215話:ターニャとの食事
ターニャとの再会は、偶然だった。
シェイラは、泊まっている宿の酒場に、ターニャを誘った。道中で、名前を出さないようにしながら、セレリウスの話になる。あんなことがあった、こんなことがあった、とターニャの話は愚痴なようで、教え子への愛情にあふれていた。シェイラも、一度関わったことのあるセレリウスの様子を生で聞けるのはうれしかった。手紙ではわからない温度感というものが、会話で伝わってくる。
酒場に着くと、いつものように揚げ麦粉焼……では恥ずかしいので、さすがにべつのものを頼んだ。ターニャに合わせた酒肴にする。
(ちゃんとがんばれば、こうやって食事をできるのですよ)
シェイラは内心で言いわけをする。
イディオンがいたら、見せつけてやりたい。
そう思うのに、そのイディオンとは喧嘩中だ。思い至ると、気持ちがまたずっしりと重くなる。
シェイラは出てきた酒肴の味やにおいを感じないようにしながら、ターニャと視線を合わせた。
「お会いできてほんとうにうれしいです!」
「わたしもです」
ターニャ師は変わっていなかった。むしろ、雰囲気が明るくなっただろうか。髪の毛が顔の線を隠すくらい短くなっている。杏ギツネのような空気は変わらないのに、日だまりであたたまったあとのような顔をしていた。
「まさか、シェイラ師とルーマンで会うことになるとは」
「ほんとうにです。異動先がルーマンだったんですか?」
はい、と言いながら、ターニャは出てきた皿を取り分ける。牛肉と一緒に、ひよこ豆や扁豆を葡萄酒と月桂樹の葉と一緒に煮込んだほろほろ煮だ。よいにおいがする。
シェイラはぺこっと頭を下げると、一口に切って口に放り込む。
なんとも言えない気分になりながら、ターニャの答えを待つ。
「そうなんです。ルーマンの高等魔術学院に異動希望を出していたら、通りまして」
「はやい異動だと思っていましたが、希望が通ってよかったですね」
「たまたま、退職する大地の魔法使いがいたらしく、魔術師である私は両手を挙げて喜ばれました」
教師や教導師たちの異動は、七、八年に一回が通常だ。ターニャは、セゾンにいた頃が一年目だったから、五年目で異動したことになる。あまりないことだったが、教師たちの人手不足もあったからだろう。ターニャがいなくなってしまったセゾンの高等魔術学院のほうは、今頃涙を呑んでいるにちがいない。
「なぜ、ルーマンに異動希望を?」
ターニャは、ほろほろ煮に顔をほころばせていたが、シェイラに問われると、今度はぱっと頬を染めた。
「実は……、結婚するんです」
「それは……! おめでとうございます! ほんとうにおめでとうございます! どこで知り合った方ですか?」
「大学府時代の同期なんです。二年前に王都で再会したんですが、彼はルーマンの市庁舎に勤めていて、今までは遠距離で。今回、一緒に暮らさないかという話になりまして」
「わあ、いいですね」
めでたい話だ。
なにか祝いの品でも贈ろうとシェイラは考える。
「すぐに異動が通らなかったらどうしようかと思っていたのですが、今回通ってほんとうによかったです」
「今年がよかったのですか?」
「次はいつになるのかわかりませんから。それに……、来年は厄禍が訪れると言いますから……」
ターニャは、遠い目をする。
「今のうちに幸せをつかんでおかないと、逃げられてしまいそうです」
そう言って笑う。イディオンと同じで、昔の鬱屈が消え去った、きれいな笑みだった。
けれど、台詞に秘められたものには、言いようのない不安が滲んでいる。
──〈霧の厄禍〉。未曾有の災害。深い霧が凝集することによる大陸全土の蟲の発生。
その不安は、ターニャだけでなく、人々のあいだに滲んでいるものだ。
「最近、駆け込むように結婚をする人が増えてるみたいです」
「……厄災の前に、身を固めておこうということですか?」
はい、とターニャは返事をして、葡萄酒を傾ける。
「私たちも同じです。蟲がいっぱい湧いて……たとえ、なにかあったとしても、最後までだれかと一緒にそばにいたい。好きな人といたい。そういうふうに、皆考えてるんだと思います」
「…………」
「だから、今年異動できてよかったです」
「そうですね」
シェイラは、ほほ笑む。
(うまく、笑えたでしょうか)
自分のなかにあるものを観るようにしながら、冷めたほろほろ煮を少しずつ口に含んでいく。
「──シェイラ師は、なぜこちらに?」
話しきったからだろう。ターニャは食べ終えると、シェイラに質問した。
「もしかして、学院ですか? 週明けから、ちょうど授業が再開されますし」
「そんなところです」
シェイラは、最後の一口をなんとか嚥下し終えた。葡萄酒で、牛肉を押し流すようにしてから、つづきを述べる。
「詳細はお話できませんが、ある女の子を守るために来ました」
「どの子でしょう……。私、知ってるかな……」
ターニャのつぶやきに、シェイラは周囲を見渡す。前のめりになって周囲の視線から隠すようにすると、空いている卓のうえに、指で小さく共通文字を綴る。
──リヨン・ペリメル。
靄が現れて、その名を記す。
「ええっ!」
ターニャが声を上げた。思ったより、酒場に大きく声が響く。周りの目が集まったが、その頃には靄の名は消えている。
「知ってますか?」
シェイラが尋ねると、ターニャは大きく肯く。
「知ってるもなにも」
「はい」
「うちの学環です」
「えっ」
シェイラは驚く。ターニャを見る。
「私が、彼女の担任です」




