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魔法が使えない魔導師と、霧の大陸の教え子たち【6/6完結予定】  作者: 稿 累華
第11章:狙われる娘

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227話:〈霧詠み〉

 セアスは、いやいやながらも、メアナとかいう庭師の植え替えを手伝った。爪に土が入る。砂が入る。さっきはミミズも出てきたし、ダンゴムシもヤスデもいた。あまりにも気持ち悪い。


(こんなこと〈霧詠み〉になったら、絶対するもんか)


 内心で悪態をつく。


 リヨンに()()()()いるかもしれないが、べつにかまわなかった。学園時代から一緒なのだから、今更取り繕う必要なんてない。

 セアスは、貴族だ。〈霧詠み〉のキーベ一族。母は、現在宮殿に仕えている筆頭の〈霧詠み〉で、対蟲院(たいちゅういん)に所属する。


 〈霧詠み〉は古く、観天望気(かんてんぼうき)に遡る。気象を予報し、祭りを行う日取りや農作物の収穫を予想し、古代の国々を支えてきた。祖を辿れば、〈星詠み〉にも通じ、祭祀祭礼や占術を基として、国を発展させる要だった。

 だが、魔導大戦の終末期に〈魔導霧〉が立ち込めるようになった頃から、より気象と霧を詠むことに長け、襲来する蟲を予想する者たちが現れた。──〈霧詠み〉のはじまりだ。


 キーベ一族は、そう言った古い時代からの〈霧詠み〉で、ガルバディアの貴族列席も高い地位にある。本来であれば、植え替えを行うような身分ではないのだ。


(まあいいけど)


 こういった経験ができるのも、学徒であるあいだだけだ。王宮に上がるようになったら貴重な体験として、記憶に残るにちがいない。


 せっせと植え替えを進めていると、ふとあまいにおいがした。よく言われるのは、たまごが腐って蜂蜜をかけたようなにおい。──霧のにおいだ。

 セアスはびくっとして、ちらっと放り出した鞄に下げてある天気管(ストームグラス)を確認する。


(特に液体に変化はない)


 ならば、霧ではない。

 怪訝を覚えていると、セアスは顔を上げてすぐに理解に至る。



「──ペリメルさん、ちょっといいですか?」



 ルーマン高等魔術学院の庶務員──イダ・ロータだ。

 その女からはいつも、霧のにおいがする。


(僕だけかもしれないが)


 肌や布に染み付いたにおい、というのだろうか。霧を詠んで知り、時には{霧除け}を行う〈霧詠み〉だからこそ、あらゆるものにあまいにおいが染み込んでいる。

 生活に霧があるからこそのにおいを、このイダ・ロータという庶務員は身にまとっていた。


(ロータ家)


 セアスは聞いたことがない。ガルバディアではないべつの国の〈霧詠み〉なのかもしれない。


(ただ、この女は……)


 真っ当に〈霧詠み〉ができる人間ではないのだろう。でなければ、魔術学院の庶務員、などという凡庸な職務に甘んじているはずがない。

 それに、セアスはこの女から〈導脈〉の魔力を感じなかった。〈霧詠み〉には繊細な詠みが求められるから、〈導脈〉を使う。その魔力の気配を、セアスはこの女から感じられなかった。だが、霧のにおいだけは染み付いている。


