277話:大魔導師と十二人の弟子たち(3)
「抑止力を作ればいいのです。霧が溜まってしまった時に、霧を浄化し、昇華させる魔法を構築しましょう」
それを、福音を受けた魔法としましょう。
人々は霧という脅威を払うものとして、その魔法を聖なるものだと受け入れるはず。
「おい、溜まった魔力を簡単に浄化できるか?」
ガルバーンが煽るように訊く。
「代償を払えば、問題ないわ。そうよね、アンナ?」
オルリアが、ノザリアンナを見る。
「あなたなら、抑止力の魔法を使うための代償魔術を描けるわね?」
「……ええ」
ノザリアンナが、ひとつ肯く。
「エレンシア、あなたの精霊魔術、精霊召喚を見させてちょうだい。それを応用するわ」
ここで、はじめて精霊女王エレンシアに話が振られた。エレンシアは、いささか飽いていた。あくびを噛み殺しながら肯定する。
「代わりに、我にはなにをくれるかの?」
弟子たちの目がエレンシアに集まった。非難をする目。師サージェストの願いを叶えるために、お前は見返りを求めるのか。そういう目であった。
「──君には、森をあげよう」
サージェスト自身は、非難をしなかった。寛大にエレンシアの要求を受け入れた。
「前から、精霊たちが好む森があると言っていただろう? そこを君の拠点にするがいい」
「我は、霧とやらも好かぬ。我の森には、霧が入らぬようにしておくりゃ」
霧によって描かれた異形は、エレンシアの好みではなかった。エレンシアが好みでないものは、精霊たちも好まない。譲れないことであった。
「いいわ、エレンシア」
異を唱えようとするものがいるなかで、オルリアが許可を出した。
「その代わりに、あなたは〈眼〉を担って」
「ほう?」
エレンシアは、虹色の瞳をオルリアに向ける。
「霧がいやなら、敏感でしょう? 大陸中に霧が溜まりそうになったら、その〈眼〉で捉えたものを合図として送るの。そうしたら、抑止力が発動するように仕組むわ。いい?」
森人であり、精霊の祝福を受けるエレンシアが、長命であることを知ってのオルリアの提案であった。
エレンシアは、ついっと口角を片方あげた。
「よかりゃ」
「じゃあ、ボクは、星を詠んで霧を詠み、大陸中に予言して、報せる役目を担うよ!」
いっぱい人が死んだら本末転倒だからね。おしゃべり好きな星詠みアベルは言う。
「──師よ」
ヴェッセンダスが、にわかに口を開いた。
黒衣の賢者は、サージェストに問う。
「師の願いが、ほんとうに実現するのか、わからぬのではありませぬか」
「たしかに、そうだね。ヴェッセンダス」
サージェストは、美しい青年の横顔に憂えをたたえる。フィシェーユが、その横顔にうっとりとした声をあげ、オルリアが、きっと睨みつける。
「魔法があふれる世界を実現するためには、記録が必要だ」
サージェストは肯定する。
「もしかして、君には、案があるかい? ヴェッセンダス」
「ございます、師よ」
ヴェッセンダスは朗々と告げる。
「我が、記録者となりましょう。ダリア島に塔を築き、そこで大陸の魔法を刻みます。我の思念を塔に結びつけ、そうして、魔法を記録する役目を担いましょう」
そうして、智と書架の国ヴェッセンダリアができあがることになった。
皆が役目を担う。
最後、苦渋を浮かべつづけるユベーヌに、サージェストの労りの目が向けられた。
「君も協力してくれないか、ユベーヌ」
「……サージェス」
「親友である君には、ぜひとも私の願いを叶えるために、協力してほしいと思っている」
弟子たちの瞳。サージェストの瞳。
それらが注がれてもなお、ユベーヌは意見を翻さなかった。
「僕は……納得できない。争いがあってもなお、人は必ず、わかり合って話し合い、そうしていつか、素晴らしい魔法を生むはずなんだ。戦いのなかでは決して生まれない、希望に満ちた魔法が生まれるはずだ。僕はそれを……信じたい。願いたい」
「……そうか」
サージェストは、ユベーヌのその意見を否定しなかった。
黙って、考えてから、サージェストは口を開いた。
「わかった。親友を信じよう」
納得したサージェストに、弟子たちの不満が向かった。せっかく考えたのに。いい案なのに。ユベーヌの願いは幻想だ。現実は、そんな甘いものではない。
「ただし、ユベーヌ」
サージェストは、条件をつけた。
「もし今後、この大陸で大きな人同士の争いが起きるようなら、私は{朧竜}を起動する」
「…………」
「人同士の争いほど醜いものはない。人を傷つけるものはない。私は、それを看過できない」
「……そうだね」
「大きな争いが起きたら、{朧竜}が発動するようにする。条件式の魔導として、私は呪文を唱え、陣を描こう。それなら、いいね?」
「……わかった」
ユベーヌは、肯く。
親友であるサージェストが、意見を呑んでくれた。今度は、ユベーヌが譲歩する番であった。
「ユベーヌ、私は君が願うように、{朧竜}が発動しないことを祈るよ。だから、君も{朧竜}に、君の祈りを注いでくれないか?」
「……ああ」
「君の祈りが届くことを願っている」
サージェストの言葉によって、描かれた{朧竜}は、北の大地──のちのノザリアンナ呪了国に眠ることになった。条件付きの〈大魔導〉として。
弟子たちは、溜息をついたが、もとより熱しやすく冷めやすい弟子たちは、次第に皆で作り上げた〈大魔導〉のことを忘れていった。
大陸を統一したサージェストの魔導帝国は数百年栄華を誇り、平和が訪れたが、サージェストが死すと瓦解し、分裂し、人々は争うようになった。そのなかには、まだ生きていた魔導師ガルバーンやオルリアらも含まれていた。
勃発した魔導大戦。
それが、条件式〈大魔導〉──永続魔導機構{朧竜}を発動させるとは知らずに。
ガルバーンが、大地の魔導をして、呪了の国を青い炎で焼き払い、隔絶する山脈を築きあげると、{朧竜}は待っていたかのように咆哮をあげた。その口から〈魔導霧〉を吐き、大陸中を霧に包んだ。そうして、空に舞い上がると、召喚陣に似た門を開き、視認できぬ虚空へと旅立った。虚空にいながらも、〈魔導霧〉を吐きつづける永続魔導として、今なお、{朧竜}は機能しつづけることになった。
ヴェッセンダスは、師との約束を忘れず、ダリア島に魔法を刻むための書架の魔導を築き上げ、役目を果たす機会がやってきたことに歓喜した。より、魔法のあふれる大陸となるように、ヴェッセンダリアが頂点となった組織を作り上げ、長い年月をかけ、魔導師を育成するための機関を整えた。
エレンシアは、玉薔薇の褥で高笑いする。
「愚かよのう」
謁見に来た女魔導師を思い出す。幻想を夢見るユベーヌと同じ目をしていた人間のことを。
「我たち、十二人の魔導師と、サージェスとで作った魔法が、破れるわけがなかろ?」
エレンシアは、愉悦を味わう。
手の平で、葉ダニや樹ノミが這い回っているのを見るのは、たまらなく愛おしく、滑稽で、致し方ないのだ。




