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魔法が使えない魔導師と、霧の大陸の教え子たち【6/6完結予定】  作者: 稿 累華
第13章:千六百年を生きる弟子

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262話:精霊女王の愉悦

 シェイラが青ざめるのとは逆に、イディオンは、冷たい目で女王エレンシアを判じていた。


(知らないは嘘だ)


 エレンシアの瞳孔は開き、光沢のある唇は、わずかに震えている。透けた薄衣から見える腕には力が入っていた。


(動揺、ではない)


 千六百年を生きる人間。よほどのことがない限り、うろたえることなどないだろう。では、なんであろうか。


(怒り……?)


 それでもない。虹色の双眸は興奮しているが、怒りではない。


(ならば……)


「──知りはせぬが……」


 愕然とするシェイラに、エレンシアは近づいた。素足を茨に進めても眉ひとつ動かさず、小首をかしげる。口元を隠すように指を扇のように開いて、鋭い爪が細い花びらのように見えた。


「助力はできるかもしれぬ」

「ほんとうでございますか……!」


 シェイラの顔がぱっと明るくなったのに対して、エレンシアがほんの一瞬口角を上げるのを、イディオンは見た。


(これは……)

 ──楽しんでいる。


 エレンシアは、()()()()()()()()()()



「ヴェッセンダスを訪ねるがよい。やつなら、(わたくし)が知らぬことも知っている」


「……ヴェッセンダス? 十二番目の魔導師ヴェッセンダスでございますか?」


 イディオンがエレンシアを見定めているあいだに、シェイラが驚愕に訊く。


「おや、知らぬのかえ?」

「ご存命でいらっしゃるのですか……?」

「よもやよもや、ヴェッセンダリアの魔導師が知らぬとは……足元ほど見えぬとはよく言うものだえ」


 エレンシアは、わかりやすく、ついっと唇に弧を描き、やさしげな虹色の目をシェイラに向ける。


「ヴェッセンダリアには、(わたくし)ら十二人の弟子を模して、十二人の老師どもがおりゃ?」

「……はい」

「その列席一番目は、だれが座っておる?」

「存じ上げません……」


 ヴェッセンダリアの十二老師は、およそ全員が揃ったことがない。時間の魔導師ドゥエルタをはじめ、皆、魔導を極めるために塔ノ都にいないことが多い。その姿を全員見たことがあるものは、老師たちのなかにもいないかもしれない。


 一番目もまた、ドゥエルタ同様、魔導の旅へと出ているのであろうと言われていた。名前もわからぬのが一番目。そう、言われている。


「では、一番目の老師が……」

「ヴェッセンダスだえ。魔導の知識だけを溜め込む老いぼれじゃ」

「…………」


「そなたらは、新しい魔法を見つけるたびに、ヴェッセンダスに伺いを立てているであろ?」


 エレンシアの言葉で、イディオンはシェイラに目を向けた。シェイラも、イディオンを見る。



 ──()()()()()()()()()()()()()()()



 シェイラも、イディオンも、{登録}を受けた。

 ()()が、魔法の名前ではないと知る。魔導師ヴェッセンダス。その人物が行使する魔法のことを言うのだ、と理解に至る。


「──あの老いぼれに訊くがよい。朧の竜を知るか、と」


 イディオンは、女王をもう一度見上げる。千六百年を生きる魔導師は、やはり噛み殺しきれない笑いをたえている。


「あの知識を溜め込んだものでありゃ、知るであろ」


(愉悦だ)

 イディオンは、エレンシアがたえているものを判定した。


 この女魔導師は、愉悦をもって、シェイラの願いを聞いているのだ。


 イディオンは、腹の奥底に沸き立つ岩漿(がんしょう)の怒りを感じないようにしながら、つめたく冷えた頭で女王を見つめる。



「──陛下、罪人をお連れしました」



 話のさなか、テベディヴではない、べつの番人と思しき女が、縄につながれた一人の男を連れてきた。白金に遊色たたえた虹色の目を持つ男には、はっきりとした恐怖が浮かんでいる。


「多いのう」

 エレンシアは、寝椅子に戻ると、後ろ手をつきながら罪人の男を見下ろす。


「そなたは、自分がなにをしたかわかっておりゃ?」


「へ、陛下……麗しき、精霊女王、ど、どうか、わ、私から虹の目は、虹の目は取らず……!」


「取るに決まっておろ?」


 エレンシアは、くうでなにかを掴みあげるような仕草をした。一瞬だった。途端に、男がひどい悲鳴を上げて、喚き、玉薔薇の上でのたうち回りながら両目を押さえる。


 イディオンたちが絶句しているあいだに、女王は掴みあげたものをそっと後ろに放り投げた。ぽわんと、泡のように弾けたものは、茨に玉石の薔薇を咲かせる。


「虹を持たぬ子は、たまたまそうであっただけよのう?」


 男は悲鳴を上げつづける。痛みにもんどりうっていた。


「そういう子は、かしずけばよいのじゃ。モーラなぞは、よくやってるだえ?」

「あ、あぐ、あ……っ」

「どうにかせんと、(わたくし)に願うならともかく沼地の精霊に願うとは、どういう了見かえ?」


 男は両目を押さえながら、相槌とも言えぬ声を出す。


「親子ともども、都を出ていくがよい。べつの森で仕える先を見つけるか、沼人どもと(がっ)するがよかりゃ」


 エレンシアは、控えていた番人に顎で命じる。


「連れておゆき」


 返事もなく、番人たちはエレンシアの命を受けて、目を押さえたままの男を引っ立てるように連れ出した。

 虹の目が跪いていたイディオンたちに戻ってくる。


 その瞬間を、イディオンは見逃さなかった。エレンシアの虹彩に挑む。


「──ひとつ、私からもお聞きしたいことがございます」


「ほう?」

 万華鏡に散乱する光を鋭く集めるように、虹の目が細められる。


「この国には、なぜ、〈魔導霧〉が入りこんでこないのですか?」


「……なぜ、そのようなことを訊く?」


 くいっと、女王の片眉が上がった。優美な曲線を描いていた眉は、イディオンを選別するように見やる。


「疑問でしたので」

「…………」

「〈霧の厄禍〉が予言されているなか、この国の住民たちは、まるでそのようなことは知らない様子で、蟲の恐怖にも怯えずに過ごしている。他人事どころか、そもそも蟲や霧なぞ知らないのでしょう。先の男なぞは、よほど陛下のほうを恐れているように見えました」


 エレンシアの目が、(すが)められる。


「女王陛下が、この地を霧の厄から守っているからですか?」


「……いかにも」


「霧が入ってくるのも、この地に生じるのも、お守りに?」


 イディオンが詰め寄るように尋ねれば、エレンシアは、イディオンのもとに素足を向けて、その顎に手をかけて爪の先で上向きにするした。


「それを知って、どうするかえ?」

「どうにも」


 イディオンは、堂々と受けた。虹霓(こうげい)に畏怖は感じなかった。その水底にある愉悦へのつめたい怒りでしかなかった。


「ただ、知りたいだけでございます」


(わたくし)()ゆえ……いや……」


 眼? とイディオンは秀眉を寄せる。


「……ヴェッセンダスを訪ねよ」


 ふっと、エレンシアは目を逸らすと、興味を失ったように寝椅子へと戻った。まだるく腰かける。


(わたくし)が答えるのは、それのみ」


 そして、また眠るようにして、背を向ける。()ね、と手を振られると、イディオンとシェイラは、追い出されるようにして玉薔薇の(しとね)からテベディヴによって連れ出されたのであった。


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