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魔法が使えない魔導師と、霧の大陸の教え子たち【6/6完結予定】  作者: 稿 累華
第14章:敬愛する師

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267話:呪了と瞑想(2)

「──そろそろ、話はおしまいだ」


 リマスは言った。


「僕も時間がなくてね。哀れでかわいそうな子たちのために、新しい世を作らなきゃいけない。ここにいるフランもはじめ、多くの者が賛同してくれている」


「哀れで、かわいそう……?」


 メイベは、皮膚下に自身の銀朱の〈導脈〉を静かに滾らせた。全身から脊髄へ、魔力がさあっと移っていく。


「ああ、そうだよ。この世では、多くの子どもたちが泣いて、大人になって苦しんでいる。僕やシェイラもそうだ。フランも騎士たちも……。なんなら、君も被害者のひとりじゃないか?」


 リマスは、メイベの神経をなでるように、ほほ笑む。


「斎王家の元姫君。君だって、月の王国のしがらみがいやになって出奔(しゅっぽん)してきたんだろう? 魔法が絶対であるこの世のせいさ」

「あらあら、よくもまあ、二百年以上前のことを知っていること」


 それこそ、二百余年も前であれば、メイベは興奮した神経とともに魔法を発動させていただろう。


 だが、メイベは今や老師。瞑想の魔導師メイベ・ガザン。

 自身の感情は制御せずとも、俯瞰できる。俯瞰できるからこそ、感情は波立つことなく、落ち着いていた。ただ、この場を観て、備える。


「ほら、〈気高き魔女の騎士団〉は、一度、月ノ斎王国に無謀な奇襲をしかけて、返り討ちになっているだろう? あの頃の組織はほぼ壊滅しているから、呪了国を復活させるという阿呆な思想はもう残っていないけど、当時の団長が手記を残しているからね。行方不明の姫君についても、言及があるのさ」


「そう……」


 今のメイベにとっては、もう大昔のことであった。


「自分の子を産んで、すぐに、その子ごと王家を捨てた姫君について、ね」

「…………」

「……易い挑発には乗らない、か」


 やれやれ、とリマスは、溜息をつく。立ち上がった。


「落ち着いている君とは、あまりやり合いたくないのだが……」

「あら、そう見える?」

「ほんとうなら怒りで顔を真っ赤にして、周囲が疎かになっている君の足元をすくおうと画策してたんだ」

「あらあら、その作戦ができなくて残念ね」

「だから、れっきとした魔法の実力勝負だ」


 リマスは、いい終えぬうちに、飛び上がりながら霧砂を撒いた。


 メイベは脊髄から伸ばした{拡張}した枝で、即座にそれら砂一粒一粒を分解し、遊糸状になった〈導脈〉に取り込む。


「驚いた。なんてはやさ、なんて正確さだ。砂の数は億や兆の比じゃないはずだが?」

「こんなの、餅を炙り終えるより前にできるわよ」

「まずいね。蟲と戦わせているあいだに、注意を分割させる作戦が効かないじゃないか」


 言いながら、リマスは次の手を出す。呪符。それらが懐からいくつも飛び立ってくるのを、メイベは、すべて枝で両断する。加えて、樹枝を伸ばして、頬や首、腹などにいくつも傷を作ってやった。

 リマスが舌打ちする。


「れっきとした魔法の実力勝負じゃなかったかしら?」


 小手先の道具など、メイベに効かないのはわかっているだろう。


「……僕にも、いろいろ事情があるからね。なるべく力は温存しておきたいんだ」


 苦みを浮かべるリマスに、メイベは優然と笑んだ。


「シェイラと同じ事情ね? 〈脈〉を使うと、削られてしまうものがあるのでしょう?」

「…………」

「シェイラとちがって、{修復}が働いていないだろうから、もっと大変そう」


 メイベは、この男が、一番いやがりそうな言葉を与える。


()()()()()()


