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魔法が使えない魔導師と、霧の大陸の教え子たち【6/6完結予定】  作者: 稿 累華
第11章:狙われる娘

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233話:野石に落ちゆく(2)

 なんて言えばいいのだろう。

 どうしたら、彼は自信を取り戻してくれるだろう。


「年下だとか……気にしてないんです」

 これだろうか。


「弟だなんて、まったく……思ってないです」

 これもだろうか。


「大きくなりすぎて、困るだなんて……それは見かけ上で、ほんとうは……」


 魔法では語れない言葉を、尽くせているだろうか。


「……すごく、頼りに、感謝していて」


 このあいだも、そうだ。リヨンは、イディオンがいなければ、助けられなかった。シェイラだけでは、彼女の命を救えなかった。


「あなたが、あまりにも……頼りがいがあって……」


 無意識に、涙がこぼれる。


「……魔導師になって、約束を果たしてくれたことも……すごく、うれしかったんです」


「……シェイラ」


「わたしは、絶対に、もう会えないって思ってたんです……。数年で……死んじゃうから」


「…………」


「だから、ずっとその約束を……思い出さないようにしていました。かけがえのない思い出のままにしたかったんです。……なのに、」


 シェイラは、ぎゅっとイディオンの左手を握り込む。

 顔を、上げる。


「約束を、果たしてくださいました……」


 涙のこぼれた顔で、イディオンを見る。


「そんな人を……、どうして、頼らずにいられるでしょうか」


「シェイラ……」


「あなたの成長がうれしくて。誇りで。でも、同時に、自分が情けなくて……」


 だから、とシェイラはつづける。


「イディさんを、年下だって言ったんです」


「もう、いいよ」

「年下だって……、あなたを、ばかにして……自分に言いわけしたんです」

「もう、いいんだ」

「……ごめんなさい、イディさん」


 ごめんなさい、とシェイラはもう一度繰り返す。

 体の奥から嗚咽が生じる。年上だから、とたえてきたものが、反動で全部戻ってきたようで、止められなかった。



「──シェイラ」



 そっと、イディオンがしゃがむ音がした。せせらぎのなか、秋の香りのなかに、雪原と針葉樹のにおいが近くなる。


「ありがとう、教えてくれて」


 空いたもう一方の手が添えられる。


「あなたの気持ちが知れて、よかった」


 シェイラは小さく肯く。


「ぼくも、ごめん」

「……いえ」

「怒りっぽくて、ごめん」

「……そんなことないです」


 シェイラは首を振る。


「イディさんは……ずっと、やさしいです」

「……うん、ありがとう」


 大きな手が、シェイラの両手をやさしく包む。心地のよい、感覚。

 そんな時間が、流れる。



「──もう、平気?」



 しばらくして、シェイラがなんとか顔を上げると、イディオンが心配そうに覗き込んだ。今更ながら、恥ずかしさが込み上げてくる。


「……はい」


 腰袋から出した手巾で、最後の涙と洟を拭う。しまう時に、気づいた。渡そうと思っていたもの。今日がなんの日だったか。


「あの……」


 シェイラは、それを出すと、こすった赤い顔でイディオンを見る。まだ恥ずかしくて、一度合わせてから逸らす。



「──お誕生日、おめでとうございます」



 シェイラは言ってから、イディオンの手に、出したものを握らせる。


「たいしたものではないんですが……」


 手甲のように、手間のかかったものではない。素材なんて安物だ。これを王子さまに渡すのはどうかと思う。それでも、渡したいものであった。


「あ、ああ……」


 受け取ったイディオンは、どこか覚束なかった。


「そうだった」


 忘れていたらしい。


「二十歳、おめでとうございます」

「……ありがと」


 イディオンは、少し照れたように渡されたものを見る。


 ──組紐だ。


