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魔法が使えない魔導師と、霧の大陸の教え子たち【6/6完結予定】  作者: 稿 累華
第11章:狙われる娘

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216話:歩幅ちがい

 静寂ノ日が明けると、福音ノ日。その日から、一週間は、はじまる。


 曜日というものが根づいた時は、闇よりはじまる元素魔術の影響を受けて、宵闇ノ日が週はじまりとされていた。時が経るにつれて、静寂ノ日の休日を境に週明けとされ、福音ノ日から一週間のはじまりとする感覚のものが多い。

 厳密性を謳うものは、未だに宵闇ノ日からの週はじまりを主張して、たまに争いになる。特に、習ったばかりの知識を披露したい学徒たちは、「ほんとうは宵闇ノ日が正しくて、福音ノ日はまちがってるんだ!」と主張する。学園ではよく見られる光景だった。



 そんなどうでもよいことを考えたくなるくらい、シェイラは気まずい空気を持て余していた。



 隣にいるイディオンは、一切口を開かない。

 彼との沈黙は心地がよいはずなのに、喧嘩をして十日近くが経って、ますます空気は重苦しくなっている。このまま一生、気安い空気を取り戻せないような気がする。


(わたしが、謝ってしまえばいいんです)


 シェイラが怒らせたのだから、そうすればいい。

 なのに、シェイラはどうしても、謝罪の言葉を口にできなかった。数年前はできたことが今はできない。なにかが引っかかって、どうしてもできなかった。口のなかの隧道(すいどう)が、言葉の大きさよりも小さくて通ることができない。そんな感覚だった。


 ふたりのあいだには、重い沈黙がつづく。


(それでも……)



 ──イディオンは、自分を置いていくことはしないのだ。



 モルリオールでは、当初、イディオンに置いていかれてしまうことがあった。背丈がちがうのだ。足の長さも異なる。必然と、歩幅も異なる。

 イディオンがふつうに歩いても、シェイラは小走りになるか、{浮遊}ですーっと追いかけることが多かった。



「ごめん」



 ある時、イディオンは、そんなシェイラに気づいた。とても驚いて、それから失敗した子犬みたいな、いつもの表情になった。主人の機嫌を損ねてないか、不安になった顔だ。


「もう、大きくなりすぎるからですよ」


 シェイラは、追いついてから、わざとらしくそうやって茶化した。

 気にしてほしくなかった。イディオンに意図がないことはわかっていた。


「昔は小さくてかわいらしかったのに」

「……ごめん」

「小さいままでよかったんですよ? 一緒に歩きやすかったんですから」

「……ごめん、シェイラ」


 イディオンの顔は、どんどんしょげていった。ぽつりと、言われる。


「次からは、気をつけるよ」


 あまりにも落ち込んでいそうだったので、シェイラは、ちらっと見上げて、笑顔で返した。


「はい、お願いします」


 イディオンはシェイラの目を見て、なにかを考えていた。その目は真剣で、シェイラはあまりじっと見ていたくなくて、ふいっと目を逸らした。べつの話題を口にした気がする。


(もしかしたら……)


 ああいう茶化すような発言も、イディオンを少しずつ傷つけていたのかもしれない。

 だから今回、きっとあんなに怒ったのだ。


(あの日から、置いていかれません)


 イディオンは、あの話をしてから、シェイラに合わせて歩いてくれるようになった。自然とそうしてくれていたのだろう。気づいていなかった。

 気づいてしまうと、青年のいつものやさしさを感じてしまう。首筋が痒くなる。


(やっぱり、わたしから謝らないといけません)


 どんな言葉が最適なのか、また自分のなかをさぐるようにした。






 イディオンとともに、学院長や筆頭教導師に事の次第を話し終えると、まもなくして担任教師であるターニャ師も呼ばれて、リヨンの警護の話となった。

 県長や、査問院などの助力を願わなくてよいのか、という学院側の問いに、シェイラは答える。


「大々的に行うことによって、リヨンさんを狙う者に気取られることを避けたいのです」


「その考えはわかりますが、〈気高き魔女の騎士団〉が関わるのであれば、事は学院の手には余ります」


 そう言ったのは、女の学院長だった。はきはきとした物言いをする。


「承知しております。ですので、具体ではわたしたちが動きます」

「おふたりで、警護が可能だと?」


 これには、イディオンがはっきりと答えた。


「私たちは魔導師だ。下手に数が動くよりも、ふたりのほうがいざという時に動きやすい」

「…………」

「呪了師が姿を表したとしても、すぐに交戦できる」


 王族圧というのは、時にとても便利な代物ではないかと思う。

 丁寧に言葉を交わして理解してもらうことのほうがシェイラは好ましいと思っているが、時には強硬しなければいけない時がある。そういう時、王族圧というのはとても有利に働くのだ。


「……承知いたしました」


 女の学院長は、溜息を押し殺すようにしながら肯く。



「わたくしは、あなた方になにを許可すればよろしいのですか?」



 学院での動きのことだ。

 シェイラが応じる。


「学院内を自由に動けるようにさせてください。それから、学院全体に魔法を展開させていただけるとありがたいです」

「わかりました」

「授業の様子なども見られるようにしていただきたいです」


 承知いたしました、と学院長は肯く。


「子どもたちに、あなた方のことを聞かれたら、なんと伝えればよいですか?」


 頭の回転と切り替えのはやい学院長なのだろう。溜息はもう見られず、シェイラたちを受け入れるための思考になっていた。


「魔導師が弟子にしようとしている子をさがしに来ている、と伝えてください。わたしたちもその体で動きます」


 モルリオールの学院に入った時と同じだ。都合のいい体裁だった。


「わかりました。そういたしましょう」


 学院長は理解した顔になる。それから、最後にひとつ、という前置きがあって訊かれた。


「親御さまには、なんとお伝えしますか?」


 シェイラはこの質問には答えあぐねいた。

 通常なら親には伝えたほうがいいだろう。自分の娘に関することだ。けれど、家庭環境のことを聞いていると、悩ましい。


(リヨンさんのお母さまが、このことを知ったら、家に連れ戻そうとされるかもしれません)


 そうすると、リヨンは苦しむことになる。心が追い詰められてしまうかもしれない。

 命を考えると、伝えるのが得策かもしれなかったが、リヨンの心を考えると、決心がつかない。



「──リヨンさん自身に決めてもらうのは、どうですか?」



 聞こえてきた提案は、ターニャ師からだった。視線が担任教師に集まる。


「そもそも、彼女はもう十二です。今回のことも本人に話して、リヨンさん本人に警戒してもらうことも大切なんじゃないかと思います」


「……準師、いかがですか?」


 ターニャの発案を受けて、学院長がシェイラに問う。その目は、ターニャの案を推している目で、シェイラの決裁を待っていた。

 しっかりと受け止める。


(たしかに、そうですね)


 子ども自身のことは、子どもの意志がなにより大切だ。


「そうしましょうか。リヨンさんにお話をしましょう」


 シェイラは明朗に肯いた。

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