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魔法が使えない魔導師と、霧の大陸の教え子たち【6/6完結予定】  作者: 稿 累華
第13章:千六百年を生きる弟子

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254/255

254話:ユグラウル岩窟

 凍えるほどの湿り気のある冷たい風がどこからか追い風となって吹きつけてくる。いくつもある横穴や竪穴(たてあな)から、頂上山稜の風を巻き込んでいるのかもしれない。


 シェイラは前方を進みながら思う。


 岩窟内は、幌車を()く分には問題ないほどの幅員(ふくいん)であった。湿り気のある路に備えて、車輪にあらかじめ網紐(あみひも)を巻いておいたのは正解で、ひょっとしたら凍結している路は、ゆっくり進んだ。イディオンがあらかじめ表象しておいた寒さと風避けの長外套(ローブ)も、一団の役に立った。

 団員のホサルという男が、シェイラに声をかける。


「あんたらのおかげで順調だ」

「お役に立っているようでよかったです」


 シェイラは、ホサルに応じる。

 このホサルが、パトダ一座の旅長を担っていた。シェイラがオルリア国境の街で声をかけたのもホサルだった。


 ホサルは、出会った時、シェイラを上から下までじろじろと見て、瑠璃の目に気がつくと、珍獣でも見たような顔をした。



「あんた、ユベーヌの民か?」



 シェイラが肯くと、ホサルは同じ色の目をかっと見開く。金色が目立つ瑠璃だった。


「へえ! ユベーヌの民が魔導師とは!」


「はじめまして、シェイラータと申します。ヴェッセンダリアは、あらゆる魔法を認め、育てる国ですので、ユベーヌの民でもその魔法に精通し研究する力さえあれば、魔導師として叙任されるのです」

「はへえ。〈導脈〉がなくとも?」

「そうですね。ただ……わたしの場合は、母がユベーヌの民ですが、父が貴族階級の人間だったので、〈導脈〉を体に宿すことができたのです」


 シェイラの事情はややこしいので、他者から聞かれた場合はそういうことにしている。


「そりゃまた! おっかさんはいい種を見つけたな!」

「……まあ、そうかもしれないです」

「そんで、あんたは一座を出て魔導師になったってか?」

「そんなところです」

「いやはや、ユベーヌさまの祈りの(とく)だなあ!」


 シェイラは、曖昧に笑っておく。


「どこの一座出身だ?」

 かけろかけろ、とホサルはシェイラを対面に促した。店員に、適当に黒麦酒(エール)を注文する。


「ヌーレ座です。ご存知ですか?」

「いや、聞いたことねえ!」


 気持ちのよい返事だった。シェイラは、思わず笑みを浮かべる。


「そうだと思います。もう、十五年以上前に失くなってしまいましたし」


「……蟲か?」


 途端にホサルは真面目な顔になった。不憫そうにシェイラを見る。


「はい。春霞によるもので……」


 パーラ高原よりさらに東へ行ったところが、シェイラが母と死に別れた場所だった。この国境地域の厳しい空気は、あの山道を思い出す。


「蟲は……仕方ねえよなあ。どんだけ{霧除け}の香炉や、手間暇かけた呪具をぶら下げようが、あくまでまじないでしかない。どこにでも入り込む霧を完璧に防ぎきるのは難しい」

「…………」


「うちも、ちょうど去年、蟲でふたり亡くしてなあ。ふたりとも、売れ筋だったんだが、〈姑悪(もず)〉にやられてよお。ひとりは、そのまま喰われて、もうひとりは……少し行ったところで早贄になってるところを見つけた。ひどいもんだった」

「……お気の毒に」


 遥か昔に土地を追放され、流浪の民となったユベーヌの民の暮らしは厳しい。どんなに旅に備えようが、犠牲になる時はなってしまう。それが、かつて呪了の国に加担した咎であるというならば致し方ないのであろう。


「だからなあ、今年は、団員皆で少しでも安全なところで越冬したいと思って、ここに来たのさ」


「ユグラウル岩窟、ですか?」


 シェイラが問うと、ホサルが身を乗り出した。

「知ってるか?!」


「知っている、というよりは、わたしたちもそこを目指しています。{転移}を使うことができないので、旅慣れされている方々に同行させていただこうと思ってまして」

「ほんとうかっ?」


 だんっともう一度乗り出したホサルの手で、ぼろぼろになった樫の卓が揺れた。運ばれてきた黒麦酒の泡がこぼれる。


「わたしと、あともうひとり……夫が魔導師ですが、岩窟を抜けるまで護衛としてどうでしょうか? 蟲だけではなく、岩窟に出る魔獣からもお守りいたします」

「ありがたい!」


 ホサルは、卓上に出ていたシェイラの手を掴むと、がしっと握り込んだ。芸で鍛錬をし皮剥けを繰り返した無骨な手が懐かしい。


「よろしく頼んだ!」


 パトダ一座の護衛はそうして担うことになった。



 シェイラは思い起こしながら、周囲の気配を注意深くさぐる。

 この長い(いわや)は、幌車を牽いていたとしても構造上歩みが遅くなる。通常、抜けるのに三日かかると言われている。先や後ろには、他にもいくつか徒歩(かち)の旅人や、同じ旅芸人たちもいるが、星都登攀(とうはん)のようなごちゃごちゃとした様子はない。まばらに人がいる程度だ。そのうち、どれだけのものが生き残って、岩窟を抜け出ることができるか。



 ──ここには、魔獣シェバル(山犬)の巣がある。



 加えて、網目状になった竪穴や横穴の吹き溜まりには、霧が集まり蟲を発生させる。そのような道のりを越えることになったとしても、女王国へ抜け出たい者たちは、どういう願いがあるのだろう。

 シェイラは、ホサルに雑談混じりに尋ねてみた。


「ホサルさんは、なぜ岩窟を抜けようと思ったのですか?」

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