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魔法が使えない魔導師と、霧の大陸の教え子たち【6/6完結予定】  作者: 稿 累華
第11章:狙われる娘

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221話:娘の立ち位置

 リヨンを学院に送る道すがら、シェイラはイディオンがリヨンの外出を許可した理由を聞いた。


「母から来た手紙の返事で便箋を買おうと思いまして……」


 買うなら門限間際でなくてもよかっただろう。なにか、遅くなった理由があったのだろうか。

 シェイラは聞こうとしたが、リヨンの表情は語ろうとしなかった。石畳をこつこつと進む音がする。


「うろうろしていたら、銀髪の魔導師の方が声をかけてくれたんです」


 ともに行こう、と。


「…………」


 やさしいイディオンらしかった。


「それで許可してもらって、外に出ました」

「……帰りは一緒にいてもらえなかったんですか?」


 イディオンの性格から考えると、送り届けろうとするだろう。


「あの、わたしが……」

 おずおずと、リヨンは言う。


「特に危ない気配はないのと、いざという時には感知する魔法がかかっているとおっしゃっていたので、帰ってくださいって言ったんです。その……」


《シェイラ師のことで思い悩んでそうだったから》


 頭のなかに、リヨンの考えていることが流れてきて、シェイラは驚いた。

 リヨンのほうもびっくりしたようで、シェイラを見る。


「ご、ごめんなさい! わたしの魔法……{感応}というもので、わたしの思ってることや、人の思っていることが伝わってしまうんです。たまに不安定で……っ」


「それは大丈夫なんですが……」


 イディオンが思い悩んでいたのだろうか。


「すみません、シェイラ師の考えていたことは伝わってないです……」

「大丈夫です。そんなことは疑ってないです」

「……ありがとうございます」


 リヨンはさらっと黒髪を肩から流して頭を下げる。


「わたしの……助手が悩んでいましたか?」


 気になったことを尋ねる。


「はい……」


 リヨンは肯いたが、それ以上はなにも言ってこなかった。覗いてしまった人の心意を勝手に他者にもらすのはよくないと思っているのかもしれない。


(そうですね……)


 イディオンがなにかを悩んでいたのであれば、人づてではなく、直接聞かなければならない。

 きっとリヨンに促されて、さっきシェイラの部屋に来たのだろう。なぜか怒らせてしまったが、やはり直接聞きたかった。



「……リヨンさんは、なにを悩んでいらっしゃったんですか?」



 頭を切り替える。門限が遅くなった理由に、一歩、踏み入ってみる。

 リヨンのほうは、シェイラを一瞥すると、幾分か迷ったように唇が開いたり閉じたりした。まもなくして、そっと開かれる。


「母のことで……」

「はい」

「母に手紙の返事をするか、悩んでいたんです」


「返事を悩む?」


 リヨンは、こくりと肯く。


「ほんとうは返事をしたくないんです」


 でも、とリヨンは言い淀む。


「……返事をしない娘だと思われるのもいやで」

「……はい」

「返事をしなかった時の母の気持ちを思うと、それもたまらなくて……」


 リヨンの声は小さくなる。


「そういう迷っている自分が……いやになっちゃうんです」

「…………」

「なんて親不孝なんだろうって」


 リヨンは、そう言って黙り込む。シェイラはその様子を、つぶさに観察した。

 震える指先や唇、下に落ちる視線。消えていった声音。とぼとぼと響く足音。そういったものに、リヨンの揺れる心が感じられた。

 感じ取ったものを返す。


「……難しいですね」


 シェイラは、あえてリヨンから視線を外した。対話をするのであれば、視線を合わせたほうがいいけれど、時によっては外したほうがいい。なにとはなしに言っている。いつの間にか、心意にふれている。そのほうが、響くこともあるからだった。


