表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔法が使えない魔導師と、霧の大陸の教え子たち【6/6完結予定】  作者: 稿 累華
第13章:千六百年を生きる弟子

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

265/289

265話:宵燈草の花束

 夜の帳に、真澄鏡(ますみかがみ)が白銀の光芒(こうぼう)を下ろしていた。冴え冴えとした光が、暗い森のなかでも居場所をわからせてくれる。深い緑樹の香りもまた、澱んだ心を清浄にしてくれる気がして、意図せず訪れた夜の散歩は、このひと月で溜め込んだものの憩いとなった。


 溜息とともに、シェイラは肩の力が抜ける。


「お疲れ?」


 横にいるイディオンが、微笑しながら尋ねてくる。シェイラも、笑みを返す。


「そうですね……少し、疲れました」


 女王国に足を踏み入れてから、さまざまなことがあった。ホサルたちを護衛していた時が懐かしいくらい、異国の洗礼を浴びてしまった気がする。心ノ理学を修めたであるはずの魔導師が情けなかった。自分のことはいくらでも叱咤できたが、今は少し、力を抜きたかった。


 玉薔薇の褥で目にしたこと、モーラとテベディヴ親子、最後にオランから聞いた話。

 それらが、どれもシェイラには重くのしかかっている。


 ──虹の目とは、精霊魔術とは、なんだろう。


 それに根ざす選民主義、恐怖、差別。濃縮したものを、この一ヶ月で見てしまった。シェイラひとりの力では、どうしようもないもの。かつて、セレリウスの精霊魔術が使えないという困りを解決した時とは異なる、あらがいようのないもの。


 シェイラをどうしようもなく、圧迫するものであった。ひとりの人間など簡単に呑み込んでしまうような大きさであった。

 きっと、精霊魔術に限定する話ではないから、シェイラは今、その大きさに圧倒されている。


 ──魔法が使える、使えないとは、なんであろうか。


 そんな問いが、久々に浮かんでくる。この世における魔法の使える、使えない。その差を圧縮したものが女王国の姿であった。気持ちの悪い、吐き気のするような姿。されど、ここに住まう者たちにとっては、当たり前の日常。


 シェイラもまた、はたから見れば、そんな世界に入り込んでいるのではないかと思い至ってしまって、ぞっとする。そんな思いが、去来してしまう。


(一番、知りたいことは知れませんでした)


 結局、女王エレンシアから聞けたのは、ヴェッセンダリアに戻れということだけであった。


(これだけの時間を費やしたのに……)



 ──シェイラの、残りの寿命。



(あと、どれだけ……)


 正確には、どれだけ残っているのだろう。


 一年半を切ったのは確実。一年と少し。見た目にも、体にも、大きな変化はない。けれど、見えない呪いの代償は、確実にシェイラの内部で命を削っている。


(ヴェッセンダリアに戻るなら、サルオン師にもまた診てもらわねばなりません)


 そうして、正確な寿命を知って、来たるべき死に備えなければいけない。



(お別れを……)


 別れを、告げなければいけない。

 ──今度こそ、イディオンに。



 シェイラは思って、隣のイディオンを見上げようとした。ところが、銀髪の青年はいつの間にかシェイラの隣からいなくなっている。


 喫驚(きっきょう)して、きょろきょろと姿をさがすと、少し先の開けた場所に姿があった。月光が射し込む草地に、それでも彼の姿はまばゆい。シェイラは誘蛾灯(ゆうがとう)にいざなわれるように、そちらへ歩む。


 宵燈(ランプ)草の群生地。そこが、その場所であることがわかった。


 百や二百はくだらない。青緑の森に囲まれた、鈴蘭のような花が、浅葱(あさぎ)や乳白、薄紅の色を発光して、藍色の葉を抱きながら、一面に輝いている。風に吹かれながら、花の粉が、薄黄の光を放ちながら、そよそよと辺りを細かに舞ってていた。

