250話:ユベーヌの民
粗朶を拾う。
クルミの実や、スグリの実を採る。
青松茸などの食べれそうな茸を採取し、アロ芋などの力が出る根菜を引っこ抜く。
これらは、旅では子どもたちの役割だ。遊び歩きながら、宝探しのように集め競う。
大きい子が守り役を担って、小さい子たちにいろんなことを教えてやるのだ。そうやって、旅をしながら生き抜く術を身につける。
シェイラは、子どもたちと歩きながら、遠い記憶を感じる。
シェイラも六歳までは、そうして育ってきた。母の声が耳の奥から聞こえてくる気がする。
「よく見つけてきたわね、ラータ」
頭をなでられると、とても誇らしい気持ちでいっぱいだった。母に褒められたくて、年上の子にせがんでいろんなことを教えてもらった気がする。今思うと、しつこかったから煙たがれていたのではないだろうか。
「お姉ちゃん、あったよ!」
薪となる小枝を拾っていた女の子が、シェイラを手招いた。一緒にさがしものをしていたのだ。
「お、見てみましょうか」
シェイラは大股で草地を掻き分けながら、女の子のところへ向かう。
彼女が指さしたのは、まさしく姫香茅の草だった。香茅属は、主として南部にしかないイネ科だが、この姫香茅だけは、このシャドゥーラの森や、オルリア北部の森に生える。近くに、野生の紫水マツや蛍モミなどが立っていることが目印だった。シェイラたちの前には、紫水マツが高く聳えている。
「わあ、大正解です! よく発見しましたね」
シェイラが腰を下ろしてそう言うと、彼女はぱっとうれしそうに顔をほころばせた。シェイラもうれしくなる。
「いくつか持って帰りましょう」
「うん!」
ふたりでせっせと姫香茅を採取すると、イディオンたちの待つ、日当たりのよい草地へと引き返していった。
日没が近い野営地では、幌車から下ろされた幕が張られ、鍋や釜などが用意されていた。子どもたちの取ってきたものが歓迎される。
女の子と見つけた姫香茅は、呪文をつぶやいて、綿毛を飛ばすように息を吹きかけると、薪のなかに放った。シャドゥーラの森には、蟲だけでなく、多くの魔獣が出る。彼らは賢いから、煮炊きのにおいを辿って人間を見つける。魔獣除けのまじないになる姫香茅は、旅路の必需品だ。薪と一緒に燃えて、香を周囲に撒く。
シェイラが準備を終えた頃、イディオンは、男たちに混ざって最後の天幕を張っていた。彼が実は王子だと知ったら、きっと男たちは卒倒するにちがいない。
「──いい男ねえ」
シェイラが立ち止まって見ていると、若い踊り子の──サリヤという女がそう言った。ユベーヌ刺繍が裾に施された裙衣と、模様染めされた上衣は、まさにユベーヌの民らしい。
「新婚じゃなかったら、あたしが種をもらい受けてたのに」
こういうあけすけな会話も、まさにユベーヌの民だ。
「すみません、彼は……わたしのです」
(そんなわけあるもんですか)
シェイラは内心の羞恥心をぐっと隠しながらも、堂々と返す。でなければ、いろいろと差し障りがある。シェイラと同じ、瑠璃の瞳を持つサリヤはなおも言い募る。
「一晩だけ、貸してくれない?」
「だめです」
ぴしゃっとシェイラは言った。
「彼は、わたし一筋ですから」
今にも恥ずかしさで、どうにかなってしまいそうだった。六歳までしか旅をしてなかったから、こういう会話には免疫がない。
(イディさん、ごめんなさいです)
ユベーヌの旅芸人に混ざることを決めてから、腹を括ったつもりだったが、もしかしたらシェイラのほうができていないかもしれない。
イディオンに、新婚のふりをしようと提案したのは、シェイラからだった。
「──は?」
オルリア北西部。シャドゥーラの森近く国境城砦まで転移陣を用いたのち、数泊していた石壁宿でシェイラはその話をした。無骨な石がそのままに、冷たい風が宿の酒場にまで吹き込んでくる。
イディオンは、久しぶりに下手物でも見るような目でシェイラを見た。
「意味がわからないんだけど」
「ちゃんと理由があるんです」
シェイラは大きな溜息をつきながら言う。すでに、べつの宿で、同行させてもらう一座には目をつけてある。
「理由って?」
つんけんした様子を隠しもせず、イディオンは樽杯を口にする。水で薄められた葡萄酒だから、あまり害はないだろうとシェイラが許可を出した。モルリオールの時のように倒れられたらと思うと、年下など関係なく心配でたまらない。
「旅芸人であるユベーヌの民が、どうやって次代をもうけるかご存知ですか?」
「次代をもうける……」
イディオンが台本を読んだように反応する。
知らないのだろうな、と思ってシェイラは説明する。
「一座のなかだけで子を成していたら血が濃くなってしまうので、外から血を入れるんです」
「外から……」
「主にその役割は女が担います。男の場合は、一座のなかで結婚するか、べつの一座に婿入りする。街に根を下ろすものもいますが、ユベーヌの民は忌み嫌われるので、あまり成功しません。だから、結局どちらかになる」
「なるほど……」
イディオンは、情報を取り入れるように相槌を打つ。
「では、女がどう外の血を取り入れるかですが……、これは、街に滞在している時にいい男を見繕って寝てしまうのが手っ取りばやいです」
「寝っ……」
「母さんも、見た目のよかった父さま……ロゼイユ公に声かけたって言ってました。母は変人だったので、ほんとうのところはわかりませんが」
「そ、そうか……」
シェイラが淡々と話すのに対して、イディオンの顔は赤い。葡萄酒の酔いが回ったのか、恥じているのか、よくわからない。
「そうやって、新しい血を入れます。あとは……」
「あとは?」
「旅に同行している未婚の男がいたら、その男のもとに忍び込む」
「…………」
イディオンが絶句する。
「わかります? つまるところ、イディさんを守るための新婚のふりです」
「え、あ……」
「それとも、だれかに忍び込まれたいですか?」
イディオンは挙動不審だった。あまり最近は見ることがなかったが、恥ずかしいのだろう。縹色はおろおろとしながらも、首を振った。
「でしたら、諦めてください。旅のあいだだけですから」
ちょっとからかいたくなってしまったけれど、やめておく。そういうことはもうしないと、シェイラはイディオンと仲直りをしてから、自分に誓ったのだ。
イディオンはその後しばらく落ち着かない様子で、そんなイディオンを見ていると、シェイラもなんだか気恥ずかしくなってしまった。
(がんばるんですよ、シェイラータ)
心のなかで、拳を作るようにして、青銀石をつかむ。
イディオンのことは言えない。シェイラだって、ほんとうは恥ずかしいし、照れてしまう。王子であるイディオンを堂々と自分の夫だというのは、そわそわとした気持ちになる。
(でも……)
ちらっと、シェイラはまもなく天幕を張り終えるイディオンを見る。手首の組紐も見つける。
自分の、結んでもらった揃いの組紐にふれる。胸のなかに広がったものが、ぎゅっと絞られたようになった。知らず、笑みが浮かぶ。
イディオンを一晩貸せと言った踊り子のサリヤは、シェイラのそんな様子を見ると、しらけた顔になって、去っていった。




