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魔法が使えない魔導師と、霧の大陸の教え子たち【6/6完結予定】  作者: 稿 累華
第14章:敬愛する師

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275話:大魔導師と十二人の弟子たち(1)

「──だれが、言いはじめたのであったかの」


 眠りから覚めたエレンシアは、あくびをしながら、冷たい玉薔薇の床に足を下ろす。さきほど(ひと月前)訪れた魔導師たちから聞かれた言葉は、あまりにも古い記憶で、思考を深く深く潜らせなければならなかった。されど、夢のうちに、浮かんできたものがあった。


 輝く薔薇を愛でながら、エレンシアは、浮かんできた遠い記憶に〈眼〉をやる。


「ああ……、そうであった」

 エレンシアは、冷ややかな、されど高揚した笑みを美貌に描いた。


「サージェスが、言い出したよのう」


 思い出す。千六百年前のことを。




「──魔法を発展させるためには、どうすればよいだろうか」



 師の、そんな問いかけからはじまったのであった。


 集められたのは、サージェストの十二人の弟子たち。

 場所は、古く、壊れた神殿の瓦礫のなかで、師サージェストは、折れた柱のうえに腰かけていた。長い光沢のある金の髪が瓦礫の砂にまみれることを気にせず、いつものように銀の瞳に歓待を浮かべる。弟子たちを心から愛でているのが、サージェストであった。


 太陽と月の力。


 サージェストが、大魔導師と呼ばれるようになったのは、太陽にも月にも愛された黄金と白銀の魔力を持つからに他ならなかった。


 すべてのものを、その存在で魅了する。


 鸞翔鳳集(らんしょうほうしゅう)の粒ぞろいの弟子たち。加えて、尖りきった弟子たちを束ねることができたのは、サージェストしかできないことであった。


「魔法を発展させる? 必要あるか? それ」


 すぐに悪態を吐いたのは、銀髪の魔導師であった。

 魔導師ガルバーン。後世に、元素魔術の祖として名を馳せ、魔導大戦で大地の魔法を確立させ、山脈をも築いたすさまじい力を持った魔導師であったが、この時はまだ、小賢しい少年でしかなかった。


「これこれ、ガルバーン。まずは考えてから、物を申すとよいぞ」


 たしなめたのは、温厚な魔導師マイスリー。

 医療魔術の祖であり、サージェストの最初の弟子でありながら、もとはサージェストの師であった。

 偉大な大魔導師の太陽と月の魔力と才能を見出し、自分のほうこそ、弟子にならねばならないと額づいたのは、当時〝ラーベ〟と呼ばれた藍色の長外套から故事になっている。


 出藍(しゅつらん)(ほま)れ。


 サージェストは、藍より出た青色の長外套(ラーベ)をまとっていた。


「いいのだよ、マイスリー師。ガルバーンは素直なのだ。私は、そこがこの子のいいところだと思っている」


 サージェストは、白皙(はくせき)の美青年であった。彼が笑めば、女たちは舞い上がり、男たちも言いようのないものを持て余す。声はおだやかそのもので、けれど、聞くものすべてを惹きつける不思議な声で、皆が黙った。


「──師の、真意が知りたい」


 頑迷な声音で問うたのは、十二番目の弟子ヴェッセンダス。


 黒いラーベ。この時代はまだ、肩留め(フィブラ)は、片方のみで、体に巻きつけるだけのラーベを留めるものだった。ヴェッセンダスの肩留めは黒曜石で、髪もまた細かく波打った黒。

 黒の魔導師、智慧の賢者などと呼ばれていた。


「訊いてくれてありがとう、ヴェッセンダス」


 師は、いつでもそうやって意見に礼を言った。


「私はね、この大陸を、魔法があふれる素晴らしい世界にしたいと思っているんだ」


 サージェストは、そう答えた。夢と希望に満ちた願いだった。



「──神は、死んだ」



 そう、つづけられる。


「私たちは、日々飢えと渇きを凌ぎ、慎ましく生きているが、いるはずの神々は、人々の苦しみを助けようとしない。一部のごうつくばりどもは、少しでも金銀財宝を得ようと争い、争いに巻き込まれた人々は死んでいく。それでも、人々が信仰する神は、罰しない。助けない」


 だから、神は死んだのだ。

 サージェストの主張は、瓦礫の隙間という隙間に響き渡る。破壊されきった神殿がまさに証左であるようだった。


「ところが、魔法はどうだろう?」


 サージェストは、立ち上がる。指先に魔力を乗せ、そこから寿(ことの)がれたように、金と銀の魔力で編まれた小鳥が、飛び立っていた。蒼穹へと、どこまでも飛んでいく。


「魔法は、美しく、希望がある」


 サージェストは、両手いっぱいの水をあふれさせ、またたきのうちに、色とりどりの花に変え、蝶を舞わせる。幻影が瓦礫に山を描き、砂礫は立ちどころに豊かな草地に麦を生やす。あたたかな風が野草を揺らす。


「魔法は、人々に夢や希望を与えるんだ」


 サージェストは両手を広げて、豊かな芳香を肺いっぱいに吸い込む。


「だから、私は、この地を魔法のあふれる素晴らしい世界にしたいんだ」


 弟子たちは、だれもが笑顔を浮かべ、賛同していた。サージェストのその思いに突き動かされた。


 どうやったら、この地に魔法をあふれさせることができるだろう。

 そうやって、話が進んでいった。



「──敵を作るのはどうだろう」



 はじめに、だれが提案したのであったか。


 だれともなく言い出し、だれともなく肯定した。それはいい。名案だ。そうしようそうしよう。皆がその意見に流れた。……ただひとり、魔導師ユベーヌ以外は。


「僕は、それには賛成できない」


 魔導師ユベーヌは、背が高く肩幅の広い朴訥な青年であった。サージェストのように人を惹きつけるなにかはなかったが、この青年は、おだやかな土のぬくもりのする野原を思い起こさせるようだった。皆、安心を求める時は、ユベーヌのもとへ話しに行き、その瑠璃の瞳に聴いてもらっていた。


 温厚で意見をしない。それが魔導師ユベーヌであった。

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