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魔法が使えない魔導師と、霧の大陸の教え子たち【6/6完結予定】  作者: 稿 累華
第12章:線上の聖剣使い

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247話:紅いファル石

 ヴィクトルの紅い目は、ひばりの心を穿つ。


 幾分、間があった。

 凍りついたような空気は、されど、柱時計を確認したヴィクトルが、次の予定を思い出したことで寛解する。


「急に訪れて悪かった。……くれぐれも、気を付けてくれ」


 それが、ひばりへかけられる最大限の言葉であっても、ひばりの足は、鈎針(はりはり)で編み込まれてしまったように動かなかった。ヴィクトルが避ってから、やっと呪縛がとかれたようになる。


(わたしは……)


 どういう存在なのだろう。

 彼にとって、この国にとって、この世界にとって、どんな意味の存在なのだろうか。


 思うと、目に涙が浮かんだ。あふれたものが止まらない。どんどん、どんどん、こぼれ落ちてくる。


(……帰りたい)


 随分と、久しぶりに、そう思った。


(家に帰りたい)

 もとの世界に帰って、それから■■■■■……


(わたしは、どうしたいんだろう)


 ひばりが、その場に(うずくま)るようにあふれてきた願いを抱え込んでいると、背後で扉を開く音がする。


「失礼します」


 ユベックの声だ。ひばりは、びくっとする。

 こんな姿を見せられない。聖女として、立たねば。


「ひばりさま、次の予定ですが……」


 入ってきたユベックはなにとはなしに声をあげて、そうしてひばりの姿を認めると、言葉を途中で失くした。

 急いで立ち上がったが、目元は誤魔化せなかった。

 アマリアはどうしたのだろう、という疑問をいだいているあいだに、ユベックがひばりに詰め寄ってくる。


「どうされたのですか?!」

 ひばりを、心配する声だった。


「殿下になにか言われたのですか?!」

「……大丈夫」


 袖で涙を拭う。


「泣かされて、なにが大丈夫なものですか」


 ひばりを思案する声は心地よい。

 ゆっくりと、ユベックの体が近づいてくる。男の人の、大きな体。{防護}の文様が刻まれた甲冑。この人は、ひばりを守ろうとしてくれる。


(だめ。私は聖女)


 しっかりしなければいけない、と思いながらも、にわかにトレド妃から言われた言葉が、焚いた香炉の隙間から忍んでくるように思い出された。



『たとえ、ひばりさまが、よそに男を作っても問題がないんじゃないかしら』



 体全体が吊ってしまったようになる。思考が、香炉の煙に満たされる。白檀に麝香(じゃこう)、加えて欲を刺激するような香り。

 ユベックの手が、ひばりの涙を拭った。そのまま、頬をなでられる。



「──あなたをお慕いしております」


 ほんとう? とひばりは問いたくなった。


「あなたを、お守りしたいのです」


 だったら、わたしの願いも叶えてくれる?


「ひばりさま……」


 男の、ひばりのなかの女を呼ぶ声に、見上げる。影が、落ちてくる。応じる。両手を男の腕にふれる。


(あれ……?)


 ひばりは、ふと、ユベックの右腕に気づく。甲冑の隙間から、包帯が見える。


(怪我なら……)


 ──{治癒}しないと。


 ひばりは、自分の左手に魔法の光を集めながら、ユベックから引き寄せられるままに、影を重ねた。



〜*〜



 ヴィクトルは私室に戻って人払いをすると、強く頭を打つような痛みに顔が歪んだ。うっ、と痛むこめかみをおさながら、よろよろと硝子棚へと向かう。常備してある薬水瓶(ポーション)を取ろうとして、並ぶ瓶に空き瓶しかないことに気づく。


(グスターが……)

 いなくなった穴は、こんなところにも及んでいる。


 ふらつきながら、ヴィクトルは、棚に背を向ける。のろのろとした足取りで、執務机の椅子に腰かけて、痛みを追いやるように背を預ける。

 閉じたまぶたに、ヒバリの傷ついた表情が浮かぶ。振り払うように目を開く。後味の悪さが、痛みに響く。


 ゆるゆるとヴィクトルは胸元の内側に手をやった。金の腕環(バングル)が、手のなかに心地よく馴染む。


「ラータ……」


 その手を、抽斗(ひきだし)にやった。引いた動作で、なかの石が、ごろっと転がる。


 ──無骨な、紅いファル石だ。ところどころに、金継ぎをしたような線が入っている。まだ、手の平よりも小さい石。その石を、ヴィクトルは握り込む。

 いつものように、ゆっくりと〈導脈〉の魔力を流し込んでいく。石の流れに、隙間に、瑪瑙(めのう)の縞模様を作るように、金の魔力を流し入れる。全身の魔力を注ぎ込むようにしていくと、すうっと体の力が抜けていくのとともに、手のなかの石がじんわりと大きくなるような心地を得る。


(二年で、この大きさ)


 やっとだ。はじめは、小粒銀ほどだったものが、ゆっくりと時間をかけて、ここまで来た。

 まだ足りない、と思う。目指すものには、到底及ばない。


 ヴィクトルは、虚脱感を覚えながらそう思う。この石を作りながら、金環を手のなかで転がすのは、日課であった。ひと時の安らぎ。彼女の、自分を呼ばう声が聞こえる気がする。

 まぶたが、落ちる。


(やるべきことは……)

 多くある。犠牲が出た。邪な者たちが、ヴィクトルの線上には待ち構えている。


 だが、このひと時だけは、ほっと息をつきたかった。





(第12章:線上の聖剣使い──了──)

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