226話:年上の言い訳
「わたしが、ですか……?」
シェイラは目を見開く。表情も、感情も、あの頃から俯瞰できるようになっていたはずなのに、そんな顔をしていたのだろうか。
「ふつうの人だったら気づいたかわかりませんが、私はほら……」
ターニャ師は悪戯っぽく笑う。
「空気を読みすぎてしまうところがありましたから。だから、シェイラ師の表情をそう読み取ったのかもしれません」
「……わかりません」
シェイラは、ぽつっと返す。準師という仮面を忘れて、食を囲う、ただのシェイラが覗く。
「わたしは、自分が寂しさを感じているのか、わかりません……」
シェイラの返答に、ターニャは橙色の目を瞠った。
それから、やはり姉のような空気で言葉が発せられる。少しだけ、笑っている声だった。
「でも、シェイラ師、あの時より、さっきのほうがよっぽど寂しそうな顔をしてましたよ?」
「え?」
「イディオン導師と別れる間際。ものすごく寂しそうでした」
ターニャの指摘に、シェイラは、言葉を忘れる。
「お付き合い、しているんですか? なんだか喧嘩されていたみたいですけど」
「い、いえ、そ、そんな……」
シェイラは、動揺した。
ターニャのにやっとした、ちょっと含みのある笑みに、余計に動揺が大きくなった。
「そんなんじゃ、ないです」
否定する。
いつもそうだ。フェノアに言われた時も、すぐにちがうと言ってきた。
だって、ちがうのだ。自分とイディオンは、そんな関係ではないのだ。
──そんな、移ろってしまう関係ではない。
「か、彼は……」
なぜだか、耳に熱が集まってきた。首筋に掻痒感も覚える。うろたえる。
「わたしの……わたしにとって……」
(特別な子)
いや、ちがう。もう、子どもではない。それはイディオンに失礼だ。
──助手。
モルリオールではそう言った。助手。それがちょうどよいと思った。
(でも……)
助手とも言えない。対等だ。シェイラとイディオンは対等だ。ふたりできちんと調査をした。ヤルチェを助けた。フィシェーユでは三王からの協力も得られた。それはイディオンがいてくれたからだ。助手なんて、彼に失礼なのだ。
さんざん悩んだ結果、シェイラはイディオンとの関係をなんと言ったらよいのか、わからなかった。わからなくなった。
(お付き合い……)
もう一度、その言葉が浮かび上がる。首を振る。断じてちがう、という言葉が出てきた。
「年下ですし……」
「年下?」
シェイラはぽつりと言う。言ったと同時に、しまった、と思った。
対等だと思ったそばから、年齢による差別をしてしまった。シェイラのなかで、罪悪感と後悔がもたげる。
「シェイラ師、そんなことを気にしてたんですか?」
呆気に取られたのは、ターニャのほうだった。ぽかんとしてから、たえきれなくなったように笑い出す。
「年齢なんて関係ないですよ!」
「え、あの、ちがくて……」
なにか、勘ちがいされている気がする。シェイラの顔は赤くなる。{修復}が効いていない。さっきから効果が出ていない。だから、こんなに赤くなったりするのだ。
「だって、私の夫になる人も年下ですし」
「ええっ?」
シェイラはそれを聞いてびっくりした。目をぱちぱちとさせる。
「同期なんですけど、彼優秀で、飛び級をしてきたから、年下なんです」
「そ、そうなんですか」
「シェイラ師も飛び級されたんですよね? だから、それと同じです」
「…………」
「でも、同期で、一緒で、同じ目線で、隣にいてくれます。そうしたらもう、年下なんか関係ないですよね?」
ターニャの声が、すっとシェイラの洞に入ってくる。
「そうやって、言いわけしたいんですよね。年下に負けてられるかって。そうしないと、頼りすぎちゃいそうで」
「…………」
「ほんとうは全然そんなふうに思っていないのに、年齢ってつい言いわけしやすいですから」
ターニャはつづける。
「シェイラ師の気持ち、とてもわかりますよ。私も、大学府にいる時はそんな感じでしたから」
一緒です、と笑う言葉が、沁みるように入り込んでくる。
シェイラは、ふっとつかえが取れるような心地がした。
言おう言おうと思っていた言葉が大きかったのではなく、通ろうとしていた隧道のほうが狭かったのだ。ゆっくりと広がっていく気がする。
「……そう、なのでしょうか」
「そうですよ!」
「言いわけに……してただけでしょうか」
「そうです、絶対そう!」
ターニャは言い切る。
「……謝ったら許してもらえるでしょうか」
だんっ、と音がした。ターニャが麦酒を勢いよく呑んで、杯を置いた卓が揺れる。
「大丈夫です! 許してもらえます!」
ターニャは断言する。それから、ふにゃりと、またお姉さんのように笑った。
「シェイラ師、そんなかわいいところあったんですね」
シェイラはきょとんとする。
「おとなびて、なんでも知っているからすごい人だと思ってたんですが、ちゃんと女の子だったなんて」
「……どういうことです?」
シェイラが首をかしげて聞こうとしたところで、揺れる耳飾りに反応があった。瑠璃の耳飾りに、辿り着く魔術の気配を感じる。音を、拾う。
──イディオンからの、{通信}だ。
《ごめん、シェイラ。──緊急だ》
「どうしましたか?」
瞬間で、頭が切り替わる。
《リヨン・ペリメルの気配が消えた》
「え?」
《忽然と消えた》




