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魔法が使えない魔導師と、霧の大陸の教え子たち【6/6完結予定】  作者: 稿 累華
第12章:線上の聖剣使い

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235話:重圧

「あたし、知ってるし、わかってるよ。……ヴィックが、まだ、シェイラさんのこと忘れられてないってこと」



 シェイラとはちがう、無垢な少女。



「──他愛もないのが好きなの」


「あたし、こういう他愛もない日常が好きだったの。他愛もないやり取りを、友だちとか、お父さんとお母さんと、お姉ちゃんとするのが好きだったの」



 憐れな、異界からやってきた娘だった。憎い相手でもあった。シェイラが追い詰められたのは、この娘のせいだと思っていた時期もあった。


(だが、ヒバリもまた……)

 犠牲者なのだ。


 平穏な世界からやってきて、ただ巻き込まれただけの、犠牲者のひとりだった。


(であるのに……)



「なんで……! だって、あたしはそもそも、シェイラさんと同じような立場を望んだわけじゃない! ただ、楽しくて、他愛のない、そういう関係であればよくて……」



 ヒバリの滲んだ目を思い出す。無垢な瞳を。


(私は……)


 どこまでも愚かだ。


 あの時の選択に、悔いはない。けじめは、つけるべきだった。

 だが、それまでにヴィクトルはまちがえつづけた。選び取ることを誤りつづけた。その因果の束が、今のヴィクトルに収束している。


(ラータ……)

 胸元の、腕環(バングル)を転がす。


(ヒバリ……)

 左手の、組紐が疼く。


 ──ヴィクトルはどこで、どういう選択をすればよかったのだろうか。





「──殿下」



 ずきっ、と痛むこめかみに、声が届いた。慎重にまぶたを開く。


「……朝、か」


 霜の溶けた泥のような疲労で眠りについたが、夢見は最悪だった。この一年、常なることであったものの、目覚めが一番きつい。起きてしまえば、なんとかなるが、体がまだ休息を欲している状態で身を起こすのが、一番こたえた。加えて、脈打つような片頭痛が、ヴィクトルを蝕む。


「大変心苦しく思いますが、朝にございます」


「……そうか」

「今日の予定をお伝えしても?」

「……頼む」


 言うと、ヴィクトルの補佐官──グスターは、なでつけたススキ色の髪に、きりっとした水色の目で、眼鏡越しに予定書を読み上げはじめた。

 そのあいだに、侍女たちがやってきて、私室の窓を開けて空気を入れ替える。湯を張った、間もなく持ってこられた(たらい)で顔を洗い、グスターの読み上げを聞き終える頃には、着替えも済まされていた。


「お食事はどうされますか?」

「父上のところで」

「承知いたしました」


 侍女の問いに簡潔に答えると、ヴィクトルはグスターを連れて部屋をあとにした。


 螺旋の昇降階段をくだる後ろには、グスターを先頭に、侍女と護衛官らがヴィクトルの後ろを付き従う。

 城塔を下りた先は本館、その奥に、聖王と聖王妃の居室があり、ヴィクトルはそこに向かう。

 侍女と護衛を下がらせて、王の私室に入れば、そこには、双子の弟たちと妹姫が父を囲っていた。母は、いなかった。


「おはようございます、兄さま!」


「朝のご挨拶を申し上げます、お兄さま」


 唱和する元気な双子に、しとやかに挨拶をする妹は対比的だ。ヴィクトルは笑みを返す。


「ああ、おはよう」


「兄さま、あとで稽古を付けていただくことは可能でしょうか?」

 これは双子の上ダリウス。


「よせ! 兄さまは今死ぬほど忙しいんだぞ」

 もう一人が下のカリウス。


「昼すぎなら……時間を取れる。そこでどうだ? 私も体を動かさないとなまるからな」


「さすが、兄さま!」

「では、僕も!」


 ダリウスとカリウスが目を輝かせるので、ヴィクトルは、算段をつける。ちらっと後ろに控えていたグスターに視線をやると、優秀な補佐官は無言で予定書を書き変える。


「──父上、お加減は?」


「……ヴィクトル、か」


 これだけ騒がしくしていても、寝台に横たわった父の顔貌は思わしくなかった。魔導師オルリアの紅い眼は、白濁しているように見える。この一、二年で父の体調は急激に悪化していた。


「……いつも、どおり……だ」

「ええ」


 話しているうちに朝食が運ばれてくる。


「このような、ありさまで……すまぬ」

「とんでもございません。今日も、ゆっくりとお過ごしください」


 ずきっ、とこめかみが痛む。


 肯くと、すうっと父王は目を閉じた。ヴィクトルは、小さく、ひとつ息を吐く。

 適当に出されたものを口に放り込み、双子といくつか言葉を交わすと、十五分ほどで部屋を出た。次の予定が、待っている。



「──お兄さま!」



 足を進めようとしたところで、妹のメレドが慌てて躍り出るように出てきた。ヴィクトルは翻って、すぐに手を取ってやる。


「……ありがとうございます」


「どうした。お前が、珍しいな」


 この妹は、楚々とした姫で、令嬢たちの模範だ。作法師たちも太鼓判を推す王女で、慌てた姿などこれまで見せたことがない。

 ヴィクトルは、少ししゃがんでメレドに視線を合わせ、話しやすくしてやる。


「どうした?」


「……その、お兄さま。少しお耳に入れたいことがあるのです」

「なにかあったか?」

「……お母さまと、それから……ヒバリさまのことです」


 メレドは視線をさまよわせてから、意を決したように兄を見る。


「母上と……ヒバリ?」


 ヴィクトルの背を、ひやっとするものが流れた。メレドの、同じ色の瞳を覗き込む。


「聞こう」


 ヴィクトルがそう言えば、メレドは耳の近くにきて、事の次第が囁かれる。その話は、ずしんとヴィクトルの腹にくるようなもので、聞き終えた頃には、重たい溜息が出そうになるのを、こらえるしかなかった。

 メレドに礼を言って、次の予定に向かう。


 夢のなかで思ったことが、歩きながら、思い出される。


(私はどこで……)


 どういう選択を、すればよかったのだろうか。


 役に立たない自問が、ヴィクトルの胸の(うち)を暗鬱とさせた。

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