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魔法が使えない魔導師と、霧の大陸の教え子たち【6/6完結予定】  作者: 稿 累華
第11章:狙われる娘

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232/258

232話:野石に落ちゆく(1)

 オルトヴィアの月(くがつ)、第五の福音ノ日。


 その日の朝、シェイラは起きると、格子窓を上げて日課の瞑想をはじめようとした。初秋のすうっと清涼な空気が入り込んでくる。瞑想にちょうどよい気候だったのにも関わらず、いつもと比べて散逸だった。


(今日はそういう日)


 シェイラはそう思って、瞑想を終える。瞑想の残滓は振り払ったものの、そわそわする体は落ち着きがない。そのまま、卓にある小箱の蓋を開ける。自鳴琴(オルゴール)の箱。モルリオールで買った紫苑ザクラの箱からは、『エレ川の舞姫』が流れる。


 シェイラは、天鵞絨(ビロード)の張られた内側から、そっと石をつまみあげた。

 青銀石が、朝陽を浴びて、きらきらと輝く。遊色の美しさは、いつもシェイラを陶然とさせる。紐を首に巻き付けて鎖骨のあいだに調整すると、シェイラは姿見を見た。


 しばらく悩んで、いつもの黒い長裙衣(ワンピース)に着替え、耳飾りと指輪も付ける。なにも味気がない、いつもの、シェイラだ。

 それでも、よし、と意気込む。

 部屋から出て、斜向(はすむ)かいの戸を叩く。この街に来て、シェイラから訪れるのは、はじめてだった。なかから身動きする音。長靴(ちょうか)が木床を踏む音。扉が開くまで、どきどきとした鼓動を持て余す。


「──はい」


 内側に開かれた戸から、イディオンの姿が視界の隅に入ると、シェイラは一気に喋った。


「おはようございます、イディさん。よく、眠れましたか? あの、今日はとてもいい青空で……、なにもなければ、いえ、たぶんないと思うのですが、よろしければ、お話をしたくて……その、このあと、お時間をもらってもいいでしょうか」


 途中で言葉を何度もつっかえてしまったけど、言いたいことは伝わったはず。

 シェイラは、ふうっと息を吐き出して、やっとその姿を見上げた。


 髪を下ろした姿だった。長外套(ローブ)を羽織ってない、黒のゆったりとした襯衣(シャツ)のような上衣(うわぎ)。今さっきまで、その姿で寝ていたのであろう。薄い衣で、いつもは見えない、男らしい首元が目に入った。


 シェイラは、硬直する。


 イディオンは、まくし立てたシェイラに呆気に取られた様子で、数秒してから返事があった。


「……うん、わかった。少ししたら、下に行くから待っていて」


 こくり、と肯く。扉が閉められる。

 シェイラは、ぼうっと部屋に戻った。戻ってから、なんのためにイディオンに声をかけたのか思い出す。蓋付き書き物机のなかから閉まっておいたものを取り出すと、いつもの腰袋にしまった。


 最後に、椅子にかけてあったいつもの長外套を取ろうとして、──やめる。


(今日は……)


 自分をさらけ出す日。守ってもらうのは、ちがう。

 シェイラは決心して、扉を出る。心許なかったけれど、強い気持ちがシェイラのなかにはあった。







 宿を出た往来には、行き交う人々があふれていた。活気づくルーマンの街並みでは、大通りにラケロス(大サイ)の幌車や、馬車が行き交う。子どもたちはすでに学園や学院に登校をすませたあとの時間だったから、赤子や就学していない幼い子どもしか見当たらなかった。


 シェイラとイディオンは、そんななかを無言で歩く。シェイラが先頭で、イディオンは後ろ。


 どこともない場所を目指す。大きな煉瓦製造所を通り過ぎると、比較的穏やかな街並みが姿を現す。一階か二階の、色褪せて年季の入った赤煉瓦の家々が目に入る。壁には蔦が這い、ところどころブナや(にれ)の木々が植林されている。中央を水路が流れ、静かな水の音がした。


 人通りが少ない、閑静な場所だった。

 シェイラは、水路を見下ろせる、苔むした橋の中央で足を止める。



「──あの、」



 声が、上ずった。涼しい空気が、シェイラの緊張を冷ましてくれることを祈る。


「わたし……」


 道中、ずっと考えていた。どう言うか。なんて言おうか。道中だけではない。ずっと、この一ヶ月、シェイラは切り出す言葉をさがしていた。けれど、本人を目にすると、いっぱい考えていた言葉がなにひとつ出てこなかった。


 滲みそうになるものを、たえる。

 それから、一番単純な言葉を選び取った。



「……ごめんなさい」



 言った。やっと、口にできた。


「ごめんなさい……イディさん」


 顔を上げる。イディオンを見上げる。縹色を覗き込む。


「あなたを、傷つけて……ごめんなさい」


 言い終えて、下唇を噛む。目尻に浮かんだものを、たえきる。

 数秒、間があった。許してもらえないかもしれない。もしイディオンがシェイラの謝罪を受け容れてくれなかったら……、とこわい想像をしかけた。


 ぎゅっと、目をつむる。



「──……ぼくこそ」



 上から、声が振ってくる。



「……ぼくこそ、ごめん。シェイラ」



 イディオンの声は、シェイラが思うよりも、ずっと落ち込んでいた。自らを責めている声だった。


「怒って……怒りすぎて、ごめん……」


 昔の、自信のない彼が垣間見える。


「泣かせて……、ごめん」

「ちがいます!」


 シェイラは、ぱっと顔を上げた。


「イディさんは、悪くないんです。わたしが……」


 落ち込まないで。自分を、責めないで。


(笑ってください)


 シェイラは、ずっと、そう願っている。

 手甲のはまった、イディオンの左手を取る。


「わたしが、言葉が足らなくて……言いわけばかりをしていたんです」


 シェイラは、その手を祈るように両手で招き寄せる。

 伝わってほしい。


「わたし……ほんとうは……」


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