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魔法が使えない魔導師と、霧の大陸の教え子たち【6/6完結予定】  作者: 稿 累華
第14章:敬愛する師

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266話:呪了と瞑想(1)

 メイベは、書き物机で書をめくる。机上の宵燈(ランプ)は、かけた眼鏡を反射し、暖色の光は、彩色写本の金を浮かせ、黄金色の輝きを具現化させる。


 古い魔導書は手間暇のかかる写本からなるものが多い。今ではほとんどが{自動}による魔術で{転写}されるが、古いものは、手間をかけた分、書自体に宿る魔法も強大であるものが多かった。分業によって成り立つ写本であれば、工程ごとに関与する魔術師が異なりながらも、一冊の完成を目指すことで、力を結びつける。そこにはおそらく、廃れてしまった魔法や魔術、あるいは魔導と呼ばれる強い魔法も残されているはずであった。


 メイベをはじめとして、ヴェッセンダリアの魔導師たちは、そういった廃れた魔法を呼び起こし、今の時代に蘇らせることも生きがいとしていた。


 (ページ)をひらっとめくる。


 ふいに、いくつか置いた燭台の蝋燭が揺らめいた。窓は締め切られ、夜更けの扉も閉じている。懐かしさを感じる沈香の豊かな香りが、蝋燭の陽炎に生じる。



「──やあ、こんばんは」



 闇から滲み出るようにして現れた男は、久闊(きゅうかつ)を除するようにそう言った。人を警戒させない声は、不思議と親しみを覚えやすい。けれど、それゆえ不気味さを助長させ、メイベは老眼鏡から上目で、男を見定めた。


「この老師メイベ・ガザンの執務室に、よくぞ入り込んだものね」


 ちらっと、もう一人も捉える。真白の長い髪。女だ。両目を閉じて、男の肘を拠りどころにするようにして立っている。

 メイベは、老眼鏡を置いた。重い腰を上げて、立ち上がる。瞑想をするようにして、緋色の眼を俯瞰させる。


「そろそろ、眠りにつこうと思っていたのよ?」

「それは失敬。研究の邪魔もして悪いね」

「あら、邪魔をした認識があったの?」

「もちろんあるさ。僕は、できるだけ人の迷惑になりたくないと思っているからね」


 ぬけぬけと、男はそう言う。


「……そう」

 メイベは、男に笑みを向ける。女のほうへの警戒も怠らない。


 塔ノ都全体に張り巡らしているメイベの{拡張}の枝をかいくぐったのは、きっとこの女の魔法だ。易々と、研究室にまで入り込んできた。


(道理で、シェイラが突き止められないわけね)


 完璧に存在を隠匿されてしまうのであれば、{拡張}の枝には、引っかからない。メイベの薫陶(くんとう)を受けているシェイラの目も誤魔化せてしまうだろう。厄介な連中だ。

 思いながら、メイベは口を開く。


「──久しぶりね、へライン」


「おや?」

「一度しか会ったことがないけれど、覚えているわよ? 姓名で言ってあげましょうか?」


 メイベは、笑みを深めながら、男をねめつける。


「──リマス・ヘライン。……生きていたのか」


「覚えてもらっていたのは、うれしいね。三百年近く生きているのであれば、多くの人間と出会ってきただろうに、僕なんかを覚えているのか」


 男は──リマスは、屈託なく笑いながら、大仰に両手を拡げる。左手の義手が、宵燈と蝋燭に照らされて、ぬらりと真鍮の輝きを放っていた。


「忘れてしまうことも多いけどね。お前のことはよく覚えている」


「へえ?」


「腐った笑みを浮かべる邪な人間が、準師になったものだと記憶に焼きついていたのよ」


「邪な、か。たしかに、少し前までの僕は、絶対に満たされぬものを、自分の欲望を満たすことで一時的に凌ぎながら生きてきたが、他人から見るとそういうふうに見えたんだね」


「お前からは、悪臭が滲み出ていた」


「うまく隠してきたつもりだけどね?」


「わかるものは、わかるだろう」


 メイベの睨み、リマスの笑みがぶつかる。無言の攻防は、リマスの真面目な声音で打ち消された。


「今では心を入れ替えたんだ。今は大義のために動いている」

「世迷い言を」

「ほんとうさ。……シェイラにも、心から詫びたいと思っている」

「…………」


「僕の教え子を引き取ったのは君だろう? 君が師になったのなら、安心だと思っていた」


 リマスは、空いている長椅子に腰かけた。癖のある長い赤毛が、座面に広がる。白髪の女もまた、リマスに導かれるようにして座った。


「君になら、あのかわいそうな子を託せると思ったよ」

「……シェイラは、お前の呪術の巻き添えになった」


「あれは、完全なる事故だった」

 リマスは、悪びれもなく話す。


「強い願いというのは、時に魔法に思わぬ作用を与える」

「…………」


「ほんとうなら、シェイラの命は、僕の皮膚下に宿って魔法の力となるはずだったんだ。だけど、シェイラの強い願いが拮抗した。僕にも影響を与え、(まだら)と螺旋を黒白(こくびゃく)と描き、なにが起きるのかわからないまであった。だから、僕はその場で自分の左手を切り落とし、シェイラの流した血と、大量に出血させた僕の血で魔法を絶たなければ、あのあたり一帯を吹き飛ばしていたかもしれない。転移晶石を持ち歩いていなければ、離脱できなかっただろうね」


 リマスは胸元から、革紐に付けられた露草色の石を取り出した。{転移}が宿っているであろうファル石は、暖色にも冴えた光が宿る。


「一週間、生死をさまよったよ。あれが……、僕の人生を変えるきっかけになった。シェイラにはある意味感謝している」


「……シェイラは、寿命を削ったわ。あと二年もない。お前のせいであろう」


 メイベが冷たく返せば、リマスは、漆黒で塗りつぶされた虹彩を見開いた。それから、心底残念そうにつぶやく。


「……そうか、シェイラもか」


 リマスは、虚空を見るようにした。不思議と、間ができる。

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