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魔法が使えない魔導師と、霧の大陸の教え子たち【6/6完結予定】  作者: 稿 累華
第12章:線上の聖剣使い

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243話:聖都の深更(1)

 ──深夜。


 ヴィクトルは、路地裏の影に潜むように自身に{希薄}をかけた。木骨造のあいだに漆喰が塗られた壁には、オルリア聖教の壁画が描かれている。モルベンド(じゅうがつ)の秋月は、下弦を描いており、薄闇の月光に、古き魔導師たちの戦いを絵から浮かび上がらせる。



「──あそこか」



 ヴィクトルは、紅い眼光を眇める。目のいいヴィクトルには、五棟離れている先でも、細部まで見える。聖都にある小規模教会。まだだれもいない、そこを睨んでいた。


「はい」


 返事をしたのは黒衣の魔術師。目深に長外套(ローブ)を羽織り、口元しか見えない。

 ロゼイユ家に古くから使える{隠形}を生業とする魔術師であるという。ベイドル・ロゼイユの手足となっているものだ。男なのか、女なのか、それさえも判別がつかない。


「殿下、ご無理なきようお願いいたします」


 一言世話を焼いたのは補佐官のグスターであった。この男は、執務のみならず、ヴィクトルの護衛も担える。優秀な男なのだ。とはいえ、グスターが護衛として働くことは少ない。ヴィクトルの実力が、護衛としての動きを許したことがない。聖剣使いとして他の追随を許さない実力は、建付けとしての護衛を、グスターに担わせているにすぎなかった。一方でヴィクトルは、この男に信頼を置いていた。安心して背中を任せられるというのは、全力で前の敵に集中できる。


 グスターに無言で肯くと、ヴィクトルは、注意を前に戻した。瞳に、無詠唱のうちに{強化}を施す。紅い光は、教会横の隙間、下水道につながる鉄蓋を捉える。


 晩秋に浮かぶ、〈細蟹(くも)〉の遊糸(ゆうし)が揺らいだように見えた。{転移}の光を掻き消したと思われる揺らぎは、ひとりの臙脂色の長外套を現出させる。〈荊棘(けいきょく)の剣〉──〈気高き魔女の騎士団〉の背負う、呪いの紋章。


 背丈からして男。帆布頭巾(フード)で、顔は見えない。


 間もなくして、鉄蓋から這い上がってきたのは、べつの人間だった。

 聖職者──十いる枢機卿のひとりだ。


(アロウラ枢機卿)


 原理派の二番手。現総主教一派に属する。

 禿頭の枢機卿は、幾人かの修道師たちに手を引っ張られながら、小太りの体をどうにか人孔(マンホール)から出す。あまりにもの待遇に、周囲に悪態をついているようだった。


(なにを……)

 なにをしている?


 ヴィクトルは、さらに眼光を鋭くして、アロウラ枢機卿と騎士の男の手元に注意をやる。深夜とはいえ、人がいるかもしれない通りで、どのようなやり取りをするというのか。

 男たちの手元では、麻袋がやり取りされていた。受け取り方、重みに対する手の下がり方からして、おそらく金貨や、それに類するもの。魔女の騎士から、枢機卿と従者に渡される。


 一方で、アウロラ枢機卿は何事かを騎士に告げていた。金銭を受け取る代わりにもたらす情報。それはなにか。


 ヴィクトルは、注意を耳に、さらに{強化}を耳にも付加しようとしたところで、騎士と、長外套越しに視線がかち合った。{希薄}が、{看破}される。

 瞬時に、ヴィクトルは靴底を蹴る。


(逃げられる!)


 騎士が、身を翻すよりも先に、ヴィクトルは現出させた聖剣とともに、飛び込んだ。

 きんっ、という高い金属音が、深夜に木霊する。男がヴィクトルの聖剣を受けたのだとわかった。


 ──両手剣。


(まさか教会の人間か?)


 ぶんっ、と振るわれた剣の軌道と構えには、見覚えしかない。聖堂教会の流派に属するものだ。


 ヴィクトルは思いながら、騎士の逃走を阻むために、懐に踏み込んだ。ぐんっと体を下げながら、聖剣を触媒とした風を放つ魔術を描く。騎士が防ごうと、両手剣を構える。

 風の刃が放たれる。攻撃を受けきれなかった騎士は、後方に吹き飛ぶ。


 後ろ足に、ヴィクトルは、腰を抜かしたアウロラ枢機卿を振り返った。


「で、で、で、殿下……!」


「そなた、今なにをしていた」


 傲然と、ヴィクトルは見下ろす。


「わたくしは、ちがいます、ちがいます、ただ、金を……っ」


「金がなんだっ!!」


 亡者め、とヴィクトルは、内心で罵倒する。

 聖職者の皮をかぶり、落ちぶれたと言いながら、自分たちの蓄えと保身ばかりを考え、あまつさえ、教会に属しながら呪術を生業とするものとつながろうとする。



 ──腐っている。



 聖堂教会は、腐りきった果実で、それでもこのオルリアではまだ影響力がある。

 ヴィクトルも、聖王家の人間として蔑ろにできない。


(お前たちが……)


 吹聴した聖女や、聖剣という代物のせいで、ヴィクトルはどうしようもなく{導線}を走らされている。こんな組織さえなければ、と脳裏に葡萄色の長外套がちらつく。怨嗟が募る。



「殿下っ!!」



 ヴィクトルを、補佐官グスターの声がはっとさせた。

 鍛えられた直感で、横から薙がれた攻撃を交わす。短く宙で翻りながら、その刃先を見た。


 ──戦斧。



「だらしねえ」



 斧がヴィクトルが立っていた壁に食い込んでいた。ぱらっぱらっと漆喰壁が砂礫と土埃になって落ち、造作もなく重々しい戦斧が引き抜かれる。

 臙脂色の長外套。隻眼の男。


「だらしないな、エペストス」

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