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魔法が使えない魔導師と、霧の大陸の教え子たち【6/6完結予定】  作者: 稿 累華
第11章:狙われる娘

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214話:クチナシ酒場

「なあ、いい加減、その辛気臭い顔つづけるなら、とっとと謝っちまえよ」


 夜の酒場だ。宿とはべつの、旅の荒くれ者が集まるような、一見、うらぶれたように見える酒場。互いに干渉しない、見ない、だが空間と秘密はともにする。そういう場所だという。全部が全部秘されるわけではないが、暗黙のうちに聞いた内容は外では漏らさないとなっている。


 一部では〈クチナシ酒場〉と言われるらしい。代わりに、査問院で取り締まられるものは絶対に扱わない。招き入れない。誤って仕入れることがあったら、秘さない。

 クチナシは、信用商売なのだ。テッペント技術連盟の未承認だが、組合(ギルド)もあるという。


 イディオンとスヴェリの定期会合は、それゆえ、クチナシがちょうどよい場所だった。

 間仕切りもあって、ひっそりと喋れる場所だから、忌憚なく口を開ける。



「……黙れ」



 イディオンは、書類に目を通しながら、唸るように言う。


「聞く限り、シェイラさん、悪気があったわけじゃないだろう。そういう人じゃないってこと、お前が一番わかってるだろ?」

「…………」

「お前が単に年下であることをもとから引け目に感じてて、その図星を指すように言われたことが頭にきただけだろう? そうじゃないのか?」


「……ああ、そうだよ。わかっている」


 イディオンは、奥歯を噛む。

 そんなこと、わかっているのだ。シェイラに悪気がないことくらい。だが、


(悪気がないからこそ……)


 衝撃を受けることがある。事実だからこそ、たえがたいことも。


 イディオンは、自分の気持ちを俯瞰するようにできるようになったとしても、今回の件はその感情と同居できる気がしなかった。


(だから、年下扱いされるんだ)


 感情に乗っ取られるから、シェイラにそうやって線を引かれる。


 線を引かれたのだ、イディオンは。ここまでです、と言われたのだ。だから、もうそれ以上踏み込めない気がした。


(ぼくが、もし……)


 あの聖剣使いと同じように、シェイラより年上であったなら、線を引かれなかったのではなかろうか。

 そんな益体(やくたい)もない妄想が這い出てくる。



「……話を戻す」



 しばらく考えたくないことだった。


 イディオンは一度短い息を吐き出して、スヴェリを睨みながら言う。

 対するスヴェリは、不満そうだったが、やれやれ、と一息つくと、空気が入れ替わった。



「──マーロってやつのことだったな」


「ああ」



 イディオンは再び、書類をめくった。


「だいたい調べはついたよ。イディの言っていたとおり、ガルバディア出身の男だった。予想的中だな」


 やはりか、とイディオンは思った。

 相当な大地の魔術師、{転移}まで用いる。ならば、元素魔術の血筋が多い自国出身であろうと思ってのことだった。


「適当な戸籍を洗っていたんだがな。時間がかかるから、同時にだめ元で人事院の{検索}にもかけてもらった。そしたらまさかのそっちが命中。まとめたのは、そこで見つかった書類だよ。目を通したが、興味深い内容だった」


