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魔法が使えない魔導師と、霧の大陸の教え子たち【6/6完結予定】  作者: 稿 累華
第13章:千六百年を生きる弟子

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258話:森からの歓迎

 森に分け入って数日後、シェイラたちはパトダ一座と別れることになった。女王国に入って警戒する日々であったが、未知の獣や、蟲などに襲われることもなく、拍子抜けするほど安楽に過ごすことができた。


 シェイラは、道を進みながら、森や女王国の{地図化(マッピング)}を行っていった。{拡張}と{探索}を重ねた応用魔術に、さらに{自動}を重ね、{浮遊}させたパムの植物紙に、翰筆(ペン)で筆記を行う。維持するのに人差し指と中指で羅針盤を描いていなければいけなかったが、魔獣などに襲われることがなかったので、問題なかった。できあがった地図を、もう一枚のパムの植物紙に{投影}させ、{保護}をかける。


「こちらをお持ちください」

 シェイラは、その一枚をホサルに渡した。


 原生林と岩の柱を抜けた先は、湿原であった。薄霞とともに、下生えの草から、蛍火のような光をまとった羽虫が舞っている。見たことのない蜃気楼のような湿原だった。


 ここは、あたたかい。


 山向こうでは、本格的な秋霞がやって来て、蟲の襲来が多くなっているころであろう。こちらのほうが北に位置しているのに、寒くて眠れないということはない。北国とは思えないあたたかさであった。


「いいのか?」


 シェイラから完成した地図を受け取ったホサルは、驚く。


 地理も知らぬ泥炭地(でいたんち)を目指していくのであれば、必要だろう。森のなかは、なにかに襲われる心配はなかったけれど、湿原がそうとは限らない。ぬかるみも多いのであれば、幌車がどこまで役に立つのかもわからない。せめて、地図をお守りにして道のりを進んでほしかった。


「はい。餞別(せんべつ)の品ということで」

「ありがてえ! 魔導師さまさまだな!」


 ホサルは、からっとしていた。


「うちらも〈導脈〉があればなあ!」

 そんなことを、てらいなく言う。


 シェイラが薄く笑うと、イディオンが一歩前に出た。背でホサルの顔が見えなくなる。


「そなたらの旅路の加護を願う」


 言いようは為政者らしかった。


「また、会う日まで」


 イディオンは言って、シェイラの背を押すように長外套(ローブ)を翻す。

 シェイラは、押される隙間から、ユベーヌの民に伝わる別れの礼を取った。自分の両手を上下で組み合わせるようにして、胸の下で結ぶ。


 ──いつかの祈り、届くまで。我らは約束と罪を胸に抱えよう。


 目礼をすると、同じ礼を返される。それを受け取ると、シェイラは、ホサルたちに背を向けた。






 休み休み、森のなかを飛行し、翅を広げる。次第に、景色が移ろっていった。

 木々の背が高くなり、薄暗く陰樹の様相を呈する。木々の幹には、菌類や蘚苔類(せんたいるい)がぼんやりと灯り、見たことのない(きのこ)が生え、蔦が巻きついて白い釣り鐘の花を咲かせていた。緑樹の香りが深い。


「シェイラ」


 イディオンに名を呼ばれるのに合わせて、着地した。ふたりで周囲を見やる。


「気づきましたか?」

「もっと前から気づいていたのか?」


 シェイラが肯くと、イディオンは顔をしかめる。


「気づいていたなら、言ってくれ」

「すみません。特に大きな問題はなさそうだったので」


 ()()()()()()。否、()()()()()()()


 この森に入ってから、シェイラはそういう感覚を{拡張}で得ていた。どこかで、だれかがシェイラたちを見ている感覚。さぐってみたが、悪意はない。ただし、強い警戒の視線だ。


(精霊魔術の力でしょうか)


 あるいは、精霊そのものか。


 考えているうちに、ひゅんっ、とシェイラとイディオンのあいだを、なにかが貫いた。どすっ、と鈍い音を立てて、トウヒに似た樹木に射さる。矢だ。


「これが?」


 イディオンが神経を疑うという声をした。さらに数本矢が飛んできて、器用にすべてよけてから、シェイラに文句を垂れる。


「あきらかに攻撃されているみたいだけど?」

「おかしいですね?」


 シェイラは、耳飾りをちりんと弾いて首をかしげながら、{自動}で発動した{防護}で矢を弾いた。雪華の盾はきらっと輝いてかき消える。


「あまり敵意は感じないのですが……」


 言ったそばから、雨のように白い矢が降り注いできた。シェイラもイディオンも{防護}ですべてを跳ね返しながら、迎撃に応じる。


「試されているのかもしれないですね」


 落ちた矢を、飛んできたほうに{遠隔}で即時に返す。


「どうする?」

「ちょっと遊んでみましょう」


 イディオンに訊かれて、シェイラは満面の笑みを向けた。

 悪戯を思いついて、イディオンの片手を取る。


「えっ」


「少しやってみたいことがあったんです。実験に手伝ってください」


 シェイラは言うと、{拡張}を描いた。二百馬身ほどの差し渡し、球体になるように感覚を拡げる。


「では、あとはよろしくお願いします!」

「え、なにするの?」

「わたしの{拡張}をイディさんの感覚に流し入れますので、いつもの攻撃魔法を」

「流し入れるって……」

「あの日、やったみたいに」


 シェイラは笑う。イディオンが魔法をはじめて使えた日。あの日のことを。


「一緒にやったら、きっといい感じに使えますよ」


 シェイラは、ぎゅっと手の平に力を込める。イディオンが目を見開いてから、にやっと笑って握り返してくる。


「試してみるか」


 重ねた場所を支点に、シェイラの銀の魔力が、イディオンのなかに逆流するように混じって、白縹の輝きとなった。周囲にいくつもの魔法陣。外周に圧縮された円環は、ねじる閃光を放って、飛んできた矢の方向へ、いくつも幹を超えていく。


 シェイラが、目となった。借り受けた目で、イディオンが制御し、そうして見つけた者たちを補足する。次々と弓矢を弾き、かすり傷を作っていき、二十人ほどいた攻撃手たちを戦闘不能にしていく。抵抗しようとしたものは、光を縄にして、縛り上げていく。


 まもなくして、シェイラたちの前に一人の男が、(かすみ)をまとうように現れた。



「──降参だ」



 男は、両手を挙げる。

 額に金の輪をつけた男は虹色の目、遊色に輝く白金の髪を揺らしていた。


「さすが、ヴェッセンダリアの魔導師たち」


 女王国の住民──森人の男は、そう言う。


「ようこそ、我が国へ。女王エレンシア陛下の名により、あなた方を迎えにあがりました」


 魔導師にして、精霊女王エレンシアは実在する。


 その男の言葉で、シェイラとイディオンは、理解するのであった。

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