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魔法が使えない魔導師と、霧の大陸の教え子たち【6/6完結予定】  作者: 稿 累華
第13章:千六百年を生きる弟子

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249話:虫食いの紅葉

 シェイラが、変わった気がする。


 イディオンは、子どもたちと遊んでいる淡紫(うすむらさき)の姿を目にしながら、そう思う。

 彼女が遊んでいるのは、旅芸人の子どもたちだ。イディオンとシェイラは、ある一座の旅に同行させてもらっている。



 ──エレンシア精霊女王国。



 女王に謁見し、〈朧竜(ろうりゅう)〉について知る。


 今世まで実在するか判然としない人物であったとしても、そこを目指せば、わかることもあるかもしれない。たしかめるためには、大山脈アールヴを越えるしかない。越境の路はほぼ一本に絞られている。ユグラウル岩窟。鉱脈水の通るそこを抜けた先に、玉薔薇樹林(ぎょくばらじゅりん)の都はあるのだという。

 {転移}が使えないからには、旅を選ぶしかなかった。


「ありゃだめだ」

 偵察に向かわせたスヴェリが断言した。


「障壁がある」

「どんな障壁だ?」


 ルーマンを出る前日、〈クチナシの酒場〉での会話だった。イディオンは顎に手をやる。


「〈極光の壁(オーロラ)〉ですね」


 訳知り顔で、シェイラが言った。驚いた様子はない。


「〈極光の壁〉?」


 イディオンの聞き返しに、シェイラは肯く。


「アールヴの山頂より、さらに高い場所から降り注ぐ魔法による障壁です。強力な魔法ですが、高度を上げないと見えません。一国の{防護}障壁とは比べ物にならないほど頑丈で、あらゆる魔法を通さないと言われています」

「そんな魔法があるのか?」


 あるなら、{防護}障壁の代わりになっているはずだ。


「精霊魔術によるものです。だから、真似したくても使えないんですよ。まあ、イディさんなら、もしかしたら表象できるかもしれませんけど」


 シェイラが付け加える。


 たしかに、可能性はある。

 イディオンは、頭の隅に置いておく。


「女王国のものたちは、大山脈があることで隔絶されていると聞いてきたが、それだけではないということか?」

「そういうことです」


「俺はお手上げ」

 スヴェリが、両手を上げる。


「{転移}して、向こう側に抜けようと思ったが、文字通り壁に衝突した感覚があった。信じられないくらい痛かった」

「いい気味だ」


 イディオンがぼそっと言う。


「ひどくねえ?」


 スヴェリの様子に、シェイラがくすくす笑う。


「{転移}が使えないのであれば、魔女の騎士たちも女王国へは行けないということですね。女王国の子どもたちはねらわれないということになります」


 安心です、とシェイラがまとめる。


 ふと、イディオンはその言葉に疑問を覚える。

 そもそも、高位魔術である{転移}を、魔女の騎士たちが息をするように使えているのは、なぜだろうか。まるで、スヴェリのように高位魔術を使うことのできる人間が、いるようではないか、と。


 イディオンは思考を深めようとして、けれど、シェイラの真面目になった顔を見て、中断する。話題が女王国への入国手段に戻った。


「そうすると、女王国に行くためには、ユグラウル岩窟を通るしかありませんね」

「行商人たちが通る道?」

「そうです。ただ、この時期は、秋霞が出るので、行商たちはあまりあの辺りを行き来しません。霧が濃く出る地域ですから」


「じゃあ、どうする?」


 イディオンの問いに、シェイラは耳飾りをさわりながら答える。


「わたしたちだけで行くという手もありますが、岩窟内は未知です。{転移}が使えないのであれば、旅慣れしている方と一緒のほうが不測の事態も防げます」


 ちりん、と爪で一度弾いてから、シェイラは不敵な笑みを浮かべた。


「ユベーヌの民をさがしましょう。旅芸人の一座であれば、この時期でも、行き来する可能性があります」



 そうして探し出した一団が、パトダ一座であった。



 イディオンたちは、今、その一座に護衛として雇われ、旅をともにしている。一座は、冬を女王国で過ごす予定なのだという。岩窟を抜け、女王国へ辿り着くまでが、護衛の期間であった。


