263話:番人と少年(1)
ひと月以上滞在したものの、結局モーラとは親しくなることができなかった。とりとめのない話を振ったり、食事の準備をしてもらえれば、当然のように感謝を伝えたが、戸惑いをあらわにするだけで、変化はなかった。最後に世話になった礼をしても、モーラは必要以上にシェイラたちを見ずに頭を下げたままであった。
テベディヴに連れられ、森を出ていく。
テベディヴもまた、出会った森近くまで、シェイラたちを送り届けると、「ではここで」と淡然と踵を返そうとした。
シェイラは、思わず引き止める。
「不思議に、思わないのですか」
テベディヴの虹が、シェイラを怪訝に見る。
「モーラさんや、さきほど虹の光を取られた方が、あのような扱いを受けることを、おかしいとは思わないのですか」
シェイラには、強烈な違和感と吐き気しかなかった。
虹の瞳が絶対というのは知っていた。それがなければ、精霊魔術が使えないというのはわかっていた。だが、ないものに対しての無情な扱い、あるものから奪う扱い、それはあまりにも残酷ではないだろうか。
魔法が使えなければ、かしずけばよいのだという。モーラは生まれた時からそうであったと、エレンシアは暗に言っていた。
魔法が使えなかったら、使えるものの奴隷になれという。
それは、あまりにも行きすぎた扱いではないだろうか。
虹を持たない子のために、親がなにかに願うことが罪に当たるのだろうか。ただ純粋に、子どものことを想った親の振る舞いをあのように無碍に扱うのが、女王やこの国のあり方なのであろうか。
シェイラは、疑問でしかなかった。
「──あなた方の国では……」
テベディヴは、形式的な男で、シェイラも返答を期待したわけではない。ただ、この気持ち悪さをぶつけたかっただけだ。
「魔法が使えない者は、どういう扱いを受けるのですか?」
テベディヴから逆に質問を返されて、この男にもなにか思うことがあるのかもしれないと思った。
「……かしずくことはありません。本人たちなりの職を得て暮らしていく……そうなることが多いです」
それだけではない者もいる。自分なりに適性を見つけて、過ごしやすく生活する者もいる。
ただ、よほどの幸運に恵まれない限り、生きづらく肩身の狭い貧しい生活を強いられる。死んだアノンの母や、アノンがまさにそういう暮らしをしていた。
「その方々は、幸せなのですか?」
テベディヴは虹の視線をシェイラに向けた。
「モーラは、私の娘です」
シェイラは驚いてテベディヴを見返す。
「たしかに、娘は自信がなく不安そうに過ごしていますが……、食うに困ることも、生活に困ることもありません。皆にかしずくことで、たしかな場所を得ているのです」
「…………」
「それのなにがおかしいのですか?」
テベディヴは、ほんとうに不思議そうに意味がわからないと言っていた。
「寝食に困ることも、獣に襲われることもない。その待遇の、なにがおかしいのですか?」
「それは……」
「あなた方、外の国の物差しで我々のあり方を否定しないでください」
テベディヴの目は、あきらかにシェイラたちを見下げる侮蔑が載っていた。
出国までの道案内人という少年オランを最後に紹介されると、テベディヴたち玉薔薇の番人は、一顧だにせず道のりを引き返していった。
シェイラのなかには、違和感がべったりと残ったままで、後味の悪さが加わったようであった。
〜*〜
オランは、寡黙で、無駄口を利くことを嫌う野良猫のような少年であった。十五か、十六か。少年から青年になりかけている途中で、声がやっと低まったけれど、まだ喉に収まりきっていない浮いた感じがあった。黙々と道案内をこなしながらも、シェイラたちに必要なことだけ話す。
「シェイラが考えていることはだいたいわかる」
野営の準備でなにかを探しにいった少年が、森の奥に消えてしばらく戻ってこないと、シェイラは気になって仕方がなかった。何度もちらちら見ていたからだろう。苦笑したイディオンに声をかけられる。
「また、お節介を焼こうとしている」
「だって、心配じゃないですか……こんな暗い森のなかですし」
「道案内と言われているくらいだ。ぼくたちより、ずっとこの森に詳しいよ」
「そうですけど……」
「今から、案内をやめてもらうか? 地図があるし、飛行したほうが岩窟までは、はやく着く。そのほうが、あの少年をすぐに帰してあげられるんじゃないか?」
イディオンの提案はもっともなことだった。はじめシェイラたちは道案内を断ろうと思ったのだが、紹介されたオランの顔を見ると、なぜだかその気持ちは冷めてしまった。
どこか、出会ったばかりのイディオンを思い出す、うら寂しさのある子であったからかもしれない。この子に、帰りの道案内をしてもらおうと思ったのだ。
行きに、ホサルたち一行と別れた湿原の近い森であった。近隣には、エテルの森という集落があるのだという。
シェイラが思い悩んでいるうちに、まもなくして、オラン少年は戻ってきた。
「すみません、母の墓が近かったので、少し祈りを捧げに行って参りました」




