241話:女同士の秘密
ひばりは、柱廊を歩いていると、数年前まで、ヴィクトルと横並びに話していたことを思い出す。柱のあいだからやってくる初風が、侘しく吹き抜けていく。
(なに、話してたんだっけ……)
覚えてない。記憶に残らないほどの、■■■■■話。そういう日々は、ひばりにとってなんでもない、けれど、大事な日常だった。この世界に足をつけ、納得し、自分の役割を受け容れるのに必要な日々だった。
ヴィクトルにとって、それが義務で、シェイラを忘れるために無理をしている行動であったことはわかっていた。
それでも、ひばりはよかった。安心することができた。
人間なんて、きれいな生き物ではない。どこかでみんな皮をかぶって、都合がいいようにだれかを利用している。
ひばりがこの世界を受け容れるアンカーとしてヴィクトルを利用していたように、ヴィクトルは現実を忘れるためにひばりを利用していた。
互いにレールを走らされている、暗黙の共犯だったのだ。
なのに、共犯関係は崩れ去った。ヴィクトルは、都合よくひばりを利用することをやめた。
だから、ひばりは、べつのなにかに縋りつくしかなかった。そうして足をつけた先は、女同士の秘密。こそこそ話。侍女たちとの■■■■■おしゃべり。
楽しかった。楽しくて、たまらなかった。ヴィクトルから距離を置かれるようになった悲しみを忘れることができた。
よく覚えているのは、おまじないの話。
木彫人形、円貨、魔法紙の呪符……そして、組紐。
どれに、なにを願ったのだろう。なにが叶って、どれが叶わなかったのだろう。
「おまじないによっては、ささやかな効果しかないものもあるみたいなんです」
アマリアは、そう言っていた。
はじめてもらった木彫人形は、ささやかな願いしか叶わないものであるという。当時、落ち込んでいたひばりを、元気づけるために渡したものだった、とあとから話してくれた。
「木彫人形も、血を塗り込めたりすれば、効果が上がるみたいですけどね」
「ええーっ」
ひばりはぎょっとした声をあげた。
「それは、やばいやつじゃない? おまじないの域を越えて、呪いっぽい」
「ですよね。さすがに私もそれは……」
「他に危ないのってあるの?」
「そうですね。一番こわいのは藁人形と言われています。あとは土人形や泥人形ですね。このあたりのものは、対抗魔術という授業で習うんですよ」
「へえー」
「でも、実際のこわい魔術……呪術と呼ばれますけど、そういうものは手が込んでいて、授業の知識ではとても対抗しきれないと言われています」
アマリアは、ひばりの髪を整えながら、そう言っていた。
「ですから、修道師の{祈り}と呼ばれるものや、聖魔術の{浄化}、闇魔術の{守護}、さらに護符やお守りなどが重宝されるのですけれどね」
「{浄化}は霧を払うだけじゃないんだ」
「はい。呪術を取り除くことができるすごい魔法ですよ。{祈り}や{守護}、その他の魔導具は、未然に防ぐことに重きを置かれているのですが、{浄化}だけは、かかってしまったあとに使える魔法です」
「すごいすごい!」
「だから、ひばりさまはすごい方なんですよ。ヴィクトル王太子殿下も、かつての聖女さまの血を引きますから使うことができますが、この世に使える方はほとんどいらっしゃいません。どうか誇ってくださいませ」
「あたし、ちょっとテンション上がったかも」
テンション? とアマリアが首をかしげる。
「気分が上がった! ありがとう、アマリア」
ひばりが礼を言うと、きょとんとした顔をしてから、アマリアは笑顔を浮かべる。
「どういたしまして。私も、聖女さまにお仕えできて、光栄に思います」
そんなことを思い出しながら、ひばりは柱の陰を何度も通りすぎる。
頭のなかで過去のことが連想ゲームのように過ぎ去っていて、自分が最初なにを考えていたのか辿ってみる。
(そうだ)
王妃トレドに招待されるようになったきっかけだ。
聖王妃トレド──つまり、ヴィクトルの母は、あまりいい噂を聞かない人物だった。周囲も、ひばりがトレドに近づかぬようにそれとなく配慮していたのだろう。特に、ヴィクトルと親しかった頃は、それが顕著だったように思う。
「お母さんと仲が悪いの?」
そう聞いた時、ヴィクトルはなんとも言えない顔をした。
「仲が悪いもいいもない。そういう関係かな」
「ヴィックのことを産んでくれたんだよね?」
「そうだね。たしかに、そう。だけど、母としての役割はそれだけだ」
「それだけ?」
「母は、務めは果たしたと言っていたよ」
「務め?」
「魔導師オルリアの血筋を残す役目。子宮としての役目、だと言っていた」
「子宮……?」
気分の悪い、表現だった。
「強大なる魔導師の血筋を絶やさず、自分の体を通して養分を与え、次代に血筋を与えるつなぎとしての役割」
「…………」
「四人も産んだのだから、あとは自由にさせてもらう。母は、そう言っていたかな」
ヴィクトルは、からっと言っていたが、ひばりにはその横顔に浮かんでいるものがなんなのかわからなかった。
ひばりは、母からそんなことを言われたことがない。
「……そんなこと、お母さんから言われたらいやだね」
ひばりは、たしかそう言った気がする。胸が詰まった。




