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魔法が使えない魔導師と、霧の大陸の教え子たち【6/6完結予定】  作者: 稿 累華
第13章:千六百年を生きる弟子

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257話:思い出の味

 草を掻き分ける。人が歩いていないのだろう。背丈ほどの草が平気で生い茂っていて、むわっとした。不快に感じているものが、におい立っている気がする。喉に、ざらざらとした砂礫を詰め込まれたような気分がつづいている。


 フクロウの声がして、獣が、がさがさと道を掻き分ける音がする。ぴっ、ぴっ、と手先が草の葉先で切れたけれど、小さな痛みは、まったく気にならなかった。


「──シェイラ……っ!」


 背後から呼ばう声に、シェイラは驚いた。びっくりして、振り返る。


「イディさん……」


 イディオンは、焦った顔をしていた。闇のなかでも冴える姿はよく見える。シェイラが掻き分けた草叢(くさむら)を同じように分け入りながら、追ってくる。


「シェイラ、ごめん、ぼくが……」

 追いつくと、イディオンは、すぐに謝罪した。


「ごめん、キジなんか持ってきたせいだよね」


 シェイラは、意表を突かれた。イディオンは、あの、主人の気分を損ねた子犬のような表情で、されど大人の男の顔で、申しわけなさそうな顔をしていた。


「シェイラは、鳥が苦手なのに……」


 たしかに、そうだ。

 母を〈雲虹〉に喰われて以来、シェイラは生きてようが死んでようが、鳥はあまり得意ではない。どうしても好きになれない。けれど、戦闘には支障がなかったし、克服もしたと思う。食事も食べろと言われれば、食べられる。イディオンが謝るほどではない。


 シェイラは、呆気に取られて、それから柔和に笑んだ。胸から漏れたものがじんわりと不快な砂を取っていく。


「……いいえ」


 顔がほころぶ。見上げて、安心させるように言う。


「大丈夫ですよ。……ありがとうございます」

「ほんとう?」


 ぱっとイディオンの顔が明るくなった。よかった、と安心する青年の顔に、少年の頃が覗くと、ほっとしてあふれたものが満ちていくようだった。


「じゃあ、なんで怒ったの?」

 イディオンは不可思議そうに尋ねた。


「怒った……?」

「そういう顔をしていた」


 シェイラはわずかに目を(みは)る。疑問を自分のなかに尋ねて、反響してきたものをいらえる。


「……わかりません」

「わからないの?」


 イディオンが笑った。冗談の混じったような顔だった。


「ぼくとサリヤのやり取りを見て、妬いているみたいだったのに」


「……え?」


 おかしそうに笑うイディオンに、シェイラは当惑する。


「そういう怒った顔をしていたよ」


 シェイラは、投擲(とうてき)されてできた水紋に、自分の内側が波立つのを感じた。


「な、なぜって……」

 うろたえる。


「わたしとイディさん、新婚という体ですし……」

「嘘なのに?」


 イディオンは、シェイラの動揺に気づいていないようだった。


「あ、だからか」


 ひとりで合点がいったように、シェイラに笑いかける。


「そういうふうに見えるように振る舞っていたということか」

「…………」

「理解。だから、大丈夫、か」


 納得、ともう一度噛みしめるようにイディオンはつぶやく。なんだかとても残念そうな空気に、シェイラは言いようのないものを持て余す。


「──戻って食べられそう?」


 切り替わったイディオンに尋ねられる。

 シェイラは、小さく肯く。


「滋養がつくからね」

「イディさんは、すぐにわたしにいろいろ食べさせようとします」


 シェイラも残滓を振り払うように、道を戻りながら、イディオンの背に文句を言う。


「だって、シェイラの偏食はひどすぎる」

「今回の旅では、わたしも文句を言わずに食べてましたでしょう?」

「そうだけど」

「実はちゃんと食べられるんですから」

「ふだんからも食べたほうがいい」


 食事に関しては、イディオンはシェイラの世話好きだ。おかしくなる。


「そもそも、なんで、揚げ麦粉焼(パン)ばっかり食べるんだ?」

「お餅も好きですよ?」

「サージェシアではほとんど見ない食べ物だ」

「師匠が取り寄せてくれるんです」

「栄養としては、麦粉焼とほとんど変わらないだろ……」


 イディオンがげんなりしたように言う。

 シェイラは、ふふっと笑ってから、ふと思いついてイディオンの問いに答える。



「──揚げ麦粉焼は、母との思い出の味なんです」



 だれにも、ヴィクトルやガザンにでさえ、話したことのない話だった。

 イディオンが振り返る。シェイラは気分がいいから、そんなことを語る。


「ユベーヌの民の旅は、厳しく、つましいものでしょう?」


 イディオンは、この旅に同行してわかったはずだ。彼らの旅は甘いものではない。狩猟や採集だけで満足なものを得られないことは多くある。だから、桔梗キジを狩ってきたのだとわかっていた。それに対して、文句が出ようはずなかった。


「揚げ麦粉焼って、だからとても贅沢な食べ物なんです」

「……うん」

「街に辿り着いた時、それもお金に余裕がある時に、食べられるものでした」

「……ああ」

「母は稼ぎ手だったので、稼げた時に、わたしの手を引いてよく露店で買ってくれたんです。笑顔で、ラータ、おいしいねって」

「…………」

「わたし、あれを食べるまで、あまり食事に興味を持てなくて……いつも仕方なく言われるから食べるような感じでしたが……」


 シェイラは、鬱蒼とした森を見上げる。


「あれを食べた時だけ、味がありました。今も、母のうれしそうな顔が浮かぶんです」

「……そうか」


 イディオンは、神妙に肯く。継ぐ言葉はなかった。妙に反省しているような気配を感じたので、シェイラはその背丈に合わせるように、爪先を蹴って{浮遊}した。


「イディさんとの思い出の味でもありますよ?」

「……そうだね」


 イディオンが微笑する。


「仲直りの味です」

「……ああ」


「それからですね、」

 シェイラは、くすっと笑う。


「わたし、あの味も覚えているんです」

「あの味?」

南瓜(かぼちゃ)とろみ汁(ポタージュ)

「あれか」


 イディオンは、秀眉を広げて、にかっと笑う。


「ぼく、あれ、作れるようになったんだ」

「ええ?」

「修行の合間に、あそこの店に通って店長に教わったんだ」


 王子さまは、なにをやっているのだろう。想像すると面白くてたまらない。おかしくなって笑い声が出る。


「もう、なにやってるんですか」

「だって、シェイラがおいしいって言っていたから」

「わたしのため?」

「そうだよ」


 イディオンが照れたように目線を逸らす。


「次会う時に飲ませるぞって、火傷しながら教わったんだ」


 さっきと同じように、じわっとあふれてきたものが満たしていく。


「……じゃあ、今度作ってくださいね」

「もう南瓜の時期は終わるよ。ここに……あるかわからないし」


 照れ臭さを隠すように返答がある。


「そしたら、来年作ってください」

「来年?」


 シェイラは、幸せだった。


「はい、来年。また南瓜の時期に」

「……それは、約束?」


「はい、約束です」

 感慨深く、思う。


「わかった。約束するよ」


 イディオンの意志のある目に、シェイラはほほ笑む。


 ──来年、生きているだろうか。


 わからない。厄災が訪れる。シェイラの寿命も近くなる。


(それでも……)


 生きて、彼の作るものを口にしたかった。



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