 シェイラは、子どもたちと木々のあいだを走り回っていた。イチョウやブナ、カエデの梢から、秋陽が射し込む。七、八歳の子どもたちは力が有り余っているから、一緒に走るのは大人だって大変だ。それを、ものともせずに子どもたちと全力で走り抜ける。


 イディオンは、その姿にぬくもりを感じる。体が小さく、まだシェイラのことを信用しきれていなかった時、毎日話しかけに来てくれたことが懐かしい。そういうぬくもりは、再会してからも感じることがあったが、彼女に感じる最近の変化は、それより深いものだった。


「イディさん」


 息を切らしたシェイラが、枯れ倒木に腰かけるイディオンのもとへやって来る。倒木は、モジホコリなどの粘菌や、裏紅傘(ウラベニガサ)などの(きのこ)が生えている。それら菌や倒木そのもの、林床(りんしょう)からたち昇るにおいとは異なって、シェイラはふわっと香る。走った体温を含んでいる香りを、いつものようにやり過ごす。


「おかえり」

「つかまっちゃいました」


 シェイラが笑いながら、長外套(ローブ)を脱いでイディオンの隣に座る。軽く出た汗を手巾で拭ってから、秋風に目を閉じた。そよぐ雁渡しを感じる横顔に、髪が揺らぐ。薄色は風に揺られて、白い肌を梢から覗かせるようにする。


 イディオンは、束の間、言葉を忘れて手を止めた。


 間もなくして、開いた青金色の目と、視線が重なる。逸らしながら、尋ねた。


「……移ろいを感じている?」


「はい」


 シェイラがほほ笑む。その笑みに、変化を感じる。

 無防備な、と言えば聞こえが悪い。()のまま、と言えばいいのだろうか。これまで、イディオンが見たことのない、シェイラータその人にふれている感じがするのだ。


「秋は……移ろいが濃い気がします」

「濃い?」

「はい。木々も獣たちも、冬に備えて、どんどん色を変えていく。移ろう色が濃くなって、空気のにおいも濃くなるんです」

「……うん」


 その話には、哀感が混じっている。残りの命脈を感じているのだと、イディオンは知っている。


「それに、」

 シェイラは、イディオンを見た。


「あの日を思い出します」



 ──あの日。イディオンの魔法が成功して、紙吹雪が舞った日。



 シェイラが見上げる。

 色づいた葉が落ちていく。ふたりを囲うように、さらさらと揺れながら落ちていく。


 イディオンも見上げる。


 同じ日を、思い出している。

 ちらっとシェイラを見上げると、目元がゆるんでいた。そこにあるのは寂寥ではなく、喜びを感じている姿で、イディオンはほっとする。


「あの日、か」


 イディオンは笑みを返す。


「ぼくにとっても、あの日は特別な日だ」

「……はい」


 シェイラが笑うと、ひらっとその肩にカエデの葉が落ちた。美しい紅葉色だったけれど、虫食いのあとが残る葉を、そのままにしたくなかった。


「落ちたよ」


 手を伸ばす。

 イディオンからは、反対の肩だった。おのずと距離が近づく。


「きれいな葉っぱだ」


 はい、と取ったものをシェイラの前に出すと、思ったより顔が近かった。さっきと同じように、しっかりと目が合う。

 イディオンは手が止まった。そのあいだに、わずかな変化を見た。


「……あ、ありがとうございます」


 シェイラは目を見開くと、さあっと秋が色づいたように、首筋から頬まで、紅葉の色を広げた。顔が、ゆっくりと逸らされる。


 沈黙が広がる。



「──お姉ちゃん!」



 シェイラが子どもたちから呼ばれる。シェイラは立ち上がって、ぱっと逃げるように去っていった。

 あとには、虫食いの葉を持ったままのイディオンだけ残される。


(なんだ、今のは……)


 シェイラが変わったと感じる、ひとつだった。

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