「いやな女だ」


 リマスが、怒りを剥いた。瞳の漆黒が、白目の部分も侵襲する。


「魔導師ノザリアンナの呪了の魔術と、〈脈〉の魔法はなかなか相性が悪いのさ。──あまく見るなよ」


 リマスの影から、ぬうっと現れたのは(おびただ)しい蜘蛛の群れ。稚児(ちご)たち。メイベは眉ひとつ動かさず、片っ端から屠っていく。間隙(かんげき)を縫って、枝は尖った先端をリマスに向けた。稚児たちが受ける。


(どうやって、拘束しようかしら)


 思考している間に、行李(こうり)長櫃(ながびつ)、巻物、竹簡から試験管、丸底瓶、標本瓶に入った得体の知れない爪や乾いた皮膚、橈骨(とうこつ)の一部、それらがくうに浮き上がって、メイベを襲う。力技や物量ではヴェッセンダリアの老師は圧倒できない。そんなことは、この男もわかっているはず。

 すべてを切り裂き、吹き飛ばし、跳ね返す。瓶が割れる音、破裂する音、骨が粉々になって粉塵が立ち上がる。


(目眩ましか)


 出てきたのは、足元に突然染み出した血液だった。メイベの目前で己の右手を切り裂いたリマスの血が、石床の隙間という隙間から湧き出てくる。


 そこから伸びてきたのは、とっぷりと太った赤子たちの手だった。引き摺り込むようにメイベの長外套(ローブ)を掴み取る。見なくてもわかる。男児の手だ。おそらく、斎王家で祀られ、依代になり、歓迎されてこなかった、男児たちの手が、呪いとなってメイベに触手のように産声を上げているのだ。


「悪趣味ね」


 リマスが、にやっと笑った。ぼたぼたと腕を出血させながら、真っ黒になった目が愉悦を浮かべ、弧を描いた唇が、まなじりまで裂けた。


 どこからともなく出てきたのは、天児(あまがつ)たち。子どもの身代わりとなる厄除け魔除けは、斎王国に伝わる呪具。祭囃子を聞いているように、メイベの周りを幽鬼のごとく踊り出す。

 さらには、紙形(かみがた)。木製、紙製、鉄製の人形(ひとがた)が、お囃子に混ざり、太鼓の音、鈴の音とともに、巫女のように舞う。


(これは……)


 メイベは、悟る。


 勾玉や、神器を模した握剣が血から作られる。辰砂(しんしゃ)が撒かれ、霊符がいくつも浮遊し、回転する。

 魔法の応酬は、風を起こし、石を剥がし、破け壊れたものが巻き込まれていく。〈導脈〉の樹枝は、リマスを刺す。突く。もう少し。だが……



 ──わたくしは、負ける。



(ほんとうに悪趣味だわ)


 リマスは、人の呪いを真に請け負い了解しているのだろう。ただ距離を置いただけのメイベでは叶わない。


 呪了と瞑想。


 そも対するものであるふたつが混じった時、あとを握るのは、術者の力比べのみならず、互いの弱みをどこまで握っているかに他ならない。


 乱舞するものたちが明滅する朱色の光は、王家にあった頃の呪いを呼び起こす。おそらく、その空隙(くうげき)、寸暇、わずかな鈍りによる反応の遅れ。どれでもいい。どれかがメイベの枝を、一瞬止められればいい。


 わかっていても、メイべは、やはり止まった。ほんの秒単位。その間だけだった。

 輪舞のなかに、四方八卦の鏡があった。その鏡は、メイべが産み落とした女児の歪んだ泣き顔を映した。


(……最悪ね)


 メイベは、ふっと笑った。


 ──自分の死が来ると、あらかじめ知っていても、最悪な気分だった。


 寸隙を刺したのは、呪いの藁人形。それさえも、斎王国に育つ稲で作られていた。その稲で作った餅米。はじめて、焼き餅を食べた時にほころんでいた、唯一弟子の姿が思い浮かぶ。


(ああ、シェイラ……)


 (つち)で、(ひのき)の香る杭が、穿たれる。


 がんっ、という胸に響く衝撃とともに、メイベの視界には、シェイラとの出会いが巻物を開いた。


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