 この国で、一、二を争う美しい景色が、たしかに目の前にあった。


 直前まで考えていたことが月光に照らされて、霞へと消えていく。


「シェイラ」

 イディオンが振り返った。


 しゃがんで、花を観察でもしていたのだろうか。

 立ち上がると、長外套(ローブ)の裾が広がって、大きいなと感じるいつもの姿になる。


「はい、お疲れ」


 差し出されたものに、シェイラは、目をまたたいた。

 色ちがいの宵燈(ランプ)草。輝く、小ぶりの花束が目の前にあった。今の今まで土に植わっていたぬくもりのある香りと鈴蘭に似た花の香りが、シェイラの鼻腔に入ってくる。


「大きなものや、手入れされたものじゃなくて、申しわけないのだけど……」


 イディオンは少し子犬のような空気も出しながら、(ねぎら)いの花束を遠慮がちにシェイラに渡す。


「ありがとう……ございます」


 シェイラは、見上げながら、その花束を受け取った。照れている青年の輪郭を捉えて、ゆたかな宵燈(ランプ)草の輝きからもれたあたたかさが、胸のなかに溜まったものをとかしていく。月光が、さらに眩しさを増したようであった。



 ──別れたくない。



 シェイラは、ふいに突き動かされたように、そう思った。



(イディさん……)

 隣にいて。


(一緒に、いてください)


 シェイラの隣に、ずっと。

 一緒に、いたい。



「……わたしも」


 シェイラは、しゃがんで、きれいな花をさがした。花束を抱えながら見つけた一輪は、花の部分を手折(たお)る。{浮遊}して、イディオンの胸元まで浮かび上がると、薄紅の一輪を差した。ぽうっと差したところが淡く輝く。


 イディオンが、シェイラを見た。

 シェイラは、顔を紅くしながら、破顔する。


「お返しです。いつも、お疲れさまです。それから……」

 なにをしているんだろう。


「わたしの隣にいてくださって……ありがとうございます」


 恥ずかしい。

 顔を見せられない。


 けれど、見せたかった。


 イディオンが、呆然とシェイラを見つめる。


「イディさんがいて……よかった」


 まだ、解決していないことがある。向き合わねばならないことがある。

 それでも、今は、この積み上げたひとつの野石を大切にしたい。



 ──忘れられないできごとの、ひとつとして。



 それから、シェイラとイディオンは、どうやって野営地に戻ったかわからない。ふたりのあいだには、奇妙な沈黙があって、ふれてはいけないなにかを持て余していた。


 一両日後にユグラウル岩窟の入口に戻ってくると、オランに別れを告げた。彼がいつか、罪悪感から解放されることを願って、シェイラたちは女王国の地をあとにした。

 岩窟内の道中は、行きと異なって、蟲からも魔獣からも襲われることがなかった。抜け出れば、驚くほど冷たく凍える空気に、一番近い街まで{転移}をすることでやり過ごした。結局、その街で、騒がしくなる〈年経る週ノ休暇(ねんまつねんし)〉を過ごしてから、ヴェッセンダリアへと戻ることになった。


 けれど、次の季節は、マイスリーの月(いちがつ)寒靄(かんあい)の訪れる、忙しなく落ち着きのない頃で、日々発生する〈魔導霧〉と蟲を倒しているうちに、月も後半になる。


 ユベーヌの月近くになって、やっと、ふたりはヴェッセンダリアに戻ることが叶った。その頃には、宵燈草の群生地であった奇妙な沈黙はなりをひそめて、いつもの空気を取り戻していた。


 もしかしたら、もう少し旅がつづけば、ふたりのあいだに変化があったかもしれない。

 しかし、シェイラもイディオンも、大いなる運命のはじまりには、抵抗できなかった。



 ──ヴェッセンダリア十二老師の一角メイベ・ガザン。



 彼女が殺されることを端緒として、大陸全土に揺らぎが生じはじめる。


 シェイラもイディオンも、その死を目の当たりすることになるとは、いささかも想像していないことであった。





(第13章:千六百年を生きる弟子──了──)


【13章登場人物】

フラン

 〈気高き魔女の騎士団〉のふたりいる副団長のひとり。盲目の元精霊魔術使い。


サリヤ

 ユベーヌの旅芸人パトダ一座の踊り子。


ホサル

 ユベーヌの旅芸人パトダ一座の座長。


テベディヴ

 女王国の森人。玉薔薇樹林の褥を守る番人。


モーラ

 女王国の虹の目を持たない森人。


精霊女王/魔導師エレンシア

 1600年を生きる大魔導師サージェストの弟子。玉薔薇樹林の褥で国を治める。


オラン

 森人の少年。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