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魔法が使えない魔導師と、霧の大陸の教え子たち【6/6完結予定】  作者: 稿 累華
第13章:千六百年を生きる弟子

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259話:精霊樹海

 男は、テベディヴと名乗った。三十、四十ともわからぬ年頃の男で、痩せた体は不健康に見えたが、イディオンたちが捕縛した者たちも、似たように線が細かった。首と称する箇所は骨が浮いているように細い。


(枝のようだ)

 イディオンは、そんな感想を得る。


 特徴的なのは、それだけではない。平均して上背(うわぜい)がある。比較的背の高いイディオンよりもさらに、頭ひとつ抜けているのが、テベディヴ率いる一行であった。

 イディオンとシェイラは、彼らに取り囲まれるように導かれる。イディオンでさえ、圧迫感を感じる。


「大丈夫?」


 頭を下げて尋ねれば、小柄なシェイラからは憤慨したような返答があった。


「大丈夫に決まってます」

「ほんとうに?」

「木々に囲まれているのと思えば、なんともありません」


 イディオンは場ちがいなことに吹き出しそうになったが、シェイラに怒られそうだったので、たえて平静を繕った。切り替えるために、話題をべつにする。


「どこに連れて行かれると思う?」

「玉薔薇の都かと。地図によれば、集落と思しき影があります。そこが女王のいらっしゃる場所なのかもしれません」

「ぼくたちが来た理由を知っているのか?」

「さあ。わかりません。ただ、女王陛下にしろ、他の方々にしろ、わたしたちには視えない精霊が視えますし、交流できます。それで、なにかを知っているのかもしれませんね」


 シェイラの言に、イディオンは肯く。


 さきほどの戦闘では、彼らは本気を出していなかった。こちらの実力を試したかっただけだろう。〈極光の壁(オーロラ)〉を見た時のような、精霊魔術の気配は感じられなかった。


 イディオンは、シェイラをちらっと瞥見(べっけん)する。


 シェイラも、わかっているからこそ、さっきのような実験を提案したにちがいない。随分と楽しそうな顔をしていた。魔法が好きなのだ、彼女は。

 ふたりの力を合わせて魔法を使うというのは、あの日以来であった。うれしくもあり、イディオンとしては少々複雑でもあった。

 気分がよい。自分の届かないところまで届いていく万能感を得られた。そこまではいい。


(シェイラの魔力が入ってきた)


 それが、問題だった。


 魔力香──葵葉草(ゼラニウム)甘橙(オレンジ)の混ざったような香りは、エリスという草の根の香りだと最近知った。ユベーヌの民たちが扱うまじないのなかに見知った香りがあって、教えてもらったのだ。

 その香が混ざってくる心地は、幾分、たえがたい感覚であった。正直なところ、二度とやりたくない。


 イディオンは、もう一度、シェイラを見る。


 ──彼女は変わった。イディオンに見せてくれる顔は、少し前とあきらかに異なる。


 かつては、幼い自分との約束があったから、いろいろ話してくれたのを知っている。けれど今は、イディオンに心を許して、自分を曝け出してくれている。

 喜ばしくも、自らに言い聞かせる。


(役割を忘れるな)


 自分がなんのために修行を重ねたのか。ガザン老師に答えたことはなんだったのか。なんのために、シェイラの隣にいるのか。

 ぎゅっと爪が食い込むほど、拳を握りしめる。


「少しだけ……」

「ん?」


 シェイラが周りにいる森人たちに聞かれないように爪先立ちで、イディオンに囁く。


「女王陛下のいらっしゃるところが、どんなところか楽しみです」


 破顔する。()のままの笑みを向けてくれる。


「観光というものができるのかわかりませんけど、一緒にいろいろ見て回りましょうね?」


「……ああ、そうだな」

 ただひとつだけ、イディオンは思う。


 ──はにかむ彼女の気持ちを、少しだけでも求めてしまいたいと思うのは、欲張りであろうか、と。






 琥珀の蝶が舞う。

 釣鐘蔦(つりがねつた)(みどり)を灯す。


 樹々(きぎ)クラゲは、浮遊しながら光の泡を吐き、樹海ヘビは、古代の大木のあいだを蛇行しながら浮揚する。樹冠天井(じゅかんてんじょう)をたゆたう魚たちから落ちてくる晶石ウロコは、貴重なもので、森人の子どもたちが先を競って見つけていた。ウロコは螺鈿(らでん)のように、陽光を反射する。


