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魔法が使えない魔導師と、霧の大陸の教え子たち【6/6完結予定】  作者: 稿 累華
第13章:千六百年を生きる弟子

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252話:ふたりの演習

 薄く笑ってから、シェイラは話を変えた。


 腰に翅を描いて、体を浮かび上がらせる。演習を開始するため、イディオンと距離を取った。


 翅を腰から、くるぶしへ。


 そうすると、速度が上がった。ぱんっと、くうを蹴破るような音が出る。視界には、無数の幹と枝。認めてよけながら、追ってくるであろうイディオンの気配をさぐる。


(来ましたね)


 木立ちのあいだを縫うようにして、イディオンの特殊な魔法陣から放たれる閃光が、シェイラに向かってくる。蛇のような動き方をして、確実にシェイラを狙う。


 シェイラは速度を上げる。木々をよけ、閃光をまとめあげるように軌道を描く。そうしていくうちに大木が見えた。開けた空間。大木を一周するようにして、引き返すと、見えたイディオンに突進するように、シェイラは速度を上げた。


 激突。

 ──間際に、上空へと躍り出る。


 イディオンの閃光は、自身にぶつかる前にシェイラを追う。シェイラは自分に向かってきた閃光の束に、手の平から陣を描く。一陣、二陣、三陣。複数の魔法が絡み合う。連関するのは、右人差し指の元素魔術。中指の歌唱魔術。それから左手人差し指の{呪い指し(ガンド)}。一緒くたに混ざりあって、鋭く放たれる。


 {呪い指し}の赤黒い光が閃光を打ち抜き、音波と炎をまとったまま、イディオンへ。


(さて)

 ──なにを{表象}するだろうか。


 シェイラは、にやっとするのを止められなかった。イディオンはいつも面白いものを披露してくるからだ。そうして、出現したのは一瞬、方盾(スクトゥム)に見えた。だが、異なる。表象されたのは──



「扉だよ」



 イディオンは、白銀の扉を盾のように構えて、その戸を開いた。なにも見えない。どこに行き着くかわからない空間に、シェイラの放った魔法は吸い込まれて、閉じられる。


「ええー?!」

「殺す気か!」


 イディオンが唸り声をあげた。


「なんですか、その扉は」

「〈魔法攻撃を吸い込む扉〉。次に開けた時に、吸い込んだ魔法を吐き出す」

「ただし?」


「……ただし、扉を向けた先に吐き出すだけだから、制御不能」


 苦い顔で浮遊するイディオンに、シェイラは、破顔した。声をあげてひとしきり笑う。


「まだ、鏡のほうが制御しやすいのでは?」

「だって、跳ね返したら、シェイラにぶつかるだろ?」

「わたしのことを考えてくれたんですか?」

「……そうだよ」


 ぶすっとイディオンが答える。シェイラは、また笑う。


「やさしいですね」


 腰に翅を移して、今度はゆっくりとイディオンに近づく。飛行するイディオンは、カエルでも丸呑みしたような顔をしている。


「でも、」

 シェイラは接近して、イディオンに顔を近づける。それから、耳元で囁くようにした。

「油断は禁物ですよ?」


 そうして、シェイラは足に身体魔術{強化}を施して、鋭く蹴り上げた。イディオンがさらに上空に{転移}する。


「シェイラ!!」


 怒ったイディオンに、シェイラは元素魔術から作り上げた鉄扇で、切り込む。イディオンが長剣を表象して、応じる。


 シェイラは舞うようにして、両手に持った扇で連撃する。イディオンは防戦一方。ひらりひらりと体を翻しながら、シェイラは澄鈴(トーラム)を扱うようにする。


「攻撃しないんですか?」


 じゃあ、どうしようか。もっと、攻撃を加速させるか。

 シェイラがそんなことを思っていると、イディオンは突然剣を放り出すようにして消した。


「え?」


 間に合わない。シェイラが斬りつけた扇は、イディオンの体を斜めに裂いてしまう。


 その一瞬の躊躇に、懐に滑り込まれた。がしっとたくましい両腕がシェイラの胴体をつかんで、押し倒されるように、翅を消される。


「へ……?」


 シェイラは、変な声のままに、イディオンとともに垂直落下する。急速で。悲鳴が出そうになりながらも、落下圧で声が引っ込む。


 地面に直撃する。


 寸前で、シェイラは、左薬指のオルリア召喚文字の施された指輪を発動させる。連動して、雪花石膏(アラバスター)象嵌(カメオ)──銀狼の横顔を彫った指輪が輝いた。

 召喚陣から、アバンダスが出現する。


 シェイラとイディオンは、やわらかい毛並みに落ちた。アバンダスは悠々と花紺青の足跡を描きながら、落ちてきた空へと浮上する。



「イディさんっ!!」



 シェイラが腰に巻きついたままのイディオンに怒鳴って肩を押すと、イディオンがたえきれなくなったように大笑いで仰向けになる。

 意表をつかれて、シェイラは目を丸くした。


「シェイラが悪い」


 イディオンがこんなに笑っているところを見たことがあっただろうか。

 青年は、腹を抱えて笑う。


「やめてください! 怪我をさせると思ったじゃないですか!」


 シェイラは、自分がからかわれたのだと知って、顔が赤くなった。


「さっきだって、ひどい攻撃をしてきただろ」

「あれは、イディさんならやり過ごせると思って」

「今のだって、やりすごせただろ?」

「魔法を中断しないでくださいよ!」

「でも、無事だった」

「落っこちました!」

「落っことしたんだよ」

「ひどいです!」


「でも、ちょっと楽しかった。ちがう?」

 イディオンが悪戯めいた顔をする。


「……楽しかったですけど。結果的に」

「ほら、ね?」


 シェイラはぶすっとしながらも、イディオンがにっと笑みを向けてくるので、それ以上の言葉を引っ込める。


(もう……)


 イディオンはそうやって自分を楽しませたり、驚かせようとしたり、なにかを一緒に見てくれようとする。重ねる日々を、一葉一葉、葉脈を眺めるように過ごそうとしてくれている。


 シェイラは、今日を思い出す。


 ふれられた肩や腰、近づいてきて香るにおい。


「……このまま、警戒ついでに少し駆けましょう」


 シェイラは前を向く。アバンダスのたてがみを掴む。

 顔は見えてないだろうか。{暗視}で映っていないだろうか。


「仰せのままに」


 イディオンがそうしてシェイラの背に回ってくる。同じように後ろから、黎明色のたてがみを掴む。


 熱くなった顔が、夜空を駆ける風で冷めるのを願った。



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