「お母さまだと距離が近いから、余計に難しいなって思います」

「余計に……?」


 シェイラは、夜空を見上げる。初秋が近くなっている空。



「距離が近くなると、言いたいことが言えなくなってしまうんです」



 自分のことを言っているみたいだった。


「ほんとうはいつも感謝していることがあるのに、近いから無自覚に甘えたくなって、だけど甘えすぎている自分がいやで自立したくて……距離が近すぎると、そういう自分の感情がわからなくなってしまうんです」


 ああ、これはきっと、シェイラ自身の感情だ。


「相手も、きっとそうです。わからなくなってしまうんです」


 イディオンも、そうだろうか。


「だから、距離の測り方をまちがえて、変なことを言ってしまうのかもしれません」

「……変なことを?」

「はい。でも、向こうの気持ちは断言できません。人の気持ちは……移ろうものですから」


 そんな人間という生き物が、シェイラはどうしようもなく好きだ。心ノ理学をガザンの下で瞑想とともに学んだのは、好きゆえだった。


 ──けれど……


(移ろわないでいてくれたら、どれだけありがたいでしょう)


 古傷が引っ張られたように痛む。脳裏に、ヴィクトルとヒバリの、組紐の色が浮かぶ。失くなってしまった金色の腕環(バングル)とともに。

 月日によって、人の気持ちは、移ろってしまうものなのだ。


「……母も、移ろっているんでしょうか」


「はい、きっと」

「そんな母と、どう付き合えばよいのでしょうか……」


 リヨンは、悄然と問う。

 シェイラは、問いを受け取る。悩んで、考えて、それから言葉をひとつ取った。


「リヨンさんは、立ち位置を変えなければいいのだと思います」


「立ち位置?」

「わたしは娘です、という立ち位置です。お母さまに、振り回されなくていいんです」

「振り回されない……」


「難しいことを言っています」


 シェイラは苦笑する。


「お母さまが振り回す方だと、とてもしんどいです。自分が抉られるように、重心が傾くように感じてしまいます」

「……はい」

「ですが、リヨンさんは……幸いなことに、今家を出ていらっしゃいます。物理的な距離が離れているというのは幸いです。冷静になれます」

「うん……」


 リヨンは、ひとつ肯く。


「娘としての立ち位置を守っていいのです。お母さまの気持ちや感情に取り込まれず、淡々と元気にしてるよ、大丈夫だよ、と伝えて、離れているお母さまを心配してあげればいいのだと思います」


 シェイラは、リヨンの母がどう過ごしているのか詳細は知らない。適当なことを言っているかもしれない。けれど、感情的になっている人間との関わりは心得ている。


「リヨンさんも、ただの娘なんですから、それでいいんですよ」

「……そうですか?」


 琅玕(ろうかん)の瞳が、シェイラの瑠璃の瞳を覗き込んでくる。

 安心を求めるように。


「はい。だって、親のあれこれなんか、娘は心配しなくていいんです。先に生きてるのになに言ってるんだってふんぞり返っていいんです」

「……はい」

「あとはそうですね……」


 シェイラは、考えたものを伝える。


「ありがとう、と言えることがあるのであれば、よいのかもしれません」

「……ありがとう?」

「はい」


 シェイラがほほ笑めば、リヨンは、翠の目に浮かんだ波紋を揺らす。波となったものが、リヨンにどう届いたのかはわからない。話しているうちに、学院の黒門の前だった。槍先のように尖った門は、夜闇の月を受けて光っている。


「それでは、おやすみなさい、リヨンさん」


 シェイラの言葉に、リヨンは、貴族の令嬢らしくきれいな所作で頭を下げる。

 にこりと笑みを返して軽く手を振ると、背を向ける。



《……モーちゃんも、ありがとう》



 そっと聞こえてきた声に、シェイラは驚く。


 知っていたのだろうか、と。

 だが、シェイラは振り向かない。思考をしすぎない。読み取らせすぎないように、感情と思考を制御する。


 幼かったはずの少女の成長に、シェイラはしずかに笑みを浮かべた。



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