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魔法が使えない魔導師と、霧の大陸の教え子たち【6/6完結予定】  作者: 稿 累華
第12章:線上の聖剣使い

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237話:欠落した寂しさ

「──殿下」


 祭礼を終えたのち、宮殿に戻ると、呼び声があった。ヴィクトルは振り返る。


「ロゼイユ公」


 紫紺の大貴族は優雅に辞儀をする。頭髪には、さらに白髪が増えたであろうか。濃い紫の髪には白が混ざっていて、色が薄くなっているように見える。

 娘の──シェイラの色に近くなっている。

 この男と、彼女のつながりを示す色だった。


「少し、お時間をいただくことは可能でしょうか」


 ロゼイユ公の問いに、ヴィクトルは補佐官グスターに確認する。


「可能か?」

「どうにか」

「調整してくれ」

「三十分にお収めくださいませ」


 補佐官は、再度の予定表の書き換えを行う。

 ヴィクトルはロゼイユ公に目顔で肯く。話す場所としては、私室が近かった。魔術回路の仕込まれた螺旋階段を昇って、主室に招き入れる。それから人払いをして、{遮音}の魔術を施した。



「──なにかあったか?」



 すぐにヴィクトルが尋ねると、しわの刻まれたロゼイユ公は重々しく口を開いた。


「……原理派に動きが見られます」


 ロゼイユ公とこうして話すことが増えたのは、二、三年ほど前からのことであった。

 ヴィクトルは長年、目の前の男に嫌悪感をいだいていたが、ガルバディアの表敬訪問以来、薄らいでいった。シェイラの話を、公から直接聞けたという理由が大きかった。



「ロゼイユ公、そなたは、知っていたのか……ラータの寿命のことを」



 ヴィクトルは、オルリアへ帰国したのち、苦渋を絞り出すように尋ねた。


 ベイドル・ロゼイユが、シェイラの父としてくだした判断を、ヴィクトルは許せなかった。なにも知らなかった自分への怒りの当てつけのようだった。

 詰め寄っても、公は凪いだ海のように表情を変えなかった。無心で真顔で、なにを考えているのかわからない。いつもの男の顔だった。


 けれど、ややもせずに聞こえてきた話には、ヴィクトルの知らない男の一面が漏れ聞こえてくるようであった。


「……私は、人間としてあるべきものが欠落した人間なのです」


 ロゼイユ公は、視線の合わぬ目をしていた。


「人の、気持ちがわからぬのです。こういうことを言えば、悲しむ。気分が悪くなる。喜ぶ。そういう条件式のようなものはわかりますが、根の深いところで、人の心がわかりませぬ。ずっと不可解さを拭うことができぬのです」


 訊いたことの答えではなかった。

 ヴィクトルは、それでも男の話を聞きつづける。


「だからでしょうな。これまで、重宝されてきました」

「……父上の懐刀としてか」

「そのようにも言われているようですね」

「褒め言葉であろう?」


「……一般的には。ですが、私は人の気持ちがわからぬように──」


 一拍、置かれる。


「自分の気持ちもわかりません。そのように言われても、なにも感じぬ月日でございました」

「…………」

「ですが、私にも一度、ひどく心を動かされたことがありました。二十年近く、前のことでございます」




 その日、ベイドル・ロゼイユは、城下に下りていた。定期的に忍んでは、街の状況を見て、人々の話を聞き、聖王の目と耳となるように動いていたのだ。


 彼女と出会ったのは、目抜き通りの中央、開けた空間だった。

 燦々と陽光が射し込むなか、旅芸人の一座が芸を披露していた。興味はなかった。通りすぎようとして、視界の隅に入った姿に、にわかに足を止めた。ベイドルは引っ張られたかのように、その姿を視野の真中に据える。


 ──舞姫、だった。


 純朴な楽器を奏でながら、まるで精霊のように舞っている。虹の目を持っていれば、精霊はきっとこのような姿に見えるにちがいない。気づけばベイドルは、その芸を見終えていた。投げ銭がされているなか、足も手も動かず、ぼうっと余韻に浸る。



「通りがけの殿方、最後まで見てくださってありがとう」



 ぬくもりのある花のにおいがする人だった。灰色の髪は、ともすれば陽光で、銀のように輝いて見えた。瑠璃色の目が、冴え冴えと、ほほ笑む。


「もし、わたしの芸に興味があったら、夜、春待亭(はるまちてい)にいらしてくださる? 今はそこに滞在しておりますの」


「……名は」


 ベイドルは口が開くに任せて尋ねていた。



「──エリオーネ、と申します」



 凛と、声が蝸牛(かぎゅう)に届くように聞こえた。


 その夜、ベイドルは、春待亭を訪れた。数日後、憑かれたようにまた訪れて、そうしてエリオーネに誘われるままに、別の宿で夜をともにした。そんなことは、ベイドルの人生ではじめてだった。自分がなにか別の生き物になってしまった感覚を得ながら、ベイドルはしばらく、エリオーネのもとを訪れつづけた。


 不思議な人、だった。



「あなたは、感覚の鈍い方なのね」



 (しとね)のなかで、彼女はくすくす笑いながら言った。

 ちらっと無表情に一瞥する。


「感覚を感じる器官が鈍いのよ。大きな衝撃がないと感じられないの。でも、日々まったく感じてないわけじゃない。ほんとうは、いろいろなことを感じて、受け取って、傷ついてる」


 顎に、手を添えられた。細い、けれど少しだけ荒れた指をしていた。


「それをあなた自身も周りも気づいてないだけ。……とっても寂しいわね」


「……一度も、寂しいと感じたことはない」


 返答をすると、エリオーネは大きく目を見開いた。丸い瑠璃が落ちてきそうで、手を添えてやろうと思った。

 エリオーネは微笑する。


「じゃあ、わたしが教えてあげるわ」


 その意味を理解したのは、一週を空けて、再度、春待亭を訪れた時だった。


 彼女はもう、いなくなっていた。一座ごと、次の街へ出発したと聞いて、ベイドルは彼女と出会った時のように足が動かなくなった。

 宿の主人から、預かったという紙片を受け取る。


「出発したあとに、立ち竦む男がいたら、これを渡してくれと言われた」


 ベイドルは、パムの紙片を開く。あまり上手とは言えない筆跡で、一言、書かれていた。



〝どう? 寂しい?〟



 ベイドルは、その紙を広げて、ずっと何度も同じ文字を追っていた。


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