 石を付けてある。縹の、ファル石。


「安いもので作ったので……すみません。お渡ししてよいか、悩んだのですが……」

「いや、もらう」


 イディオンは、添えられたシェイラからふんだくるように、組紐を取る。じっくりと組まれた糸目を見はじめる。

 しばし、時間があった。


「……これ」


 イディオンは、気づいたように口にする。


「四色、入っている?」

「あ、えっと、はい……」


 すぐに気づかれると思っていなくて、シェイラは慌てた。わからぬように編み方を工夫したのに、今更ながら、入れた四色に焦りはじめる。


「きれいだね」


 イディオンが言う。


「きれいな、色合いだ」


 なぜか、ますます焦る。変な汗が、体中に浮かんでくる。


「そ、その……」


 だから、余計なことも喋りはじめた。落ち着きたくて。


「実は紐が余って……」


 こっそり言わないでおこうと思ったことを話してしまう。


「お揃いで、もう一本……」

「お揃い?」


 その一本には、瑠璃色のファル石をつけていた。おずおずと、出す。


「見せて」


 イディオンが取る。しげしげと見る。それから、なにを思ったのか、シェイラの右手首を取ると、取ったものを急に結びはじめた。

 イディオンの突然の挙動に、シェイラはかたまる。


「あ、あの……」

 なにを。


 シェイラが言葉を失っているあいだに、イディオンは、紐を結び終えた。それから、片手で器用に、あげたもう一本のほうを、自分の手首に結ぶ。


「よし」


 シェイラは、呆気に取られながら、イディオンを見上げる。



「これで、ほんとうにお揃いだ」



 イディオンの青年らしい相貌。

 うれしそうな屈託のない笑顔。

 手首の、揃いの組紐。


 認めると、岩間から、わずかに清水が沁み出すような小さな幸福が、秋の陽だまりをやさしく広げるようだった。


「…………」


 目尻に、さっきとは異なる、うっすらとしたものが浮かぶ。沁み出した幸福が、あふれたようになる。


「……うん」


 シェイラは、くしゃっと笑う。



「──揚げ麦粉焼(パン)を食べようか」



 イディオンが、シェイラを誘う。


「今日は、福音ノ日だから。仲直りの証に、半分にして食べよう」


「……はい」



 ──小さな、幸せ。



 こんな幸せを、野石を積むように、積み上げたい。


(そうしたら……)


 一年半で憂いなく逝ける。置いてきぼりにならずに過ごせる。幸福なまま、死ぬことができる。


(もし、ほんとうに、ずっと、隣にいてくれるのでしたら……)


 シェイラは、歩みを合わせてくれるイディオンの横顔を見つめる。照れ隠しをするように、いつもより言葉数の多い縹色を覗く。



 揚げ麦粉焼を食べたら、乾酪(チーズ)の乗った薄焼き(ピザ)を食べよう。約束だから。蜂蜜をたっぷりとかけたら、きっとおいしいよ。それから、ルーマンには珍しい魔導具の工房もあって、シェイラがさがしていた鍋敷き(トリベット)が……



(……この人と)


 柳弦(リュート)の音が、心地よく聞こえる。

 シェイラに、笑いかける。



 ──イディオンと、積み上げたい。


 シェイラは、初秋の落ちゆく葉に、そう思った。






(第11章:狙われる娘──了──)





 

【11章登場人物】

リヨン・ペリメル

 ルーマン県ツェット市の魔法学園中等部を卒業し、ルーマン高等魔術学院に入学。闇の魔術師の家系。


ターニャ師

 セレリウスの元担任で。大地の魔術師。


レーネ・ブロンニ

 リヨンの親友


セアス・キーベ

 リヨンの同級生。眼鏡の学環長。貴族で、〈霧詠み〉の一族。


マーロ・スパン

 〈気高き魔女の騎士団〉の上級騎士。隻眼。戦斧を触媒に大地の魔術を使うが、戦斧そのものを扱う力量が高い。


イダ

 〈気高き魔女の騎士団〉の上級騎士。ぶっきらぼうな霧使いの女。


メリル

 〈気高き魔女の騎士団〉の上級騎士。〈幼子症〉。団員たちの長外套を作る役目を担う。

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