276話:大魔導師と十二人の弟子たち(2)
「なにか思うところがあるのかい? ユベーヌ」
サージェストの銀色が向けられる。
「敵を作って、どうするというんだ、サージェス」
ユベーヌの問いに答えたのは、魔導師オルリアであった。
「わからないの、ユベーヌ。仮想の敵よ」
紅い眼光が見据える。伸びた金の髪は、サージェストと揃いのようだった。
「人というのは愚かだわ。為政者たちを見なさい。自分たちの治める国の民が、飢えや貧しさに呻吟し声をあげれば、それは隣の国が搾取するせいだと言う」
「…………」
「隣の国も同じ。自分たちが苦しいのは、他国のせいだと。そうして、戦争になって、互いが互いを削り、疲弊をしていくの。ほんとうに愚かでしようもないわ」
真面目なオルリアは呆れたように言う。ユベーヌは否定しなかった。
「でもね、ひとつ。やり方はまちがっていないの」
オルリアはつづける。
「敵がいるというのはわかりやすい。敵を倒さなければいけないという気持ちは、人を駆り立たせ、集団をまとめ、そのためにどうすればいいのか、考えるようになる」
「……オルリア、だが、それでは人に夢や希望は与えられない」
「だから、仮想の敵なのよ、ユベーヌ」
紅い双眸は、熱を持っていた。常に落ち着いているオルリアが、この意見に強く心動かされているのは、あきらかであった。
「人同士が、互いに互いを敵と思えば、それは怒りとなり、憎しみとなり、呪いを生む。先生の夢は叶えられないわ。アンナに抱え込んでもらわなければいけなくなる」
ちらっとユベーヌが、深々とラーベを被っている魔導師ノザリアンナを見た。
彼女は、大陸の外から攻めてきた国との戦いで、代償として美しかった顔を失った。以来、皆にその顔を見せることはない。発言も減った。この場でも、ほとんど口を開かなかった。
「でも、仮想の敵なら、問題ないわ。仮想の敵を倒すことに国々が力を合わせれば、国同士の争いはなくなる。呪いは生まれなくなるのよ。そのうえ、どうやって倒せばよいのか、どんな魔法だったら倒すことができるのか、皆がきっと考えて、いろいろな魔法が生まれるようになるわ。先生のいう魔法があふれる世界が実現するの。素晴らしいと思わない?」
熱弁し、紅潮するオルリアに、他の弟子たちも肯く。
この場で、ユベーヌの懸念を理解するものは、他にノザリアンナしかいないようであった。
「そんな簡単なことではない、オルリア。呪いは簡単には、消えないものだ。君からも言ってくれないか、アンナ」
ユベーヌは、臙脂色のラーベを被るノザリアンナのほうを見た。
しばらくして返答がある。
「……わたしは、べつに異論はないわ。やってみればいいと思う」
ユベーヌは、愕然とするしかなかった。
それから、仮想の敵を作るという発想はより現実的な議論へとなっていった。
自分たちが死したのちも残る敵がいい。皆で力を合わせれば、数千年とつづくものができるにちがいない。どんなものがいいか。人にとってわかりやすく脅威であると対策しやすい。
「異形であるといいかもしれない」
これを言ったのは、寡黙な魔導師モルベンド。獣使い。
「出てくる時に、変なにおいがするのは、どうだあ? ほら、火事になると煙のにおいで、やべえってわかるだろ? においで警戒もできるしよお!」
大きな声でうるさく発案したのは、魔導師テッペンス。目立ちたがり屋。
「先に煙が出て、異形が出現する。面白い発想だ。魔法らしい」
弟子たちの案をサージェストが肯定する。
「煙だと美しくないから、霧にしましょう」
鈴を転がすように提案したのは魔導師フィシェーユ。芸術を愛する彼女は美的感覚が優れていた。
「霧はどうやって出す?」
サージェストの問いに、弟子たちは次々と案を出していく。
吐息が霧になるのはどう? 魔法らしいわ。霧を吐く竜とか、幻想的よ。たしかに、神話には、神と竜との戦いがあるし、霧を吐く竜がいるというのはいい。竜を作りましょう。見えてしまったら皆怖がってしまうから、魔法で隠すのがいい。幻の竜。
──霧を吐く幻の竜なら、朧竜、というのはどうだ?
だれかが言った。提案した。
名案だ。美しい。魔法のあふれる大陸に合った、素晴らしい仮想の敵だ。
議論は止まらない。止まらなかった。
サージェストと十二人の弟子たち、全員が全員、その大きな魔法を作り上げるのになにかを担った。
サージェストは、根本となる大規模な魔法を発動させるための、太陽と月の魔力を注いだ。
フィシェーユは、竜の外装の意匠。美しい竜を描く。
テッペンスは、動力部分の魔術歯車を技術化した。
めんどくさがり屋のオルターヴが、{導線}と{自動}で永続的に動くように線を引いた。
医療魔導師マイスリーは、損傷時の治療機構を内部に陣として描く。
元素魔術を得意とするガルバーンは、魔力から霧への変換を。
霧から異形への変化は、数人で協力して式を作り上げた。
異形の元となる魔獣を捉え、{転写}したのは、獣使いのモルベンドの役割だった。
{朧竜}は、そうして、おおよそが作り上げられたのであった。
問題は、霧を発生させるための魔力の供給と、霧が発生しすぎてしまった時の抑制であった。供給源となる力がなければ、そもそも霧が発生しないし、あまりにも敵が増えてしまったら、人が死に絶えてしまう。どうするのがいいか。
「供給は問題ないだろう!」
あはは、と軽快に笑いながら言ったのが、星詠みの魔導師アベルであった。
「〈導脈〉のある人間が死ぬと、大気中に魔力が粒子となって散布される。それを取り込めばいい! 神々の信仰によれば、土葬が一般的だけど、火葬にして骨を撒けば、よりもっと大気中の魔力は増えるだろう! そういう言説も撒いてしまえば問題ない!」
あはは、とアベルは無邪気に笑った。そのまま、ずっと喋っていそうなのを、サージェストがやわらかく被せる。
「増えすぎてしまった時は、どうするんだい? 暴走して、人が多く死んでしまったら、私たちの目的は達成できなくなってしまう」
「先生、それには、案があります」
手を挙げたのは、オルリアであった。




