236話:ひばりの八年
「──まあ、ヒバリさま、お上手でいらっしゃいますね」
レースを編んでいると、侍女のアマリアがひばりの手元を見て、笑顔で言った。
「ほんとうに手先が器用でいらっしゃいます」
「ありがと、うれしい」
ひばりは、アマリアに笑みを返す。
鈎針を使いながら、指を使って、くるりとやる、そうしてレースを編むのは、中学三年で習った。家庭科の先生からは、よく褒められた。
「ずぼらで適当なところあるのに、そういうの得意だよね。小学生の時も、リリアンやってたし」
親友の陽毬は、ひばりの指先をじっと見ながらそう言った。
「リリアンは、器用さ関係ないよ。ただちょっと引っ張ってやるだけだし」
「ちっちっ、わかってないな。不器用な人間からしたら、ああゆうのも、ちょっとに入らないの。ぐちゃぐちゃになっちゃうわけ」
「それってだれのこと言ってる?」
ひばりは、笑いながら陽毬を見る。
「だれのことかな〜」
「今も、もしかして、助けを求めてたりしてー」
「そんなことはないかもよー」
「じゃあ、助けいらない?」
「いるいる! いりますいります!」
陽毬は、このとおり、とお恵みポーズをする。
「仕方ありません。このひばりさまがお助けして差し上げましょう」
「あな感謝〜あな感謝〜」
最近、習った古典の言葉を使って、陽毬は適当な礼を言う。
ふたりで笑い合って、それから席を移動すると、陽毬のこんがらかったレース編みを手伝いに行った。
懐かしい、記憶だった。
「……ヒバリさま?」
ぼうっと、絵の描かれた天井を見ていると、アマリアが心配したように首をかしげる。
「ううん、なんでもない」
ひばりは、笑って首を振る。この修道師上がりの侍女は、主人思いだった。この数年で、ひばりはアマリアに何度助けられたかわからない。
元の世界を恋しがっているなんて知られたら、とても困らせてしまう。そんな心配はさせたくなかった。
「そろそろ時間かな?」
時計を、見やる。前の世界と似ているのは、この時計盤だ。時間の仕組みは一緒。……少しごてごてしていて読みづらいのは、きっと王宮にある時計だからだと思っておく。
「そうですね。お支度をいたしましょうか」
「うん」
ひばりは立ち上がると、編みかけのレースをテーブルに置く。
それをさっと、小箱にしまって、落ちたりしないようにテーブルの中央に持っていくのは、アマリアの芸当のなせる業だった。ほんとうに気づかい屋の侍女だ。
アマリアは、他の侍女とともに、ひばりをてきぱきと聖女の装いに着付けていく。ひばりは立ったままでいい。こういうのも、すっかり慣れてしまった。
自分の体を、自分ではないだれかにさわられて服を着せられる。
召喚された当初、浮かれていた時もあったけれど、一時期とてもしんどくつらい時もあった。それはもう、慣れで克服してしまった。
ひばりはもう、二十三。すっかり大人だ。向こうにいたら大学を出て、働いているかもしれなかった歳。中学三年の終わりにこちらに喚び出されて、八年という月日が、経ったのだ。
思春期というのを通りすぎ、専門学校や大学生の時にひょっとしたら送ることができたかもしれない、きらびやかな時間も過ぎていった。
いや、とひばりは思い出す。
少しだけ、きらびやかな時間が、ひばりにもあった。……四年くらい前までは。
(ヴィック……)
婚約者であるヴィクトルとは、その頃はまだ、仲がよかった。とても楽しくて、心があったかくなって、それから、胸がきゅっとする日々だった。
今思えば、あれは恋だったのだ。
かっこいい王子さまに褒めそやされて、話す時間をともにして、甘酸っぱい恋の時間だった。日々に感謝するべき時間だった。
(なのに……)
どうして、今のようになってしまったのだろう。
ひばりのなかには、寂しさがちらつく。婚約者という立場は変わってないのに、明確に隔てられるようになった関係性を感じると、胸が痛くてたまらない。
(……シェイラさん)
きれいだったな、とひばりは思い出す。星都で久しぶりに見た彼女は、ひとつ下だけど、魅力的で、同時にどこか儚さのある美人になっていた。
「やっぱり、ヒバリさまは、白がお似合いでございますね!」
姿見に映るひばりを、アマリアは褒める。
「発色のいい紅もよく似合っていらっしゃいます。絹みたいな黒髪が生えますね」
絶賛する。
「ありがとう」
ひばりは、自分の聖女としての姿を見ながら、礼を告げる。
──自分には、シェイラほどの美しさはない。
どうしても、そう思ってしまう。
あの時、ひばりの寂しさと、この数年でできた虚ろさは、はっきりと形を描くようになった。虚ろさは、なにか大事なことを忘れているような気もしていて、つきっ、とたまに刺すように記憶を刺激するようにするが、それがなんだったのか、ひばりは思い出せなくなっている。
(わたしは……なにかを失った)
いつどこで失ったのか、覚えていない。ただ、失ったという事実だけが、ぽっかりと穴を空けているのだ。
ひばりは、きゅっと体に力が入る。そうすると、手首の組紐の感覚だけ思い出す。
(もう、これだけ)
ひばりの願い。ヴィクトルとの縁。自分らしさ。
赤と茶。この色合いと結び目だけが、ひばりを支えつづけている。
「行こっか」
「はい。ご同行させていただきます」
ひばりが笑いかけると、アマリアも笑顔で肯いた。
十角の大聖堂に足を踏み入れると、歓声がいつものように起こった。ひばりは楚々とした仕草で笑みを向け、スカートの裾を持ち上げながら壇上に上がる。アマリアが後ろの裾をきれいに見せるように都度都度整えながら、ひばりの陰に隠れる。
壇上には、すでにヴィクトルの姿があった。白い手袋ごしの手が差し出されるので、当たり前に手を添える。
「おはよう、ヒバリ」
「……おはよう、ヴィック」
「今日の調子は?」
「まあまあかな。──ヴィックは?」
「元気だよ」
顔色の悪い顔で、ヴィクトルはそう言う。
(嘘つき)
四年前だったら、臆面もなくそう言ってやっただろう。けれど、ひばりは、そのヴィクトルの疲労がどこから来ているのか知っている。知って、しまっている。彼の担うもの。自分たちが担うもの。
そんな台詞は到底言えない。言う、勇気もなかった。
『ひばりらしくないよ』
親友の声が、耳の奥で聞こえる気がする。
ひばりらしさ、とはなんだっただろうか。
(言えなくてもいい)
ひばりは、ヴィクトルを見上げる。この数年で痩せて、けれどより顔立ちが整って男らしくなった姿を見る。
(この時間だけだもの)
ひばりが、こうしてまともにヴィクトルといられるのは、{祝福}の時間だけだった。
そういう時間が積み重なってしまったのだ。
──あの、■■■■■関係は失われてしまった。
祭礼がはじまる。
{祝福}を求めて、人々が列を成す。
ひばりとヴィクトルは、この大陸にいる人々のために、呪いを退け、霧を払う役者として、笑顔を見せつづけるのだ。
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