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魔法が使えない魔導師と、霧の大陸の教え子たち【6/6完結予定】  作者: 稿 累華
第14章:敬愛する師

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279話:求めつづけた答え

 イディオンは、リマスという男を見定めた。注意深く、その挙措と表情を観察する。


(この男は、なにを知っている?)


 イディオンたちが得た以上のなにを知り得ているのであろう。


「シェイラは、{朧竜}を知ってるかい?」


 リマスは、書き物机に肘をついて訊いた。楽しそうな表情を浮かべる。


「{朧竜}は……今……」


 シェイラが、言葉を失っている。


「ああ、もしかして、ヴェッセンダスから聞いたのかい? あのじいさんなら、たしかに知ってるだろうね。()()()()()()


「書いてあった?」


 イディオンは訝しむ。


「ああ、そうだよ。魔導師ノザリアンナ。彼女の手記に、書いてあったのさ。忌まわしき、この魔法のあふれる大陸の真実がね」


 リマスが嫌悪を浮かべながら語ったことは、イディオンたちが今しがたヴェッセンダスから聞いたこと、聞いた内容から推測できたことから、外れていなかった。


 ──〈魔導霧〉も〈蟲〉も、{朧竜}という大魔導によって、作られた存在であり、作られた悪であり、作られた敵である。古くから、偉大なる魔導師と崇められ、尊敬の念を集めてきた魔法の祖とも呼ぶべきサージェストと弟子たちが、悪を作り出していた。

 それが、霧の大陸の真実であると、リマスは明確に語った。


「唾棄すべき話だ」


 リマスの口調には、たとえようのない嫌悪が載っていた。


「この世界の魔法は作られてきたものなんだよ、シェイラ。すべて、大魔導師と弟子たちによる盛大な企みだったんだ。魔法をあふれさせるというばかみたいな夢を見て、そのために、敵を作り上げるという頭のおかしい発想をして、千年以上も大陸に住まう人々を(たばか)ってきた。僕たちは大きな箱庭のなかにいたんだ。大魔導師たちによって作られた箱庭のなかにね。

 その集大成が、このヴェッセンダリアを頂点とした魔法学園、魔術学院、魔導大学府という仕組みだよ!」


 イディオンたちは黙ったまま、リマスの話を聞く。


「作っているのさ! 魔法使い、魔術師、魔導師たちを! 年端もいかぬ子どもたちを集めて、より小さな箱に押し込めて、この世界の蟲という悪に対抗するための人間を、作っているんだ!」


「…………」


「その悪も作られた存在だというのに!」


 リマスの臙脂色に染まった長外套から、左手の義手がだんっと机を叩いた。この男が怒りを真に覚えているのだとわかるものであった。

 叩いたあとの音が石床に吸収されて、沈黙が落ちる。

 黒い瞳が、シェイラに向けられる。


「シェイラ、君に訊きたい」


 凍りついていたシェイラが、わずかにみじろぎする。



「──なぜ、魔法が使えない、ということが起きるのだと思う?」



 イディオンは、顔を上げた。


 問うたリマスは、答えを持っている顔をしていた。

 シェイラは硬直したまま、答えない。


「君も、魔法が使えなかった。〈導脈〉がなかったせいだ。それは、僕と同じだ。脅威である悪を倒せなければ、()()()()()。それは君もだよね、イディオン王子」


「…………」


「君も、〈導脈〉を使いこなせなかった。魔法が使えなかった。ガルバーンという偉大な魔導師を祖に持つのに、魔法が使えなかった。蟲を作り出した人間の子孫だというのにね。皮肉だと思わないか?」


 扇動するように唱えるリマスに、イディオンは煽られなかった。

 むしろ、どこか冷え冷えとしたものが、腹の奥に生じるのがわかった。

 イディオンは、ふっと笑う。


「だから、どうした?」


 挑むような物言いに、リマスは一瞬片目を(すが)める。すぐに興味を失ったように、視線が下がった。シェイラに、ねらいが定められる。


「ああ、そうか。そうだった。シェイラが、()()()()()()、だね?」


 イディオンは、リマスの言っている台詞の意味がわからなかった。怪訝が浮かぶ。

 一方のシェイラは、はっとしたような顔をして、それから次第に顔がこわばっていった。

 リマスは、そのさまに満足したようにほほ笑む。



「──魔法が使えないことが起こるのは、魔法があるからなんだ」



 イディオンが求めつづけた問いの答えを、リマスは、パムの(安価な)植物紙でも吹き飛ばすように告げた。


()()()()()()()、魔法が使えないんだよ。この、魔法がすべてであるというサージェシアだからこそ、君も僕も、魔法が使えないことを苦しみ、呪いを吐いてきたんだ。ちがうかい?」


「それは……」


 シェイラの体が、揺らぐ。


「なのに、君は、その後ろにいるイディオン王子のように、魔法が使えない子どもたちを()()()()()()()()()()()、この数年を過ごしてきたのかい?」


 リマスの言い様に、イディオンは、かっと頭が沸騰した。


「おまえ──」

「君はあれだけ、苦しんで、つらかったというのに。僕の手を取って、呪術にも手を出しただろうに。同じ思いを、子どもたちにさせてきたのかい?」


 イディオンは、咄嗟にシェイラの頭を抱えた。耳を塞ぐ。


(ちがう)


 シェイラは、そんなつもりで、ぼくたちに接してなどいない。


「まちがっているのは、世界のほうだったというのに!」


 塞いでも、聞き取れるものがあったのだろう。

 びくっ、とシェイラの体が揺れる。そこから、力が失われていく。


「ほんとうに君は、かわいそうな子だね、シェイラ」


 瞬間、イディオンは、リマスに閃光を放った。滾るような怒りで、リマスのいた場所に、穿たれたものが煙を上げ、黒く焼け焦げたにおいを放つ。

 リマスの体は、いつの間にか、イディオンたちの横に移っていた。{転移}をした残光が散っている。


「入れ込まれたものだね。そこまで献身した君に、悪意があったわけではない。だからこそ、問題なんだよ」


 イディオンは、リマスをねらう。


 この男が言っているのは、まやかしだ。

 〈気高き魔女の騎士団〉。その団長ならば、この男を消せば、子どもたちは救える。


 ──思考が急いている。


 怒りで沸いた感情に、理性と瞑想で培った俯瞰が説いた。


 ──落ち着け。冷静に、判断しろ。


 今するべきことは、なんだ?



「君のような人間はいくらでもいる。つらい人を救おうと思って、できないことをがんばらせてしまう人がね。それは善意で、悪意ではない。だけど、そうやって適応させてきても、苦しむ人を生み出す世界は、変わらないんだ」


 だから、とリマスは言う。


「シェイラ、世界を変えよう。{朧竜}を破壊し、黎明の世を導くんだ。この魔法が絶対とされる世界を討ち滅ぼそう。僕は、その方法を知っている」



 イディオンが、するべきことは、なんだ?



「また、明日の夜、来るよ」

 明日は新月だ、とリマスは窓外を見る。

「それまでに、考えておいて、シェイラ」


 シェイラは、ずっと凍りついたままだ。イディオンは、その体を引き寄せる。


(ぼくが、するべきことは……)


 リマスの体が、闇にとけるようにして消える。


 怒りは、すでに沈殿していた。

 イディオンのなかでは、するべきことが定まっていった。


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