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魔法が使えない魔導師と、霧の大陸の教え子たち【6/6完結予定】  作者: 稿 累華
第13章:千六百年を生きる弟子

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251話:祈りの〈旅唄〉

 その日の夕餉(ゆうげ)は、大釜で煮たたっぷりの茸汁(きのこじる)と、男たちが狩った猪肉を火で炙って、薄く伸ばしたアロ芋の皮に包んで食べるものだった。子どもたちが食事に群がる。


 軽快な音楽が流れはじめた。横笛に縦小笛(ピッコロ)柳弦(リュート)に竪琴、それから手風琴(アコーディオン)。いくつもの楽器が音を奏ではじめ、踊り子たちを中心に火を囲う。


 まもなく流れてきた歌に、シェイラも知らず知らずのうちに口ずさんだ。



  我らユベーヌ

  流れの民 まじないの民

  十を超え 百を超え 千を超え

  時を紡ぎ、祈りを織る


  いつかの夜明け

  我らは望み、織り上げる


  手間をかけましょう

  祈りをこめましょう

  罪を解き放ちましょう


  ほら、友よ

  時はいつか、祈り届ける


  ほら、友よ

  暁はいつか、訪れる


  手間をかけましょう

  祈りをこめましょう

  いつかのため

  我らユベーヌ 願いを届ける



 旅のあいだ、パドダ一座は暇を持て余せば歌っていた。シェイラも、この唄はよく覚えている。


「──知っている歌?」


 隣を見ると、イディオンが不思議そうな顔をしていた。手には、茸汁の椀を持って、ほとんど平らげられている。猪肉の入った薄皮包みをひたして、おいしそうに食べていた。


「〈ユベーヌの旅唄〉です」


 シェイラは、母が楽しそうに歌っていたことを思い出す。


「旅の安全を祈願しながら、いつか罪が(ゆる)されることを願う唄です」

「罪って、昔の大戦で呪了国(しゅりょうこく)に加担したっていう?」

「そうです」


 イディオンは片手に椀を移して、一方を顎にやる。


「それにしては、拍子も調子も軽快だな?」


「──もとは、許しを乞う歌じゃないのさ」


 踊り子の、サリヤだった。食べたり飲んだり、さらには歌って踊って、肌にしっとりとした色気があった。中秋も深まるなかで、その肌を惜しみなく晒している。燃える姫香茅(ひめこうぼう)の独特な香りと混ざって、妖艶さが際立つ。

 シェイラは、ちらっとイディオンの様子を窺う。


「もとは、と言うと、さらに古い歌詞があるのか?」

「そうだよ。歌い継がれていくうちに変わっていったのさ。なにせ、もとは魔導師ユベーヌから友への誓いの歌だった」

「友への誓い……?」


「魔導師ノザリアンナです」

 シェイラは、凛と声を張った。


「ユベーヌとノザリアンナは、十二人の弟子たちのうち、〈導脈〉を持たなかった仲間で、仲がよかったそうです」

「そうなのか」


 イディオンの視線がシェイラに戻ってくる。


「だから、ノザリアンナへの誓いと惜別(せきべつ)の歌であると言われています」

「へえ」


「──お兄さん、もっと知りたい? だったら、あたしが一晩教えてあげようか?」


 サリヤは、イディオンを直接誘うことにしたらしい。あまりにも堂々としていて、シェイラは呆気に取られたが、ユベーヌの一座というのはこういうものだったと思い出す。


(考えてみますと……)


 シェイラは、べつにイディオンが一晩どこで過ごそうが止める権利はない。新婚のふりをしようと言ったが、今みたいに誘われることがある。誘いに乗るか乗らないか、そこにはイディオンの自由意志があるべきだ。

 思うと、じわっと手や足の裏にいやな汗が浮かんだ。指先がどんどん冷たくなるのを感じながら、他人事のように、考えようとする。


「──いや」


 イディオンの香りがふっと近づいた。後ろから手が回って肩がぐっと力強く引き寄せられる。森よりも濃く、針葉樹の香りが漂ってくる。シェイラはびっくりして、イディオンを見上げた。


「間に合っているが?」


「あんたたち、新婚に見えないよ?」


 サリヤがなおも食い下がる。

 シェイラは肩にふれてきたイディオンの手が気になって仕方なかった。距離の近さに、今度はべつの汗が体に浮かび上がってくる。


「まだ慣れていないんだ」


 いつもよりイディオンの顔が近い。


「だろ?」


 シェイラは覗き込むように同意を求められた。秀麗な顔に硬直して、目だけで肯く。


「はあーっ?」


「じゃあ、ぼくたちは、夜の見回りに出てくるよ。()()()()()()()()()ね」


 行こう、と手を取られて、イディオンに引かれたままになる。呆気に取られたサリヤと、一座の騒ぎから離れるように、シェイラとイディオンは夜の森に入った。





「シェイラの言ったことは、ほんとうだった」


 草地から一馬身も離れると、夜の森は視界が悪くなる。シェイラもイディオンも、{暗視}の身体魔術を目に宿して、瞳が魔力の光で輝く。


「ほんとに誘われるんだね。びっくりした」

「そうですね」


 人目がなくなると、イディオンは詫びながらすぐに離してくれた。いつもの距離に戻ると、シェイラは落ち着いた。さっきまで感じられなかった呼吸が戻ってくる。


「あれで、誘いに乗る男がいるのか?」

「いっぱい、いますよ」

「あんな堂々とした誘いに?」

「一夜を楽しもうとするものは、案外多いものですよ。世のなかには娼館がありますでしょう?」


 シェイラの言葉に、イディオンが顔をしかめる。


「ぼくは、やだ」


 子どもみたいな言い方に、シェイラは吹き出す。


「いやなんですか」

「ぼくは無理」


 シェイラは笑う。

 きれい好きなところがあるから、そういう関係は許せないのだろうな、と当てをつける。


「冷えますから、少し体でも動かしましょうか」

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