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魔法が使えない魔導師と、霧の大陸の教え子たち【6/6完結予定】  作者: 稿 累華
第11章:狙われる娘

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212話:赤煉瓦の街ルーマン

 シェイラは、小さく息を吐き出す。


 暑い。頭巾(フード)をかぶっていても、日射は、丸石に反射して飛び込んでくる。{通風}がかけられている長外套(ローブ)でも、盛夏ノ休暇の暑さはすべて防ぎ切ることが難しい。

 気持ちもべったりと落ち込んでいた。また、暑さのせいかなんなのかわからない息が漏れ出る。



 ──イディオンと喧嘩した。



 一週間以上前のことだ。今は必要なこと以外、言葉を交わしていない。そんな日々がずっとつづいているから、シェイラは気が重たくてたまらない。


(どうして、あんなことになってしまったのでしょうか……)


 きっかけが、なんだったのかを思い出す。


 モルリオールで花の祭典を鑑賞し終えて、ヤルチェとウショー師の学環が、無事に優勝杯を獲得したのを見届けた。

 その後、学院内で起きていたことをモルリオール市長に報告すると、市庁舎は大変な騒ぎになった。県長ないし、国にも報告を上げなければいけないという話になったが、シェイラもイディオンも想定していたので、用意していた報告書を提出し、急ぎリヨンのいるガルバディアへ向かおうとしたのだ。


 ところが、報告書だけでは終わらず、フィシェーユの首都である花の都で、三王からの召喚を受けた。

 シェイラは、あんなに容姿の整った人間が並び立つのをはじめて見たように思う。


 歌唱の儚げな少年王──昔のイディオンに雰囲気が似ていた──、舞踊の中性的な青年王──声を聞くまで性別がわからなかった──、最後に、絵画の妖艶な美女王──最後まで、年齢がわからなかった──の、三王だ。

 三王曰く、芸術魔術を誇るフィシェーユにおいて、その魔法が穢されるような自体は断じて許されるものではない、とのことだった。人々の命がかかるのであればなおさらとのこと。



「我らの力を以てして、フィシェーユ全土における、呪術への対策を強化し、子どもたちをはじめとした人々の守りに人員を割くことを約束しよう」

 舞踊王は、そう言った。


「許しがたき。どのような些細なものとて、芸は芸。自鳴琴(オルゴール)の魔法は、あまり知られぬ魔法だが、立派な芸のひとつ」

 絵画王は、美しいかんばせに青筋をのせた。


「フィシェーユの魔法を愚弄するのは許されぬ。心を豊かにするのが、魔導師フィシェーユの愛した魔法だ。それを呪いに染めるなど見過ごすことはできん」

 歌唱王は、美しい声に怒りが灯っていた。


「──我ら三王の意見は、こうして一致している。準師シェイラータ、導師イディオン、我らはそなたらの危惧を考慮し、国内の警戒を強化する。星詠みの詞にも言われていることだ。後手になってすまない」


「自鳴琴の魔法を守ってくれて、ありがとう」


「フィシェーユの防備は任せてほしい」



 舞踊王、絵画王、歌唱王は、それぞれにそう言った。

 最後に歌唱王がぽつりと言ったことは、シェイラの頭に残っている。


「建国祭の催しがあることで、国全体を歪めてしまっているのかもしれぬな……」


 それは、他の二王も同じように憂えていることのようだった。

 少年王のつぶやきを聞き終えると、イディオンは静かに考えていた。顎に左手をやり、静思する横顔には、為政者の空気が漂う。心象風景の雪原からもれる、冷涼とした気配だ。


(イディさんは、絵になりますね)


 召喚されたついでに、建国祭も鑑賞したが、路上の絵描きから、被写体(モデル)にならないか、と何度も声をかけられていた。皆、同じことを思うのだろう。

 シェイラは、イディオンの横顔を見つめながらそんなことを考える。だが、シェイラにぼうっとしている暇はなかった。


(リヨンさんを助けにいかなければ)


 マーロという男が言っていた台詞のなかに、{感応}という単語があった。



 ──{感応}は、ヴェッセンダスの{登録}を受けたばかりで、まだリヨンにしか使えないはずの魔法だ。



 彼女は、確実に狙われているのだ。あの、おとなしい少女が。魔女の騎士の大義とやらのために。


(犠牲が前提の大義なんてありません)


