233話:野石に落ちゆく(2)
なんて言えばいいのだろう。
どうしたら、彼は自信を取り戻してくれるだろう。
「年下だとか……気にしてないんです」
これだろうか。
「弟だなんて、まったく……思ってないです」
これもだろうか。
「大きくなりすぎて、困るだなんて……それは見かけ上で、ほんとうは……」
魔法では語れない言葉を、尽くせているだろうか。
「……すごく、頼りに、感謝していて」
このあいだも、そうだ。リヨンは、イディオンがいなければ、助けられなかった。シェイラだけでは、彼女の命を救えなかった。
「あなたが、あまりにも……頼りがいがあって……」
無意識に、涙がこぼれる。
「……魔導師になって、約束を果たしてくれたことも……すごく、うれしかったんです」
「……シェイラ」
「わたしは、絶対に、もう会えないって思ってたんです……。数年で……死んじゃうから」
「…………」
「だから、ずっとその約束を……思い出さないようにしていました。かけがえのない思い出のままにしたかったんです。……なのに、」
シェイラは、ぎゅっとイディオンの左手を握り込む。
顔を、上げる。
「約束を、果たしてくださいました……」
涙のこぼれた顔で、イディオンを見る。
「そんな人を……、どうして、頼らずにいられるでしょうか」
「シェイラ……」
「あなたの成長がうれしくて。誇りで。でも、同時に、自分が情けなくて……」
だから、とシェイラはつづける。
「イディさんを、年下だって言ったんです」
「もう、いいよ」
「年下だって……、あなたを、ばかにして……自分に言いわけしたんです」
「もう、いいんだ」
「……ごめんなさい、イディさん」
ごめんなさい、とシェイラはもう一度繰り返す。
体の奥から嗚咽が生じる。年上だから、とたえてきたものが、反動で全部戻ってきたようで、止められなかった。
「──シェイラ」
そっと、イディオンがしゃがむ音がした。せせらぎのなか、秋の香りのなかに、雪原と針葉樹のにおいが近くなる。
「ありがとう、教えてくれて」
空いたもう一方の手が添えられる。
「あなたの気持ちが知れて、よかった」
シェイラは小さく肯く。
「ぼくも、ごめん」
「……いえ」
「怒りっぽくて、ごめん」
「……そんなことないです」
シェイラは首を振る。
「イディさんは……ずっと、やさしいです」
「……うん、ありがとう」
大きな手が、シェイラの両手をやさしく包む。心地のよい、感覚。
そんな時間が、流れる。
「──もう、平気?」
しばらくして、シェイラがなんとか顔を上げると、イディオンが心配そうに覗き込んだ。今更ながら、恥ずかしさが込み上げてくる。
「……はい」
腰袋から出した手巾で、最後の涙と洟を拭う。しまう時に、気づいた。渡そうと思っていたもの。今日がなんの日だったか。
「あの……」
シェイラは、それを出すと、こすった赤い顔でイディオンを見る。まだ恥ずかしくて、一度合わせてから逸らす。
「──お誕生日、おめでとうございます」
シェイラは言ってから、イディオンの手に、出したものを握らせる。
「たいしたものではないんですが……」
手甲のように、手間のかかったものではない。素材なんて安物だ。これを王子さまに渡すのはどうかと思う。それでも、渡したいものであった。
「あ、ああ……」
受け取ったイディオンは、どこか覚束なかった。
「そうだった」
忘れていたらしい。
「二十歳、おめでとうございます」
「……ありがと」
イディオンは、少し照れたように渡されたものを見る。
──組紐だ。
石を付けてある。縹の、ファル石。
「安いもので作ったので……すみません。お渡ししてよいか、悩んだのですが……」
「いや、もらう」
イディオンは、添えられたシェイラからふんだくるように、組紐を取る。じっくりと組まれた糸目を見はじめる。
しばし、時間があった。
「……これ」
イディオンは、気づいたように口にする。
「四色、入っている?」
「あ、えっと、はい……」
すぐに気づかれると思っていなくて、シェイラは慌てた。わからぬように編み方を工夫したのに、今更ながら、入れた四色に焦りはじめる。
「きれいだね」
イディオンが言う。
「きれいな、色合いだ」
なぜか、ますます焦る。変な汗が、体中に浮かんでくる。
「そ、その……」
だから、余計なことも喋りはじめた。落ち着きたくて。
「実は紐が余って……」
こっそり言わないでおこうと思ったことを話してしまう。
「お揃いで、もう一本……」
「お揃い?」
その一本には、瑠璃色のファル石をつけていた。おずおずと、出す。
「見せて」
イディオンが取る。しげしげと見る。それから、なにを思ったのか、シェイラの右手首を取ると、取ったものを急に結びはじめた。
イディオンの突然の挙動に、シェイラはかたまる。
「あ、あの……」
なにを。
シェイラが言葉を失っているあいだに、イディオンは、紐を結び終えた。それから、片手で器用に、あげたもう一本のほうを、自分の手首に結ぶ。
「よし」
シェイラは、呆気に取られながら、イディオンを見上げる。
「これで、ほんとうにお揃いだ」
イディオンの青年らしい相貌。
うれしそうな屈託のない笑顔。
手首の、揃いの組紐。
認めると、岩間から、わずかに清水が沁み出すような小さな幸福が、秋の陽だまりをやさしく広げるようだった。
「…………」
目尻に、さっきとは異なる、うっすらとしたものが浮かぶ。沁み出した幸福が、あふれたようになる。
「……うん」
シェイラは、くしゃっと笑う。
「──揚げ麦粉焼を食べようか」
イディオンが、シェイラを誘う。
「今日は、福音ノ日だから。仲直りの証に、半分にして食べよう」
「……はい」
──小さな、幸せ。
こんな幸せを、野石を積むように、積み上げたい。
(そうしたら……)
一年半で憂いなく逝ける。置いてきぼりにならずに過ごせる。幸福なまま、死ぬことができる。
(もし、ほんとうに、ずっと、隣にいてくれるのでしたら……)
シェイラは、歩みを合わせてくれるイディオンの横顔を見つめる。照れ隠しをするように、いつもより言葉数の多い縹色を覗く。
揚げ麦粉焼を食べたら、乾酪の乗った薄焼きを食べよう。約束だから。蜂蜜をたっぷりとかけたら、きっとおいしいよ。それから、ルーマンには珍しい魔導具の工房もあって、シェイラがさがしていた鍋敷きが……
(……この人と)
柳弦の音が、心地よく聞こえる。
シェイラに、笑いかける。
──イディオンと、積み上げたい。
シェイラは、初秋の落ちゆく葉に、そう思った。
(第11章:狙われる娘──了──)
【11章登場人物】
リヨン・ペリメル
ルーマン県ツェット市の魔法学園中等部を卒業し、ルーマン高等魔術学院に入学。闇の魔術師の家系。
ターニャ師
セレリウスの元担任で。大地の魔術師。
レーネ・ブロンニ
リヨンの親友
セアス・キーベ
リヨンの同級生。眼鏡の学環長。貴族で、〈霧詠み〉の一族。
マーロ・スパン
〈気高き魔女の騎士団〉の上級騎士。隻眼。戦斧を触媒に大地の魔術を使うが、戦斧そのものを扱う力量が高い。
イダ
〈気高き魔女の騎士団〉の上級騎士。ぶっきらぼうな霧使いの女。
メリル
〈気高き魔女の騎士団〉の上級騎士。〈幼子症〉。団員たちの長外套を作る役目を担う。




