、変わらなかった。中性的な空気も、妙に安心感のある雰囲気も、シェイラの知るその人から変わっていなかった。


「──僕は、ヘライン。リマス・ヘライン」


「……リマス先生」

 シェイラのつぶやきに、イディオンがぎょっとする。


「久しぶり、シェイラ。きれいになったね。美人になると思ってた」


 屈託のない笑み。シェイラは、混乱した。ガザンが死んでから、今日までの慌ただしさ、今聞いてきたこと、目の前の人物。死んだはずの、呪術の犠牲になったはずの人間が、生きている。

 たじろいだシェイラを、イディオンが支えた。


「──シェイラ、誘いに来たんだ」


 リマスは、シェイラの心に忍び込むように告げる。


「おいでよ、シェイラ。君なら、資格がある」

「なにを言っている……?」

「君も、かな? イディオン王子」


 リマスは、黒い双眸をイディオンにも向けた。


「君たちは、魔法が使えなかっただろう? だから、僕たちの仲間になる資格がある。

 ──〈気高き魔女の騎士団〉。僕は、団長だ。誘いに来たよ、シェイラ」


 シェイラの顔から、血の気が引いていく。


「僕たちと、{朧竜}を破壊しよう。一緒に、黎明の世を築くんだ」

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