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魔法が使えない魔導師と、霧の大陸の教え子たち【6/6完結予定】  作者: 稿 累華
第13章:千六百年を生きる弟子

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253話:〈極光の壁〉

 旅路は順調に進み、テッペントの月(じゅういちがつ)初週に、イディオンたちは、ついにユグラウル岩窟へと辿り着いた。


 およそ二十馬身はあるのではないかというくらいの山肌にある巨大な入口であった。縦長の入口には、ひとりの人物が彫り起こされている。


 精霊女王エレンシア。大魔導師サージェストの五番目の弟子であり、精霊魔術を体系化し、玉薔薇(ぎょくばら)の森に広げた魔導師。

 美しく、妖しい、横顔が上部に彫刻されている。その笑みは、岩窟に入り込むものを手招いているようにも、選別しようとしているようにも見える。それもそのはず。狭い渓谷路から抜けた先が長い天然橋(てんねんきょう)となって、岩窟の入口へとつづくのだ。


 パドダ一座の幌車は、隘路(あいろ)となっている坂をのぼるのにも苦労したが、この橋には恐々としたものを覚えた。落っこちれば、下は原初の闇が沈んで、凍りそうな風が吹きつけてくる。子どもたちだけでなく、大人も息を呑んだ。


「──大丈夫ですよ」


 安心させるように、シェイラが幌車から顔を出す子どもたちに声をかけた。


「わたしたちがいます。万が一にも落下させることなどありませんから、ご安心を」


 蟲や魔獣からの護衛を担っていたが、イディオンとシェイラは、一流の魔導師だ。幌車を含め、大人子ども、駄馬(だば)でさえ、落とすことなどない。


「ほんと? お姉ちゃん?」


 ひょっこりと少女が顔を出した。この旅でシェイラに懐いている六歳とか七歳くらいの少女だ。

 瑠璃色の目に不安を溜め込んでいるが、シェイラは横にやってきて、そっと彼女の頭をなでてやる。


「でも、なにかをやってると失敗すること……あるよ。完璧はないんだよ? 芸なんて失敗ばかり」

「心配ですか?」

「……うん」

「落ちちゃうんじゃないかと考えます?」

「……うん」

「そうですね。考えて……しまいますね。──でも、大丈夫です。やさしい祈りは、届くんですよ?」


 シェイラは言いながら、腰袋から香り袋を出した。少女に握らせてやる。


「これを持って、入口までの無事を祈ってください」

「祈る?」

「はい。ユベーヌさまのまじないのように。旅唄のように」


 シェイラはほほ笑んで、もう一度少女の頭をなでる。

「そうしたら、大丈夫です」


 シェイラは言うと、翅を開いて、宙を舞った。幌車を先導するように、斜め上空を飛ぶ。光の粉が鱗粉のように降り落ちる。


 イディオンは一連のやり取りに、小さく笑みを浮かべたのち、シェイラの隣まで飛行した。


「任せていい?」

「はい、もちろん」

「ぼくは、〈極光の壁(オーロラ)〉を見てくる」

「ぜひ」


 シェイラが肯くのを見ると、イディオンは高度を上げた。石窟(せっくつ)よりもなお高く、大山脈の頂上まで上昇していく。

 速度を上げながら、自分を中心に、空気の膜を表象する。急激に変わる気圧と酸素、冷気や雲を抜けた眩しい陽を緩和する魔導を(かたど)った。


 まもなくして、雄大な景色が眼下に広がる。稜線の鋭い山々が長大につづいていた。手前の太古の森シャドゥーラが鬱蒼と深緑と錦秋(きんしゅう)を拡げるのに対して、大山脈アールヴは、城壁のように東西に連なって先が見通せない。かろうじて、オルリアから広がるパーラ高原が東に視えるくらいか。大山脈の峰々は、こちら側とあちら側を隔てるように、長城の役割を担っていた。

 さらに、上空を見上げる。


「あれか……」


 言うならば、壁というよりは極光(オーロラ)窓布(カーテン)だろう。ゆらゆらと、蒼と緑、紫の光の流れが、山脈に沿うようにして空から下りている。イディオンは、そのさまを目に焼きつけるようにしながら、思考する。


 美しい光景であったが、同時にこちらと隔絶されている様子がいなめない。


 斎王国(さいおうこく)と異なり、女王国は鎖国をしているわけではないが、この光景を見たうえで、出入り口があの岩窟しかないのであれば、鎖国と同義であろう。一部の行商や旅芸人たちしか行き来をしないわけだ。


(この目で見て……)


 女王国を知りたい。イディオンのなかで、王族の意識がそうさせる。国益に至るものがあるだろうか、と。

 考えながら、山窟の入口まで下降を終えた。女の子にうれしそうに抱きつかれたシェイラが、イディオンに笑いかける。


「おかえりなさい、イディさん」

 イディオンは、その笑みで思考が切り替わる。


「ただいま、シェイラ」


 無事に渡り終えたらしい。巨大な岩窟は、口を広げてイディオンたちを待っている。


「行こう」


 イディオンはシェイラと視線を合わせ、一座の幌車とともにユグラウル岩窟へと足を踏み入れた。


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