 変な人間だ、とセアスは思っていた。その女から、リヨンが話しかけられている。


「……わかりました。行きます」


 イダから、耳元でなにかの伝言を受け取ったリヨンは、顔をしかめていた。{感応}する彼女の声が、セアスの耳に流れ込んでくる。


《お母さまが来てるみたい》

《面会?》

《そうみたい。ちょっと行ってくる》

《ひとりで大丈夫?》


 セアスはちらっとイダを見る。リヨンとふたりだけにさせて大丈夫だろうか。


《大丈夫だよ。ロータさん、いい人だし》

《悪い人間は見た目じゃわかんないって》


 セアスは、イダが少し胡散臭い。てきぱきと動く姿も感じのよい笑みも、作られている気がする。


《大丈夫。なにかあっても、シェイラ師が守ってくれるもん》

《……まあ、そうだけど》


 注意するに越したことはない。


《すぐ帰ってくるから》

《わかった。僕はここで待ってる》


 土いじりなんてまだつづけたくなかったが、リヨンの無事な姿を見るまではここにいるに越したことはない。仕方ないから{通信}で爺やをもう少し待たせておこうと思う。

 そうやって、手を振るリヨンに溜息をつきながら、セアスは、庭師の手伝いを再開する。



「──あれ、リヨンは?!」



 十五分ほど経過しただろうか。姿を表したのは長外套を脱いで、私服姿になったレーネだった。

 新商品の開発で寮に帰宅したのではなかったか。


「ん? ロータ庶務員と、面会に来た母親に会いに行った」

「ええーっ!」


 レーネが素っ頓狂な声を出す。


「面会に来るわけないじゃんっ! だって、リヨンのお母さん、謹慎中でしょ!」

「え、そうだっけ?」


 セアスは首をかしげる。

 ペリメル家当主の長女エヨン・ペリメルが第二王子{守護}の任を解かれたというのは、王宮に仕える人間だったら、だれもが知る有名な話だった。だが、仔細な処罰の中身をセアスが知るわけない。


「そうだよ! リヨンから聞いたしっ」

「でも、リヨンがさっきそう言って──」



「──リヨン・ペリメルはどこだ!!」



 セアスの返答にかぶさるように、{転移}してきた銀髪の男が、上空から光る粉をまとって着地する。


 {転移}は上級魔術だ。魔力消費量が多いこの魔法を日常的に使う人間はほとんどいない。近場なら、{移動}を使うなり歩けばいい。

 学院内にいたこの男が、{転移}を自在に使っているのをセアスは何度か目にしたが、それだけですさまじい実力者であることがわかる。

 セアスなんかは、使っただけで魔力が枯渇する気しかない。


 眼鏡の位置を直しながら、セアスは男に答える。


「今ちょうど話していましたが、十五分ほど前にロータ庶務員と──」



「──リヨンさんはっ?!」



 今度は、シェイラ師だった。

 ターニャ師とともに、これまた{転移}で出現する。師は、切迫を浮かべていた。


「だから、ちょうど今、話してたところで。ロータ庶務員とともに面会へ。そもそも、シェイラ師たちは危険が近づいたらわかると──」


「気配が感知できない」


 セアスの言葉を、銀髪の、イディオンという名の魔導師が遮る。

 シェイラ師が言葉を受けて、セアスに問う。


「どちらに行かれましたか?」

「あっちですよ」


 セアスは、敷地内にある廃教会のほうを指す。

 そういえば、面会に行ったのに向こうに行くなんて変だった。生け垣を抜けて、階段をのぼった先には、古い時代に建てられた廃教会しか残っていないのだ。


「あっち……?」


 シェイラ師が怪訝な顔をする。振り向いて、なにを言っているんだと言った表情だった。


「だから、向こうですよ。階段をのぼった先の──」


「シェイラ師、まさか見えていないんですか?」


 セアスにかぶせるのは、担任のターニャ師だ。


「奥の方にある建物見えませんか?」

「奥のほう?」

「聖教会です。古びて、もう使うことはないんですが、歴史建築として残っていて……」


 ターニャ師の説明に、シェイラ師は、さあっと青ざめた。

 イディオン師のほうを振り仰ぐ。


「イディさんは、見えますか?」

「ぼくにも見えない」

「魔法……」


 シェイラ師は絶句したように言葉を失う。


「あっちにリヨンがいるってこと? じゃあ、見えるあたしたちが行けばいいんじゃない? 見えなくても、さわれるかもしれないし」


「危険だ」


 イディオンが断言した。


「ぼくたち魔導師の目だけを誤魔化す、なにかしらの魔法。誤魔化されてない君たちは、そもそも脅威と認識されていない可能性が高い。君たちが行くのは得策ではない」


「じゃあ──」


「シェイラ、{捜索}は?」


 声をあげたレーネを制するように、イディオンの問いが立てられる。


「効きません」

「{看破}は?」

「同じくです」


 場が、しーんとする。

 気づけば庭師は、庭園のべつの場所に移動して、作業をしていた。増えた人間の数にうんざりしているようだった。


「どうすれば……」


 ターニャ師の動揺が吐露される。



「──シェイラ、表象を」



 蒼白なシェイラ師に、イディオン導師が言う。


「表象……」

「思い浮かべてくれ。リヨン・ペリメルを見つける魔法だ。この見えない魔法を見えるようにする魔法を、表象してくれ」

「思い浮かべる……」


 シェイラ師が当惑したように揺らしていた瞳を、はっとさせる。


「ぼくも考える」


 なにを言っているのか、セアスたちには、わからない。だが、魔導師ふたりには通じ合うなにかなのだということがわかった。



「──大丈夫だ。絶対に間に合う。見つけられる」



 イディオンのその言葉は、不思議とこの場にいる全員を安心させる響きを持っていた。



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