 許されることではない。

 ましてや、将来がある子どもたちを狙うなどと。

 考えるべきことも、調べることも、マーロの発言によってさらに山積みになっていたが、差し当たってシェイラが守りにいかなければいけないのは、リヨンだった。


 ところが、急ごうとするシェイラに、イディオンはけろっと言った。


「彼女なら、今は大丈夫だよ」


「……どういうことですか?」


 花の都の転移陣を踏んでいる時だった。{転移}の光を受けて、ふたりの姿はかき消える。

 寸暇のうちに、周囲に漂うにおいや音が変容した。塔のなかにもれ聞こえる感覚が移り変わる。



 ──ガルバディア魔法王国ルーマン県。県都ルーマンだ。



 公館から出ると、視界が、薔薇色に染まる。


「わあ……」


 夏の夕陽を受けて、赤煉瓦がさらに色を濃くしているのだ。モルリオールにも赤屋根の美しさがあったが、その比ではない。視界いっぱいの薔薇。

 ルーマン県は、昔から赤煉瓦の製造に卓越している。鉄を蓄えた土壌があって、そのためだ。煉瓦を焼成するにあたって、多くの木々が伐採され景観を損ないかけたが、優秀な魔導師と、魔導具師たちによって開発された、特殊な釜で事なきを得た。今では、ルーマンの赤煉瓦はガルバディアの産業のひとつだ。


 シェイラが頭の片隅でそんなことを思い出しているあいだに、イディオンは先に階段を下りる。薔薇色にうっとりとしつづけていると、幾分下りたイディオンから手を差し出された。


 なんだろう、この手は。

 シェイラはきょとんとする。


「宿を探そう」


 それはそうだ。だが、手を差し出す必要はあるだろうか。のせてこいと言わんばかりだが、シェイラは意図がわからず、そのまま素通りする。


「そうですね」


 かつかつ踵を鳴らしながら、階段から下りると、後ろから不機嫌そうな声が聞こえてきた。


「……リヨンという女の子は、無事だよ」


 さっきの話のつづきだろう。

 シェイラは隣にやって来たイディオンを見上げる。


「どういうことか、説明してください」


 なぜ、言い切ることができるのか教えてほしい。


「スヴェリに動いてもらった。彼女は休暇中で、今はツェットの屋敷にいる。ペリメル家の屋敷だから、安全だ。今は問題ない」


 シェイラはびっくりした。

 いつ動いたのだろう。瑠璃色の瞳をぱちぱちとさせる。


「周囲に特にあやしい動きをしているものもいないらしい。むしろ、休暇が空けて、彼女がルーマンの学寮に戻ってきてからのほうが警戒したほうがよさそうだ」


「学寮ですか?」


 貴族のリヨン。おまけに、ツェットはここから近い。学寮に入る必要はないはずだ。


「実家は居心地が悪いらしい。家を出たくて、学寮を希望したと聞いている」

「…………」


 シェイラは、以前会ったことのあるリヨンの母を思い出した。

 たしかに、なにかありそうな家庭ではあった。貴族として、闇魔術使いの一族として、負うべきものがあるのだろう。


「彼女自身は今苦痛かもしれないが、安全面を考えるなら今が一番安心だ。だから、問題ないと、そう言った」


 イディオンは、はっきりと言う。


「……わかりました」


 断言するのなら、そうなのだろう。少し、安心する。

 だが、リヨンはオルトヴィアの月になれば、ルーマンに戻ってくる。それまでに、やるべきことはある。考えて整理しなければいけないことも。



「──マーロという男のことについてですが」



 滞在する宿をさがしている途中だった。

 納得がいかなくて、次の宿をさがす。すでに、夕陽が落ちてきているので、急ぎたかった。



「それも調べている。問題ない」



 イディオンは、周囲を見渡しながら、シェイラに返事をする。景色のいい場所をさがしてくれているようだった。


 シェイラのほうは、またもやびっくりして足が止まる。

 イディオンの背に問う。


「どういうことですか?」

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