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魔法が使えない魔導師と、霧の大陸の教え子たち【6/6完結予定】  作者: 稿 累華
第14章:敬愛する師

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274話:智と書架の{索引}

 辿り着いた場所に足を踏み出す。ファブロ老師に案内された場所。そこが、ヴェッセンダリアへと戻ってきた理由だった。


 ──〈中央図書ノ塔〉最上階、大図書館〈智ノ間〉。


 通常は入ることが許可されない。魔法の{登録}時に申請をするが、入室を許されているのは老師たちと、司書と呼ばれる魔導師だけだ。唯一、老師三名の許可証があれば、認められる。


「ここからは、あなたたちだけで行ってね」


 ファブロ老師は、案内を終えると、降りていった昇降機をあと追いするように、ぴょんと飛び降りていった。


 目の前には葡萄唐草の文様が施された金の両扉。両脇に、書物の肩留め徽章(フィブラ)を付けた、司書の魔導師。片方に、老師たちの署名が入った羊皮紙を渡す。そうして確認が終わると、無言のうちに合図をしたかのようにふたりの魔導師は動いた。


 両扉の把手(はしゅ)が引かれる。

 シェイラたちは、足を踏み入れる。



 ──十階分は吹き抜ける巨大空間であった。



 壁という壁。十二面に書架が連なり、積み上がり、高すぎて見えない天井までつづいている。

 収納されているのは、魔導書。古今東西の魔導書だけだ。粘土板、石板、竹簡、木簡、羊皮紙、仔羊皮紙(ヴェラム)、ルペドの植物紙。数多の素材で作られた魔導書が収まっていた。


 シェイラの前で、重たい石の擦れる音がして、どこかの石板が、べつの書棚へ{浮遊}し、飛んでいく。今度は、羊皮紙の書が鳩のように開いたかと思うと、同じように引っ越す。つづいて、竹簡がカラカラと音を立てながら。今度は、ルペドの魔導書が、優雅に浮き上がり、羽ばたいて書架と書架のあいだを移っていく。


「分類……か?」

「おそらく……」


 シェイラとイディオンは見上げながら、判断する。

 魔導書たちは、自分たちで相談をしながら、居るべき場所、収まるべき場所を決めているようであった。


 そうして、大図書館の中心。蔦を模した、螺旋の階段めいた柱が、三馬身ほど伸び上がった頂点に、大きな書見台があった。石造の魔導書が、置かれている。開かれたそれは、ぽうっと光を宿す。ぺらり。石のはずなのに、(ページ)がめくられる。



《──まだ、足りん。まだ、足りん》



 聞こえてきたのは、耳の奥か、頭の中か。それとも、巨大空間への木霊だろうか。

 重く低い年老いた、されどしっかりとした男の声音であった。


《──〈法〉は礎、〈術〉は守株を破りて、離れし先に、〈導〉とならん》


 ぺらり。頁がめくられる。


《魔導へと至る道は、いずこか》

 ぺらり。また、めくられる。


《我が師サージェストの望みは、あらゆる魔法・魔術・魔導のあふれる世界……まだ、足りん。まだ、足りん》


 気づけば、男がひとり、シェイラたちの近くに立っていた。

 ぼんやりと靄のような光をまとい、黒い長外套(ローブ)を被った老爺が、佇んでいる。


「……ヴェッセンダス……老師?」


 シェイラは、たしかめるように尋ねる。

 ぎょろっと濁ったように見える灰色の目が向けられた。見ているようで見ていない、そういう目だった。


《我が名は……ヴェッセンダス。十二番目……記録の役目。外部観測者……》


 靄が霞むと、男の──ヴェッセンダスが、かき消えた。書見台の近くに姿が移る。


《まだ足りん……まだ、足りん……》


 うわ言のように聞こえる。

 亡霊のようだ。


(いえ)


 思念体、なのだろうか。もはや、生きている姿には見受けられなかった。


(千六百年)


 精霊女王エレンシアと同じだけを生き、なにかに取り憑かれているようだった。

 シェイラは、ヴェッセンダスがぶつぶつとつぶやく内容を思考する。


「魔導師ヴェッセンダス! そなたに尋ねたい!」


 イディオンが隣で、柳弦(リュート)の声を反響させた。


「〈朧竜(ろうりゅう)〉とはなにか!」


 シェイラは、ヴェッセンダスの反応を観察する。


《……〈朧竜〉》

 ぴたっと、うわ言が止まった。同時に、ぼやっと、ヴェッセンダスの姿が揺らぐ。


《〈朧竜〉……〈朧竜〉……朧の、竜……》


 ひたすら、噛みしめるように、繰り返される。

 シェイラは、つぶさにヴェッセンダスを観る。


《……{登録}か》


 また、動きが止まると、灰色の濁った目が、イディオンに向けられる。


「いや……」

 イディオンが困惑したように、シェイラに視線を向ける。


 ヴェッセンダスの智と書架の魔導における{登録}は、既存にない新しい魔法を刻むものだ。原典──おそらく書見台に置かれている石の魔導書がそれだろう──にあるかないか確認し、なければ刻まれる。そうすると、各国大学府にある写本に、転写されるのだ。

 数多くの魔法を分類し、記録する。それが、{登録}のはずであった。{登録}を受けることはめったにないことで、魔導師たちの目標だった。


「いいえ、ちがいます」


 シェイラは、イディオンの言葉を継ぐ。


「わたしたちは、精霊魔術の使い手、エレンシア女王を訪ねました」


《エレンシア……》


 ぽつりと、ヴェッセンダスが繰り返す。


「魔導師エレンシアが、ヴェッセンダスを訪ねよ、と」

 シェイラは再度、訊く。

「〈朧竜〉とはなんですか、老師ヴェッセンダス」


 幾分、間があった。それから、しずかに尋ねられる。


《……{索引}か?》


「え?」


《それは、{索引}か?》


 ヴェッセンダスの問いに、シェイラも戸惑う。

 {索引}は、語が並んでいるものの一覧にすぎない。〈朧竜〉は、魔導書に書かれているものではない。{索引}に当たったところで、シェイラたちの求めるものは得られない。


「ああ、そうだ!」


 けれど、イディオンは首肯した。なにか、確信めいた顔をしていた。


「{索引}だ」


《…………》


 石造の魔導書が、ぺらぺらとめくられていく。依頼に、応えたように見える。ややもせずに、表紙近くで止まった。


《……〈朧竜(ろうりゅう)〉とは──》

 答えがあった。



《──種別〈大魔導〉》



 そのまま、沈黙になる。


「……詳細を」

 イディオンが問う。

「詳細を教えてくれ、ヴェッセンダス」


 また頁がめくられる。今度はさほど時間がかからなかった。記され、{登録}されたものを読み上げる声が、あった。



《──朧竜。種別〈大魔導〉。大魔導師サージェストらによる、サージェシア唯一の〈大魔導〉である》

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