 イディオンはぺらっと一枚目をめくる。ルペドの植物紙に{投影}されていたのは、人事院で保管されていた身上書だ。イディオンは、すばやく目を通す。


「討伐隊に所属していたのか」

「ああ、それも隊長を勤めるほどの剛腕だったらしい」


 肯ける。戦い方が修羅場をくぐってきたものの振る舞いだった。秋冬には、指揮だけではなく、前線で戦っていたのだろう。


「そんな男が、唐突に隊を辞した?」

「以来、行方不明。十年以上も前のことだ」


 なぜ、隊を辞めることになったのだろうか。

 イディオンが書類に目を向ける前に、答えはスヴェリの口から返ってくる。


「娘が自殺して、妻もあとを追うようにして自害したそうだ」

「…………」

「娘、学園でいじめられてたんだとよ」

「いじめ……?」


「魔法が使えなくて、いじめられてたらしい」



 ──魔法が使えない。



 イディオンは、わずかに目を見開く。慣れてきたとはいえ、自身も含め、最近、〝魔法が使えない〟という言葉はよく聞く。

 その事象は、イディオンが突き止めなければいけない答えだ。

 自然、眉間にしわが寄る。


「どんな理由で使えなかった?」


「べつにまったく使えなかったわけではなかったらしい。大地の魔術の適性がなかったらしい」


「学院に上がって、査定を受けたわけではないのにわかるのか?」


「査定を受けなくても、おおよそはわかるもんだからな。実習していると、なんとなく自分はこれに適してるとか適してないとかわかるんだ」


「そんなものか?」


「そんなもんよ。俺の場合は、{転移}特化の特異体質だったから、査定じゃないとわからなかったけどな。学園に通ってた頃は、俺だって、ひどいもんだったぜ」


 スヴェリはけろっと言う。この男はもう過去のことだと割り切っているようだが、イディオンと通底しているものがあった。


 スヴェリもまた、()()()使()()()()()()のだ。正確には、元素魔術の適性がなかった。ガルバディアの貴族でありながら、元素魔術の適性がないのは、過ごしづらい。

 イディオンだからこそ、この男の痛みはわかる。スヴェリもまた、だからこそイディオンに仕える。互いに、似たもの同士なのであった。


「……それで、娘は自殺を?」

「ああ。かわいそうにな」

「母君は、なぜ……?」

「娘のいじめに思い悩んで、心を病んでいたらしい。ところが、夫──マーロ・スパンは討伐隊の英雄。いろいろなところに引っ張りだこだ。家には帰ってこない」

「…………」

「死にたくなるってもんだろ。気持ちはわかるさ」


 そうだな、とイディオンは相槌を打つ。

 氷の入った陶杯(ジョッキ)が、からん、と音を鳴らす。


 沈黙が、クチナシ酒場に響く。どこも、小声で話す声ばかりで、目立つものではなかったが、イディオンは、自分のなかに男の輪郭が、しんと浮かび上がるようだった。


「マーロ・スパンは、娘と妻の死を知って、隊を辞めたのか」


「そんなところだろうな。少しでも人間味のあるやつなら、胸にくるだろうよ」


「……だが、今は魔女の騎士として動いている」


 娘と同じ立場に近かった、ヤルチェ・ラッカーラを狙っていた。

 ──理解に苦しむ行動だ。


「大義、か……」


 どんな大義があるのか知れない。そのために、娘と同じ立場のものを犠牲にする。



 ──竜を、呼ぶ。



 イディオンのなかで仮説として考えているものが、説をより深める。

 そのための、犠牲。そのための、供物。

 そう考えられないだろうか。


(可能性としては高い)


 だが、一方で、イディオンの頭のなかには疑問がよぎる。


(竜を呼んで……)


 なにをする気なのだ。


 それが、〈気高き魔女の騎士団〉が目指す大義とやらにつながるのであれば、なにやら、うすら寒いものを覚える。

 イディオンのなかには、警戒が生じる。


「引きつづき、この男と、可能であれば、その後の足取りも調べてくれ」

「御意」


 イディオンはスヴェリに命じる。


「ムディアンにも、共有しておいてくれ」

「王太子殿下に? 女王陛下や王配殿下には、いいのか?」


「……ああ」


 イディオンは肯く。

 イディオンが今行きついていること、調べようとしていること、それらは多くに知られないほうがいい。


「リヨン・ペリメルの護衛は、どうする?」

「……一旦、おれが行う。今はまだ、表沙汰にできない」

「陛下に事の次第を伝えて、動いてもらったほうがはやくないか?」

「いや……それは、避けたい。逆に、相手に気取られる可能性がある」


「なんで?」


 スヴェリの問いに、イディオンは押し黙る。

 頭のなかで浮かんでいることは、イディオンにとっても肯定したい話ではない。


「ちょっと……な」

「……まあ、いいけどよ。俺は。使いっ走りとしてがんばりますわ」


 スヴェリはそう言うと、立ち上がる。残っていた蒸留酒をかっと一気に呷って、イディオンに背を向ける前に言い残した。


「とりあえず、はやくシェイラさんと仲直りしちまえよ。こじれる前にな」


「……善処する」


 イディオンは苦々しく応じながら、残った発泡水を苦みとともに流し込んだ。


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