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魔法が使えない魔導師と、霧の大陸の教え子たち【6/6完結予定】  作者: 稿 累華
第11章:狙われる娘

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224話:イダ

 イダは、慎重だ。〈気高き魔女の騎士団〉の幹部たちのなかで、一番の慎重派だと自負する。

 慎重さには、不安からくるものと、明晰さからくるものがあると思う。イダは、後者。頭がよいというわけではない。知り得たものを見据えると見えてくる(ほころ)びがある。その綻びは、(あだ)につながる。


 無駄なことはしたくない。


 それが、イダの心情だった。だから、慎重になる。

 ルーマンの学院に、魔導師が訪れていると聞いて、イダは今、より慎重に事を運んでいた。

 イダは、団長に期待されている。これまで仕損じたことがない。その経歴から、今回、重大な務めを任されていた。


 ──{感応}という魔術の奪取。


 リヨン・ペリメルという少女にしか用いることができない魔術。

 その魔術は、〈朧竜(ろうりゅう)〉召喚に必要な触媒であり、代償である十二の供物のひとつだった。



「なぜ、{感応}でなければいけないのですか」



 イダは、団長に尋ねた。

 べつに特別な魔法はいっぱいある。かわいそうな子どもたちの魔法は、この歪んだ世にあふれ返っている。{感応}である必要はないからだ。


 ヘライン団長は、その問いにうっそりと応えた。


「いい質問だね」


 青炎を帯びる茫漠の大地ノザリアンナ。


 その地に残された遺跡に、〈騎士団〉の拠点はあった。転移陣が附された拠点には、各地に散らばった騎士たちの集会に用いられる。

 吹き荒ぶ風は、遺跡の外で音を鳴らしていた。人気のない場所だから、より風音が身を蝕むように聞こえる。


「その魔法が、かわいそうで哀れな状況を超克し得た力だからだよ」


 ヘラインは、やさしげに笑う。真鍮でできた自らの左手を見る。


「……超克し得た、とは?」


 イダは無駄な会話は望まない。たとえ、団長であったとしても。


「自らの意志で逆境を乗り越えた。そうせざるを得なかった。特別かわいそうということだよ」

「…………」

「そういう子はね、努力さえすれば、自らの力を振り絞れば、たとえどんな状況であっても覆せる、という滅んだはずの神話を生むんだ」


 ヘラインは優美な笑みを浮かべながら、見えないアリを親指と人差し指で潰すように語る。


「君と似たようにね、イダ?」

「…………」

「そういう神話はいらないんだ。まやかしなんだ。神話はまた、べつのかわいそうで哀れな子を生んでしまう。だから、黎明の世のための供物となってもらうしかない」


「……承知しました」


 イダは、踵を返す。転移陣へと向かう。


「期待してるよ」


 後背(こうはい)に、団長のおだやかな声を感じた。

 イダは、思い出した記憶とともに、踏み出す。



(おっしゃるとおりです、団長)



 自分のような人間は、もういないほうがいい。

 イダのように、〈導脈〉という魔法の力がなくても、〈霧詠み〉として、霧使いの才覚を発揮した人間などいないほうがいいのだ。



「お前は天才だったのね、イダ」



 父と母の、優越と劣等の粘性が混ざりきっていない声を思い出す。


 ──さすが私の/僕の娘だ。


 その言葉は、こちらを褒めているようで、自らを賛えているのがわからないのか。


 ──ちゃんと、わたしを見てよ。


 わたしの努力を無駄にしないで。


(ああ、だから……)


 救ってやるのだ。イダが。



「──ペリメルさん、ちょっといいですか?」



 リヨンが振り向く。翡翠がまたたく。

 この哀れな娘が、毒に侵されぬようにイダが救って、そうして黎明の世につなげてやるのだ。



〜*〜



 庭師のメアナからリヨンが声をかけられたのは、学舎から学寮へと戻る道のりのことだった。隣には、レーネと、歩きながら本を読むセアスがいた。


「ちょっと手伝ってほしくて」


 メアナは土に汚れた顔で言う。汗が伝って、一本、土汚れの頬を流していた。

 夕方は初秋の空気を少し感じられるようになったけれど、まだ暑さはある。力仕事の多い庭仕事ばかりだと大変だろう。

 リヨンはすぐに返事をした。


「いいですよ」

「えー、リヨン!」


 レーネが抗議する。


「ミナたちが待ってるよ!」

「少し手伝ったら戻るから」


 談話室で、レーネの新製品の試作会をやるはずだったのだ。

 しゃがむリヨンに、レーネが頬を膨らます。


「じゃあ、先に戻ってる!」

「──しょうがない。僕も手伝うか」


 ぱたん、と読んでいた魔導書を閉じたセアスは、そこらに鞄とともに放る。


「いいの……?」


 リヨンが顔を上げると、開かれたセアスの心が{感応}して流れ込んでくる。


《気をつけなきゃいけないからね。リヨンをひとりにできない》

《でも、こういうのセアスは好きじゃないよね?》


 セアスは、潔癖症のきらいがあって汚れることを好まない。


《だから、しょうがないだよ。文句はレーネに言っとく。あいつは、新商品のことになると頭がばかになる》


 そう答えながら、セアスはリヨンの横にしゃがむ。

 この学環長は職務(まっと)う方なのだ。


「ありがとう」


 リヨンが礼を言うと、セアスはこくんと肯く。{通信}で、待たせている馭者(ぎょしゃ)に遅くなる旨を告げた。

 人見知りのありそうなメアナは一瞬いやそうな顔をしたが、まだ終わってない苗のことを思い出すと、リヨンとセアスに植え替えを手伝ってほしいと依頼を口にした。


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