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魔法が使えない魔導師と、霧の大陸の教え子たち【6/6完結予定】  作者: 稿 累華
第11章:狙われる娘

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218話:庭師と庶務員

 大きな声が出た。

 自分でも驚くくらい、大きな声だった。


「母には、絶対に言わないでください……もし、言われたら……」


 あの家に連れ戻されてしまう。

 数日前までの盛夏ノ休暇を思い出した。

 泣いてすがってきた母の姿を。



「リヨン、お前も、私のことを見捨てるの?」


「喋れなかったあなたを、ここまで育ててきてあげたじゃない」


「親への恩を忘れたの?」



 母は今、よすがを失って、娘に手を伸ばそうとしているのだ。

 あの場所には、戻りたくなかった。……自分の命がかかったとしても。



「わかりました」



 シェイラ師の声は落ち着いていた。リヨンの大声も心境も、すべてを知って受け止めるように聞こえる、やわらかい凛とした声だった。


「リヨンさんの気持ちを、優先します。リヨンさんが怪我をするようなことがあればお伝えしなければいけませんが、なにも起きない限り、お母さまにはお伝えしません。それを前提に、わたしたちも動きます」


 いいですか、というシェイラの確認に、他の大人たちは肯いた。

 シェイラの声でリヨンは安心する。ほっとして、体から力が抜けていく。



「あたしたちは、どうすればいいですか?」



 気を取り戻したレーネが、口を開いた。シェイラは、リヨンのほうをちらっと見て確認する。


「学院長先生がおっしゃったように他言されないこと。これはお守りください。それから、聞いてしまった手前、難しいかもしれませんが、いつもどおり過ごしてください」

「いつもどおり……」


 シェイラの言葉に、レーネが難しい顔をする。


「リヨンさんを狙っている方に気取られないためです」

「……がんばって、みます」


 シェイラにそう言われると、レーネは、決心したようだった。しっかりと首を縦に振る。

 セアスのほうは口を開かず、唇を震えるようにしていたが、シェイラの説明を聞くと、同じように目顔で応じた。


 そうして、散会となる。

 大人たちはまだつづきの話があるようで、ターニャ師に連れられると学院長室の外に出た。


 入ってくる前と出てきたあとで、随分と時が経ってしまった気がする。赤い絨毯の敷かれた廊下がどぎつく映る。


「気が重いと思うから、なにかあったらいつでも言ってね」


 また明日ね、教導館の入口までターニャに送ってもらって別れる。

 リヨンは、レーネとセアスとだけになると、三人で目を合わせて大きな溜息をついた。


「……こういう時にドランがいてくれたらいいのにね」


 あの向こう見ず男子は、ぱっと場を明るくさせる素質があるのだ。

 レーネが肯く。


「また、魔女のうす焼き芋(ポテトチップス)でも食べさせられたらたまったもんじゃないよ……」


 セアスがそうつぶやくと、リヨンとレーネは、思わずぷっと吹き出して、各々の寮へと帰りの足を向けた。



〜*〜



 特に何事もなく、一週間が過ぎた。

 リヨンたちは、はじめこそ命を狙われているかもしれないということでどきまぎしていたが、時間が経過すると慣れてくる。朝はやく登校していたいつもの時間を取り戻す。


「おはよう、リヨン」


 庭の近くを通ると、庭師から声をかけられた。


「おはようございます、メアナさん」


 メアナは、フラウ麦の藁帽子をそっと上げる。陽に焼けた顔をしていたから、年嵩の女かと思っていたが、ターニャ師とあまり年齢は変わらないという。

 ルーマン高等魔術学院の整った生け垣や咲き競う花々は、このメアナの手入れの成果だった。今は秋のシュラム薔薇が、淡桃の蕾を付け、満開の時期を待っている。

 力作業の多い庭師という職業を選んだ理由をリヨンは聞いたことがある。


「魔力が弱くてね」


 だから、魔法を使うような多くの仕事を選ぶことができなかったのだという。


「庭仕事は、手を込めてやればやるだけ、いいできになるから、気に入ってる」


 土や植物というものを愛しているのだろう。おだやかな眼差しで葉を剪定し、土をいじる。


 リヨンもそうやってメアナの手仕事を手伝った。言葉が多くないメアナとの時間は、リヨンの心をそっと和やかにする。暑さのなかにある、土や葉の生命のにおいは、包んでくれる闇のぬくもりを思い出させる。

 その日も早起きをしてメアナの手伝いをしたのち、始業に間に合うように長外套(ローブ)の裾を払った。まもなく、はじまりの鐘が鳴る。



「──ペリメルさん」



 急ぎ足のリヨンを呼ばったのは、すらっとした細身の女だった。

 ロータという学院の庶務員だ。長外套を羽織っておらず、長裙衣(ワンピース)のうえに、モロル綿の中衣(ベスト)と前かけをしている地味な装いだ。学院の事務をほぼひとりで担っている優秀な女性と聞く。


「お母さまから、{転送}で書簡が届きました」


「……また?」


 一昨日、届いたばかりだった。

 受け取る。ペリメル家の封蝋が()されたルペドの植物紙による封筒だ。


「……捨てますか?」


 リヨンが立ち止まって睨むようにしていたからだろう。

 ロータ庶務員は、リヨンの感情を図るように尋ねる。


「大丈夫です……一応、目を通します」

「……お察しいたします。家族ってなかなか邪険にできないものですよね」


 ロータは、ほがらかな笑みを浮かべる。

 ターニャ師もそうだが、このロータも表情を読み取るのがうまく、リヨンが言葉にしづらいことをするすると口にしてくれる。


「もし、捨てたくなったら言ってください。届かなかったという体で、季節外れの暖炉に放り込んでおきますから」


 そんな冗談を言ってくる。

 リヨンは小さく笑った。


「ありがとうございます、ロータさん」


 足を止めてすみません。リヨンが礼を言うと、ロータは笑顔でぺこっと頭を下げて、とてとてと教導館のほうへ引き返していった。そつがない振る舞いだった。

 鐘の音が、聞こえる。


「急がなきゃ……」


 リヨンは、ロータの背を見送ると、急ぎ足で学環に向かった。


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