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魔法が使えない魔導師と、霧の大陸の教え子たち【6/6完結予定】  作者: 稿 累華
第13章:千六百年を生きる弟子

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261話:玉薔薇の都

 玉薔薇樹林(ぎょくばらじゅりん)、というのはシェイラたちが滞在していた場所のことを示しているのかと思っていたが、そうではなかった。


 森のより深く、樹海ヘビが浮揚するよりも奥に、その都はあるのだという。

 テベディヴは、そう語った。


「めったなものは、入れませぬ」


 テベディヴは、ゆったりとした裾から枝のような指に小鳥を留まらせるようにした。まるで、そこにだれかが座っているかのような、目線を向ける。


「ゆえに側近であり、番人である我らが監視し、陛下の(しとね)をお守りしているのです」

「番人?」


 シェイラが首をかしげる。

 すぐに返答があった。


「我らにお掴まりを。足元から、ご案内いたします」


 余った裾を掴むように手を出される。シェイラはそれを掴み、イディオンは他にいる番人の肩に手をかけた。


「移動いたします」


 テベディヴの言の葉とともに、光の水流に自分たちが溶け込むような感覚を得た。ずぷっとぬるい沼地に入っていくような心地を得ながら、視界が光に彩られていく。


 河だ。光の河。

 いつか鉱脈水のなかに入った時を思い出した。イディオンの〈導脈〉を辿った時にも近い。どれよりも眩しく、春光のような階調に彩られる。


 あたたかく輝かしい光の河が、シェイラたちを連れたって行く。立ち止まっているのに、道のように進みゆく。


 眩しい時間は、あっという間に過ぎ去った。目も開けない強い光とともに、足裏に、こつ、と硬い地面がふれると、眩しさは軽減する。

 まぶたを開けば、またべつの世界が広がった。


 ──玉薔薇、とはよく言ったものだ。


 茨が、虹霓(こうげい)の光輝をたたえていた。どこまでも高く、どこまでも深く、どこまでも絡み合った金剛石(ダイヤモンド)の茨。稜鏡(プリズム)、さもなくは、万華鏡。ひとつの光から、反射し、散乱する輝きが増していく。


 翠玉(エメラルド)の葉が、深みを与え、目にやさしい色合いとなる。

 薔薇の花は、紅玉(ルビー)青玉(サファイア)黄玉(トパーズ)。あらゆる玉の彩りで、玉座を示す。


 玉座には、ひとりの女人がいた。光沢のある寝椅子。最高級の絹でできたようなやわらかな布地を見せる場所に、臥せる長い髪の女。茨に入り込むほど長く、されど存在感のある艶のある髪は、極光(オーロラ)の輝きだった。


 虹の目が、迎え入れた。



「──来たかえ」



 ゆったりと、女は寝椅子から起き上がる。しどけなく、髪がすべり落ちた。女のシェイラでさえ、そのかぐわしい色香を感じる。


「よく来たのう」


 けれど、女の声は、美しくありながらも、老獪(ろうかい)さのある畏怖を持ち合わせていた。虹の目は、今にもシェイラたちを喰らおうとしているように見えた。つめたい恐怖が、シェイラとイディオンの背筋を伸ばす。


 ──精霊女王エレンシア。


 千六百年を生きる、大魔導師サージェストの弟子が、目前にいた。


「今日は、いつかえ?」


 目覚めたばかりなのであろうか。緩慢な動きで、近くに控えたテベディヴに尋ねる。


「サージェシア歴一六三二年、ヴェッセンダリアの月(じゅうにがつ)第二週風ノ日にございます、エレンシア陛下」


 よどみなく答えられる。


「一睡も経過しておらぬようじゃ」

「ひと月ほど経ちました」

「またたきのうちにも入らぬ」


 エレンシアは、そうっと素足の爪先を、やがて踵を下ろして、シェイラたちを見据えた。


「──して、(わたくし)に用があるのは、そなたたちかえ?」


 シェイラとイディオンは、すぐに跪いた。さあっと風を孕んで、長外套が玉薔薇に広がる。玉石の花びらや棘に引っかかってしまいそうだった。反射する稜鏡(プリズム)に、目が眩む。


「──ヴェッセンダリアの魔導師シェイラータと申します」

「同じく、イディオン・ガルバディア。祖に魔導師ガルバーンを持ちます」


 シェイラとイディオンが名乗れば、エレンシアは優雅にあくびをする。


「ああ……、あの小僧めか」

 いらだちが混じった。


(わたくし)に、喧嘩を売る愚か者であった。仕方ないから、一週間、茨で吊るしてやったというのに、下ろせ下ろせとやかましい小僧であったのう」

「…………」

「サージェスは、なぜあのような小僧を(わたくし)の後ろに据えたか()せぬ」


 エレンシアは、精霊女王の名に恥じぬ、羞月閉花(しゅうげつへいか)の美貌を持ち合わせていたが、語れば語るほど、その美貌は年老いて醜くなっていくようであった。見る見るうちに醜悪な老婆になっていくさまに、シェイラたちはぎょっとして言葉を失う。


「……まあ、よい」

 その一言で、今ひとたびエレンシアは、若さと美貌を取り戻した。


「精霊の友が、そなたらの来訪を告げた」

「はい」

「俗世の噂に惑わされずユグラウルを越え、ここまで来た労をいたわるのが女王の務め。それゆえ、そなたたちに迎えを遣わした。(わたくし)の眠りを妨げなかった礼もせねばならぬ」


 エレンシアは、蠱惑的に莞爾(かんじ)と笑みを向けた。


「望みを申すがよい」


 シェイラは、イディオンに目を向けた。強い肯きが返ってくる。


「恐れながら」


 シェイラは、青金色の双眸でエレンシアを見上げる。


「わたくしどもは、陛下にお尋ねしたいことがあって、参りました」

「ほう? なんだえ?」

「女王陛下は、〈朧竜(ろうりゅう)〉をご存知でいらっしゃいますか?」


「……竜?」


 ぴたりと、エレンシアは動きを止めた。細長い指、さらに長く細く伸び切った爪で、記憶をさぐるように額にふれる。


「大魔導師サージェストが封印されたと言われている、(おぼろ)の竜にございます。わたくしどもの記録や伝承には、その存在について多くが残っていません」


 シェイラは、虹色の瞳に訴える。


「その竜……〈蟲〉が現れると、〈霧の厄禍〉とともに、星に詠まれているのでございます」

「…………」


「竜を呼ぼうとしているものたちが……いるのです。なぜそれをしようとしているのか、なにをしたいのか、目的は明らかではありません。ですが、サージェストが封印せざるを得なかったほどの力ある蟲なのだとすれば、呼ぶことに、意味がありましょうか。竜を呼ぶこと……それを防ぎたく参りました。サージェストを知る陛下であれば、ご存知ではないかと思い、参ったのです」


 シェイラの頭のなかには、星詠みの(うた)が聞こえる。



 血に沈む師と子

  十二の力

  竜を呼ぶ


 朧の竜を

  誰か留め

  誰か切り拓かん



「陛下、竜とはなんでございますか」


 哀願、であった。

 アノンの残酷な死。リヨンの奪われた魔法。他にもおそらく犠牲になっている子どもたち。彼らの力が、〈朧竜〉を呼ぶのであろうか。


 ひどく、長い間があった。一刻は経過したかもしれない。それほど長い間であった。


 魔導師であり、精霊女王エレンシアは、そうして告げた。



「──……知らぬ」


 その言葉は、残酷にシェイラに届く。


(わたくし)は、朧の竜なぞ、知らぬ」

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