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魔法が使えない魔導師と、霧の大陸の教え子たち【6/6完結予定】  作者: 稿 累華
第12章:線上の聖剣使い

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245話:〈貴婦人たちの集い〉

 ひばりが聖王妃トレドの主催する〈貴婦人たちの集い〉に参加するのは、これで三度目だった。〈集い〉は、気持ちのよい場所ではなかった。


 貴婦人たちから聞かされるのは夫の愚痴。愛人との夜の話。焚かれた香のあいだをくぐるようにして聞かされる夜の営みの話に、ひばりは羞恥で俯くしかない。自分が、なぜこの場に招待されるようになったのか、わけがわからなかった。

 女たちは、煙管(キセル)を吹かし、絵札(カード)で遊びながら、品のない笑い声をあげる。



「──聖女さまは、どうなのかしら」



 一人の女が、「そういえば」と思い立ったように言った。

 これまで、ひばりが話題にのぼることはなかった。じっとたえていれば、この苦痛な時間は過ぎ去っていた。


「殿下と、そういうことは、いたしているの?」


 下卑な野次馬だった。ひばりは、全身が真っ赤になり、俯きながら答える。


「わ、わたしは……」


 貴婦人たちの面白がる目玉が、ひばりにすべて向けられる。


「…………聖女なので」

 やっと、捻り出すようにそれだけを応じる。


 途端に、どっと割れるような笑い声が聞こえた。何十もの嘲笑が、ひばりに向けられる。


「まあ、ご存知ではないのね」

「異界から来たから仕方ないわよ」

「聖女の意味をだれか教えて差し上げて」


 酒と香、紅の混ざり合ったむっとするにおいのあいだを、落ち着いた声が落ちる。



「──おやめなさいな、皆さん。ヒバリさまが困っていらっしゃるわ」



 トレド王妃の声であった。この場においても、どこか威厳を感じられる。しん、とその場が静かになった。この場を支配するのがだれなのか、思い出される。


 彫刻のような、うっとりとするような美女だ。巻き毛が計算されているようで、濃い金髪が輝かしい。

 ヴィクトルは、母の血を継いでいるのだろう。だから、あれほどかっこいい顔立ちをしている。


「ごめんなさいね、ヒバリさま」

 トレドは、聖母のように言う。


 主催は彼女であるはずなのに、いつもトレドはほとんど口を開かなかった。話されるままを、聞いているのか聞いていないのか、どこかぼんやりとしたようなアルカイックスマイルで、流している。

 そのトレドが、オレンジ色の目で、ひばりを見つめる。


「皆さん、やさしい方たちなのよ。本来であれば、こんな場に来るような方々ではないの。けれど、互いが互いの居場所を求めて、ここにやって来る。男の方では満たされないものを求めて、ここへやって来るの。わたくしは、その場所を提供しているにすぎない」


「…………」


「いつもつまらぬ社交場で、妻をやらされる。よき母をやらされる。わたくしたちに求められるのは、尊い魔術の血を継ぐことのできる子宮のみ。次代が生まれてしまえば、おしまい。なんともまあ、虚しいと思わない?」


 ひばりは、笑顔のトレドを見る。

 オレンジ色はあたたかいのに、ヴィクトルから聞いたことも思い出されて、この場で一番の毒毒しさを帯びる。


「おまけに、わたくしたちが子を宿し、排出した胎盤(プラセンタ)は、魔法薬として活用されたりするの。若返りの薬とか、身体魔術の変身薬の触媒として、ね。気持ちの悪い話」


 唾でも吐きそうな言いようで、トレドはふっと煙管を吹いた。典雅な仕草だった。


「それでね、ヒバリさま」

 ひばりは、トレドに毒されるように見つめる。


「聖女の意味をご存知?」

「聖女の、意味……ですか?」


 ひばりは、知っている。

 〈霧の厄禍〉を聖剣使いとともに祓うことができる力を持つ。それが聖女だ。ひばりに期待されている役割でもある。


「福音なのよ」

「福音……?」


 神の福音、だろうか。ひばりが元いた世界では、そういう宗教があった。

 だが、こちらには神という概念がない。オルリア聖教が賛えているのは、聖女や魔導師オルリアの軌跡であり、遡ればサージェストという名の大魔導師の存在だ。

 なら、福音とはなんだろうか。


「ええ。厄を取り除いてくださる、聖なる報せ。それが福音。その福音を担うのが、聖魔術を扱うことができる聖女。他のあらゆる魔法を使えない制約を負う代わりに、だれもが使えない聖なる魔法だけが使える女。それが聖女なのよ。おわかりかしら?」


 ひばりは、まだわからない。

 トレドは、アルカイックスマイルを深める。


「魔法とは……」


 トレドは、煙管を吸う。


「呪文や魔法陣、計算、そうやって描かれたものが〈導脈〉の力を伝って魔法となるけれど、〈導脈〉がなくても、なにかの代償や、制約があることで発動するものがある。──多くは呪術と呼ばれて、オルリア聖教が非難するものよ。聖魔術にも、呪いを弾くものがあるでしょう?」


「……はい」


「でも、おかしいと思わない? 異界から来たヒバリさまには〈導脈〉がないのに、聖なる魔法を使うことができる」


 たしかに、そうだ。

 ひばりは、そのことをあまりよく考えたことがなかった。


「──他の魔法が使えないという制約、自分には魔法がかけられないという制約、異界からやって来ることを条件とした制約。そういった制約で、聖なる魔法を使う女、というのは召喚されるの。魔導師オルリアが確立したのは、そういう魔術」

「…………」


「だからね、聖女は、べつに清くなくてもいいのよ」


 トレドが言ったことに、ヒバリは眉をひそめる。


「すでに制約を受けることで使える魔法だから、清らかである必要はないの。おわかりかしら?」


 もう一度問われて、ひばりは、やっと理解した。一気に顔が赤くなる。


 聖なる乙女。ひばりは、そう思っていた。

 だが、乙女である必要はないと、トレドは言っている。


 貴婦人たちが、扇で顔を隠しながら、くすくす笑って真っ赤になったひばりを見る。


「……まあ、息子は、甲斐性なしではないけれども、つまらない男だから……」

 トレドは、煙を、はあっと吐く。


「たとえ、ひばりさまが、よそに男を作っても問題がないんじゃないかしら」

 せせら笑うように聞こえる。


 ひばりは、それから散会となるまで、ずっと膝を見つめてたえるしかなかった。

 その場でなにか金銭や、おまじないに使うものがやり取りされていても、ただ時間が過ぎるのを願うより他なかった。

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