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魔法が使えない魔導師と、霧の大陸の教え子たち【6/6完結予定】  作者: 稿 累華
第11章:狙われる娘

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220話:移ろわない

 赤煉瓦の倉庫沿いに立ち並ぶ露店通りをとぼとぼと歩く。

 風が、すうすうする。季節から外れた装いはしていないのに、長外套(ローブ)を羽織ってないと、装っている自分がすべて曝け出されているみたいだ。


(そのせいです、きっと)


 今さっき、涙をこぼしてしまったのは、きっとそのせいだ。

 守ってくれるはずの長外套をまとってないせいだと、そう思う。



「──姉ちゃん、どうだい?」



 下を向いて歩いていると、気やすい露店商から声をかけられた。

 顔を上げると、夢結輪(ゆめゆいわ)や羽根、組紐に香り袋(ポプリ)乾燥花(ドライフラワー)の束、蝋燭に十二面賽子(さいころ)、ファル石、宝珠(オーブ)などを扱っている露店だった。巷のよくあるおまじない品を扱うところのようだ。あやしげな空気は微塵もなく、むしろ安っぽさの感じるおまじない屋だ。こういうところのまじない具はあまり効果がない。

 シェイラは会釈だけして通りすぎようとする。


「恋人と喧嘩でもしたのかい? そしたら、仲直りをするのに、いいのがあるよ!」


 恋人じゃないです、とシェイラは反発心から顔を上げた。

 赤ら顔の露店商は、いくつかのただの紐を並べてシェイラに見せる。


 目に入ったのが、露草色だった。縹──イディオンの色だ。その隣に、自分の目と同じ瑠璃色の紐も見つける。

 他にも数十種類並べられた紐の色は、こういった露店ではあまり見たことがない。


 興味を、引かれる。


「ここに吊ってあるのはできかけの組紐だけどさ、これは自分で最初から編むんだよ。仲直りをしたかったら、その相手の髪や目の色と、自分の髪や目の色を取り入れる。それで、編みながら仲直りができますようにって願いながら編むんだ。そんで、相手に贈ってやる。これで、ばっちりだ!」


 そんな簡単に効くおまじないなんてないだろう。〈ユベーヌのまじない〉のでまかせではないか。


 シェイラは冷静に露店商の話を聞きながら、紐を四色選び取る。こんなところでは珍しい銀色もあった。安っぽさは拭えないけれど、選んだ。編み込めばなんとか誤魔化せると自分に言い聞かせる。


「これください」

「毎度あり!」


 気づけば、シェイラは四色の紐を握りしめて、街中を歩いていた。


(なにしているんでしょう)


 縹と銀、瑠璃と淡紫(うすむらさき)

 そんな紐を買って、シェイラはなにをしているのだろうか。



「……シェイラ師?」



 歩いているさなか、真向かいから聞こえてきたのは、リヨンの声だった。


 シェイラは、顔を上げる。

 もう七時を回る頃だ。学寮の門限はとうに過ぎているはず。リヨンが出歩いているのはおかしい。そもそも、彼女は狙われている。この時間に出歩くのは得策ではないし、学院が許すとも思えない。


「なにか……あったんですか?」


 リヨンに悟られるような顔を、シェイラはしていたのだろうか。

 琅玕(ろうかん)の瞳が、シェイラに向けられる。


({感応}で気づかれましたでしょうか……)


 なんと情けない。

 シェイラは苦笑しながら応える。


「すみません。ご心配をありがとうございます。大丈夫ですよ。リヨンさんこそ、この時間におひとりで出歩くのは危ないですよ?」


 危ないどころの話ではない。警護対象だ。

 リヨンになにかあったら、シェイラとイディオンにはわかるようになっているが、そもそもなにもないに越したことはない。危険が過ぎ去るまで、危ない夜歩きはやめてほしかった。


「あ、いえ、その……そうなんですが、今日だけ許していただきました」

「だれに?」

「その……銀の髪の魔導師の方です」

「銀の髪?」


 まさか、イディオンだろうか。


「自分が魔法を発動させておくから、用があるなら今日だけ行っていいと言ってくださったんです」



〜*〜



 最悪な気分だった。

 こんな気分になったのは、いつぶりだろうか。


 おそらく一年半前、ラムルに離宮近くの渓谷から突き落とされた時。魔法の展開がうまくいかず大怪我をした。着地の表象を失敗した。風を起こそうとして、渓谷内に吹きつけていく風を逆算しきれず、〈ゆえある裂け目〉を作れなかった。


 加えて、成長の激痛。


 成長痛とは、本来、骨や筋肉に異常を伴わない痛みを言う。

 だが、活性化するようになったイディオンの〈導脈〉による成長促進は、文字通りの激しい成長痛を全身にもたらした。皮膚が引っ張られる、筋肉が損傷する、骨が限界まで引き伸ばされる、信じられない痛みだった。医療魔術師の力を借りねばならないほどだった。

 その状態で大怪我をして、イディオンは瀕死の痛みでのたうち回った。

 さらに追い打ちをかけたのは、ガザン老師からの残酷な報せだった。



 ──シェイラが、さらに寿命を縮めました。



 簡潔で、されど、イディオンの気分をどん底にさせる便りだった。


(シェイラ……!)


 こんなところで、喚いている場合ではない。


(はやく……っ)


 一刻もはやく彼女のもとに行かなければ。

 自分に、{治癒}を(かたど)る。痛い。うまく表象ができない。


「ああっ、くそ……っ!」


 ぐっと指に力を込める。〈導脈〉が、鼓動が、脈打って全身に(たぎ)って(むしば)む。苦痛が体中を巡る。寝台が、血と体液と吐瀉物でぐちゃぐちゃになる。

 そうやって、痛みと苦しみを乗り越えたはずだ。追いつくために。


(なのに……)


 ──脳裏に涙を流す彼女が映る。


 酩酊して、頭がうまく動かない。



「……やめとけって」


 陶杯(ジョッキ)を呷ると、スヴェリの声が朦朧と聞こえる。


「……うるさい」

「お前、酒強くないんだから」

「……わかっている」

「明日起きれなくなるぞ」

「…………」

「年上の言うことは、聞いとけ」

「……黙れよ」


 年上とか、年下とか、もう聞いていたくない。


「イディ、お前さ、ムディアン殿下には兄貴面してるだろ」

「…………」

「同じことされてなんでいやがるんだよ」


 いやなものはいやなのだ。


「めんどくせえやつ。シェイラさんのこと好きだから、対等に見られたくてこじらせてんじゃねえよ」


「そんなんじゃ、ない」


 気持ちが悪い。だが、否定はする。


「そんなんじゃ……」

「そんな生やさしいもんじゃねえって言うんだろ? じゃあ、なんだお前。執着か?」


「……ちがう」


 そんなものでもない。雁字(がんじ)(がら)めにするものでもない。



「……変わらない、もの、だ」



 イディオンは眠くなる。視界が真っ白になる。


「変わらない?」

「移ろわな……い」


 イディオンしかいだけない、変わらない、移ろわないものなのだ。



『移ろうものが好きな気がします』



 知っている。

 でも、ぼくは移ろわない。

 一緒にいる。隣にいるよ。



「必ず……」



 あなたの隣にいる。

 ずっと、隣にいるのだ。


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