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魔法が使えない魔導師と、霧の大陸の教え子たち【6/6完結予定】  作者: 稿 累華
第13章:千六百年を生きる弟子

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264話:番人と少年(2)

 オランは言って、煮炊きの準備をはじめた。唐突な告白に、シェイラもイディオンも面食らったが、黙々と同じように野営の準備をこなす。


 その話題にふれることになったのは、夕餉を終え、営火を囲いながら香草茶を飲む頃合いであった。シェイラは、なんとなく、言葉少ない少年が話したそうにしている気がしたのだ。


「お母さまには、祈りを届けられましたか?」


 香草茶は、ユグと呼ばれる葉に、アマの実の汁を潰して甘味を加えた、質素な茶であった。女王国に入ってから冬の寒さはあまり感じられなかったが、夜はやはり冷える。ユグの葉のあまい茶は、どこかほっとさせる味がした。


「……はい」


 オランは、茶器の表面を見つめながら、答える。


「……きちんと、償うことができているから安心してほしいと、伝えることができました」

「償い……?」

「おれが、母にしたことの償いです」


 少年の語気が強まった。

 シェイラも、イディオンも、黙ってつづきを待つ。


「おれは、母に化け物と言って、母を殺したんです」

「化け物……?」

「母は、いえ……ほんとうは、おれが化け物だったんです。ですが、母が身代わりに。それを知らず、おれは母を化け物と呼んで、母を……死に追いやったんです」


 十年前のことです、とオランは言う。


「化け物とは、なんのことだ?」


 イディオンが問うた。

 シェイラもオランを見て、同じを尋ねる。


「……虹の目を持たずに生まれてきたものを、このあたりではそう呼ぶんです」


 返事を聞いて、シェイラは、つめたい感覚が喉の奥を通っていくような気がした。ユグ茶であたたまったはずの鳩尾が、氷を呑んだようになる。


「オランは、生まれた時、虹の目を持っていなかったのか?」

「そうだと聞いてます」

「お母上が、女王に移してもらった?」


「……太古の精霊に願ったと聞いています。このあたりでは、伝承があって。願いを聞き届けてくれる精霊です。高位精霊なので、めったに出会うことはありませんし、願いの代わりに代償を取られる恐ろしい精霊とも聞きます」


 シェイラは聞きながら、どこか呪術に近いものを感じていた。手間や手数などはちがうであろうが、代償を払って願いを叶えるというのは同じ流れを感じる。

 そうまでしても叶えたかった、オランの母の気持ちがシェイラには、手に取るようにわかるようであった。


「母は……自分が虹の目を失う代わりに、おれに虹の目をくれたんです……」


 オランは独白する。


「なのに、知らなかった当時のおれは、母を蔑み……悲しんだ母は、沼地へと沈んでいきました」

「…………」

「十になって事実を聞かされたおれは、以来母への懺悔と償いのために、この道案内の役を担っています」

「道案内で償いを……?」

「森人は、基本、自分の生まれた森や村からは出たがらないんです。親しくする精霊がその地に住まうから、自然と皆、彼らと過ごすために動くことを忌避する」

「…………」

「だから、外から来た者たちの道案内は、皆がやりたがらない仕事です。ほんとうなら、虹を持たない人間がやるような仕事です」


 オランの声には悔いが滲んでいる。


「おれは、それを買って出て、母への罪滅ぼしをしているんです……」


 オランは、冷めたユグ茶の表面を見つめ、そう語り終える。

 夜風が、梢を揺らしていた。焚き火がゆっくりと闇から生じた火炎のように揺れている。


「辛気臭い話を失礼しました。……母の墓が近かったからかもしれません」


 オランは言うと、一気に茶を飲み終えて、用意しておいた夜具に入り込んだ。シェイラたちに背を向け、あらぬほうを指さしながら言う。


「……ここから十五分ほど歩いたところに、宵燈(ランプ)(そう)の群生地があります。おれは先に寝ているので、おふたりでどうぞ行ってきてください。この国で、一、二を争う美しい景色なので、土産話になりますよ」


 言い終えると、オランは貝が閉じたように静かになった。

 シェイラとイディオンは、目を合わせる。


「行こうか」

 せっかくだから、とイディオンは言う。


 シェイラは、イディオンの気づかいの意味がわかった。


 今は、オラン少年をひとりにしてあげたほうがいい。でなければ、彼はきっと涙を流すこともできないであろう、と。


 ふたりは、そっと立ち上がると、宵燈(ランプ)草の草地を目指して、野営地に背を向けた。

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