 大木という大木、苔と(つる)にびっしりと覆われた、光と緑、水の世界であった。


 精霊や精霊界というものを視認できないシェイラたちにも、不思議な場所として映る。水のなかにいるようなのに、深い呼吸ができ、体のなかまで緑が取り込まれるようだった。


 シェイラとイディオンは、呆然と見上げる。


「滞在場所にご案内します」

 テベディヴはそう言って、先に進む。


 (つた)でできた揺り遊具や寝網(ハンモック)。枝と枝で結ばれた歩廊。ところどころに、宵燈(ランプ)が吊り下がり、大木を中心に階段が螺旋を描いて、高所の家につながる。

 物見遊山の大人や子どもたちが、木の洞や幹、根本の家々から出てきて、シェイラたちをそれぞれの場所から見た。皆、テベディヴと同じく、白金は遊色に輝き、虹色の瞳を持つ。

 シェイラたちは、あきらかに、見下されていた。


「いやな目だな」


 イディオンがシェイラに言う。

 シェイラは顔色を変えず、堂々と胸を張りながら答える。


「邪険に思われている時ほど、こちらは明るい空気を出したほうがいいですよ」

「なるほど?」

「同じ感情になったら負けです。わたしたちは喧嘩を売りに来たわけではないので、堂々としていれば問題ありません」

「それは、心ノ理学(こころのりがく)?」

「いえ」


 シェイラは、はたから見ても満面の笑顔で答えた。


「ただの経験知です」


 テベディヴたちによって案内されたのは、奥のほうにある大木に根ざす家だった。木戸を叩くと、間もなくして、頭を下げた三十ほどの女が出てくる。


「客人だ。しばらく、面倒を見てやってくれ」

「……わかりました」


 女は人目を気にするように少しだけ顔を上げた。シェイラは、その瞳を見て内心で驚く。


(虹がない)


 あるのは素朴な茶色の瞳だ。そう言えば、髪も遊色をたたえていない。


「しばらく、このモーラが、あなた方の世話を焼きます。寝室の案内や、食事の用意も彼女に」


 テベディヴはそう言って、引き連れた者たちと一緒に踵を返そうとする。

 シェイラは思わず、呼び止めた。


「お待ちください。女王陛下がお待ちなのでは……? わたしたちも陛下にお会いしに来ました。あまり悠長に過ごすことはできません」


 ルーマンにいた頃から、ここに来るまでのあいだに、一月半かかっている。帰りはもっと時間は短縮されようが、こうしているあいだにも〈気高き魔女の騎士団〉は動いて、子どもたちを狙っている。


 ──〈朧竜〉というものを知り、彼らの目的を突き止め、〈霧の厄禍〉に備える。


 シェイラの寿命もある。ゆっくりと過ごしている時間はないのだ。

 テベディヴは、虹の目に何色か漂わせた。思案したのち、返答がある。


「それは残念です。陛下は昨日から、眠りについておられます。次のご起床は、一ヶ月後となりましょう」


 淡々としたテベディヴの言い様に、シェイラは唖然とする。


「それまで、どうぞごゆるりと。旅の疲れを癒やされてください」


 テベディヴは、慇懃(いんぎん)にゆったりとした動作で、なかに入ることを促し、そのまま去っていった。


「……ご案内します」


 二の句が継げずにいると、モーラという女はおどおどとしながら、幹のなかにシェイラたちを案内した。

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