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魔法が使えない魔導師と、霧の大陸の教え子たち【6/6完結予定】  作者: 稿 累華
第12章:線上の聖剣使い

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239話:懇願

「あらまあ。このヴェッセンダリアが十二老師を約束もせず訪ねてくる度胸があるなんて、随分と肝の据わった男ですこと。褒めてあげるわ」



 老師メイベ・ガザンは、緋色の目を楽しそうに(すが)めた。

 (ぬか)づくベイドルの前で、足を組みつつ、老成した声音は優雅に尋ねる。


「それで、娘を、わたくしの弟子にしてほしいと?」


「老師は、弟子をさがしていると聞き及んでいる」

「あらあら。そんなこと、あまり喋っていないのだけど、だれがぺらぺらと喋っちゃったのかしら?」

「…………」

「面白くない男ね」


 メイベ・ガザンは、茶器を手に取った。一口啜る、静かな音がする。


「そんな男の娘なんて、絶対に面白くないじゃない。わたくしだって、せっかくはじめて弟子を取るんだから、才能のある面白い子がいいわ」


「……シェイラータは、努力を惜しまぬ子だ。熱心な子でもある。きっと老師のお眼鏡に叶う。せめて会ってはくれまいか」


「うーん、どうしようかしら」


 老師は、口のなかで茶を転がすように話す。


「報酬……が必要であれば出す。もし、なにか必要なものがあれば、ロゼイユの名に誓って、老師の望むものを必ず差し出す」


「あら、随分と大きな約束ね。どんな規格外なことでも、成し遂げるというの?」


「……娘のためだ。私の命なぞ、石塊(いしくれ)でしかないが、それでもよければ、魔術の触媒にでもなんでもしてくれてかまわない。シェドゥーラの森に住まうヴォラン(飛獅子)(たてがみ)でも、メドゥラ(人食い熊)熊掌(ゆうしょう)でも、〈蒼鷹〉の尾でも持ってくる」


「…………」


「お頼み申し上げる、老師」

 額を絨毯の編み目に擦りつけるようにする。


 はあ、と大きな溜息と、やれやれ、という声音が聞こえてきたのは、まもなくだった。


「もう……わたくしって、家族の情に弱いのよね。弱点というやつよ。それも、知ってのことかしら?」

「…………」

「いやな男だわ。あなたみたいな男にずっと頭下げられたら、老いが(かさ)んでしまいそう」


 言って、老師が立ち上がる衣擦れの音がした。尖った踵の音は、絨毯の縫い目が吸収する。


「……まずは、その娘と会ってから、どうするか決めるわ。それでも、よいかしら?」

「感謝する」


 メイベ・ガザンはそう言って、牢につながれたシェイラを訪れた。

 そして、戻って来ると、ベイドルを呼びつけて、射抜くような残酷な目で告げた。



「──あの娘の状態、父親であるお前は知ってのことか」



「……どういうことだ?」


 三百年近く生きている人間の老熟した畏怖が、緋色の双眸に表面化していた。


「呪術を使って、準師が犠牲になり、あの娘が生き残ったと言っておったな?」

「……はい」


「……あの娘には、〈ユベーヌの呪い〉と〈ノザリアンナ呪術〉の荊棘(けいきょく)と文字が絡み合って棘のように内部に宿っている。〈導脈〉のような魔力を宿らせているが、あれは呪いだ。呪者自身の命を素として魔力を練り上げ、削りつづける」


 ベイドルは絶句する。

 シェイラが望んできたものは、なんだったか。


「わたくしが視ることができたのはそこまで。放っておけば、すぐに命は尽きよう。本人も、魂の抜けたような状態だ。どうにか地に足をつけてやらねば、お前の娘はまもなく死ぬ」


「……私の、」


 私の命を捧げれば、とベイドルは言いかけた。制するように、メイベ・ガザンは手の平を出す。


「わたくしが、もらってやりましょう。目の前の死にゆくものを見捨てる酷薄さはない。……それに、ヴェッセンダリアに戻れば、優れた医療魔導師がいる。あやつであれば、延命を施すことができるかもしれない」


「……感謝いたします」


 ベイドルは、立ち上がっていたところから、最高礼で今ひとたび額づく。


「……わたくしの、瞑想もきっと役に立ちましょう。──あの娘を弟子にします」

「報酬は……」

「いらぬ。代わりに、お前のような男に育てられたあの娘を、育て直してあげましょう」

「きっと……シェイラータにもそのほうがよい」


「……不器用な男ね、まったく」


 メイベ・ガザンは溜息をつくと、そう言ってシェイラを伴って、オルリアをあとにした。


 それから、まもなくせずにヴェッセンダリアから、シェイラの寿命が十年であることを書簡で告げられる。


 以後、ベイドル・ロゼイユは、聖王の懐刀として今一度辣腕を振るう。聖女ヒバリを陰ながら支え、王宮や教会内の王統派をまとめ上げ、枢機卿たちが悪事を働かぬよう、表に立たせることで、癒着や(まいない)を防いできた。


 ベイドルはそういったことをヴィクトルに淡々と語り、ヴィクトルはその話を受けて、ベイドルへの態度をあらためた。


 シェイラを想っていることは、ヴィクトルもベイドルも一緒であった。


 それが、この数年の協力関係に至っている。ヴィクトルが多忙さを極めるなか、限界を迎えていないのはベイドルの働きによるものが大きかった。


 一方で、その働きにも限度が見えている。ベイドルが持ってきたのは、そういう話題であった。

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