211話:12歳のリヨン(2)
リヨンの顔には笑みが浮かんだ。
足早に、目的地を目指す。生け垣に沿って進む、整備された庭園は上から見ると、学院の校章を模しているらしい。横には食堂でもある講堂もあった。
リヨンは煉瓦道を進む。脇には、夏の花々が咲き誇っている。庭師のメアナが暑いなか手入れを行っていた。
横脇にずっと進むと、敷地内にある廃教会があったが、リヨンは真っ直ぐ進む。そこから分かれ道。男子寮と女子寮。リヨンはもちろん、女子寮だ。右の方へと進む。気づけば、リヨンは走り出していた。
まもなくして、在学中に居としている学寮が見えてきた。赤煉瓦のなかに、窓や柱の白がかわいらしい。男子寮は、白ではなく黒っぽい灰色だから、白でよかったなと思う。
横長の二階建ての学寮は、上から見ると真四角になっていて、中央に中庭がある。暑すぎない日は、そこでのんびりするのもリヨンの気に入りだ。……最近は、蚊がいっぱいいるから、いやだけど。
寮監に挨拶する。
そして、リヨンは怒られるよりも前に、階段を駆け上がった。寮監からの叱責が聞こえる。二階の談話室。そこに向かう。
ざわざわ、というざわめきが漏れ聞こえる。どきどきした。顔が緊張する。
(でも、大丈夫)
──リヨンはもう、喋れない娘じゃない。
「ただいま」
「おかえり、リヨン!」
ぱーっと、場が華やかになる明るい笑顔で、レーネが飛びつくようにリヨンをぎゅっと抱きしめた。黒髪が巻き込まれて、ちょっとだけ痛い。そんな痛みでも、レーネならいいやと思ってしまう。
レーネ・ブロンニ。リヨンの親友。かけがえのない、友だち。
「みんなー! リヨン戻ってきたから、はじめよう!」
溌剌とした声で、レーネが振り向いて言う。
「{遮音}は?」
「ばっちり!」
「{施錠}は?」
「この通り!」
「いざという時の煙幕は?」
「もちろんここに!」
元気な女子たちの声がいくつも返ってくる。
「よし、じゃあ、はじめてこ!」
レーネの声が号令となると、学期末試験終わりを祝した、お菓子宴会のはじまりだった。
いろいろ炭酸。不思議な粉を入れれば、あら不思議。飲むたびにちがう味の炭酸。ハズレは、弾性鞠味。一生忘れられない。
弾ける花火もろこしは定番。いつだったかのオーズの誕生日会でも使用。ひゅ〜っと打ち上がる音があっても{遮音}があるから関係ない。
へびへび餅菓子は、床をうねっているからなかなかつかまらない。教室だと、きゃーきゃー言って男子の目を窺う女子たちも、女子だけになれば狩猟者になる。目をぎらぎらさせて捕まえに行く。味は、食べてからのお楽しみ。
さらには、光線飴玉、ほしぞら加加阿、こがねの月ひら……とにかくいっぱい出てきた。
興に乗ったところで、レーネが、夏には使われない暖炉のうえで一言。
「あたしが考えた、新商品の宣伝です!」
じゃーん、とレーネは、手に収まる棒状のものを出す。
「名づけて、肌美人の口紅蜜!」
なにそれ、と声が上がる。
「これをなめるように口にすると、なんとその人にあった紅を、唇に付けてくれちゃうんです!!」
レーネが仁王立ちして言うと、ご意見が上がる。
「子ども騙しじゃん!」
「わたしたち学院生だよ!」
「お菓子で化粧してもねー」
そんな意見に、レーネは、わかってないなーと指を振ってみせた。
「これはいろんな味があるんだよね。苺味、檸檬味……全部で五種類! 発揮されるのは三十分。でも、その代わり、塗るといいことがある」
レーネは、小声になって言う。
「紅の色が変わっているあいだ、唇も飴と同じ味になる。飴の効果で唇もうるっとしちゃう」
つまり、とレーネは数秒溜める。
「好きな人との、はじめての口づけの時におすすめです!」
そこからは、きゃーきゃー、と女子たちのお祭りは、乱戦となった。全員分あるというレーネの声を聞かずに、奪い合いになる。
リヨンが外から見守っていると、へろへろになったレーネが出てくる。
「みんな、群がりすぎでしょ」
リヨンはくすくす笑う。それから、レーネの耳元にいたずらっぽく囁いた。
「あの商品、思いついたのって、ドランといた時でしょう?」
言うと、レーネは野ウサギのように飛び上がった。顔を真っ赤にして、リヨンを凝視する。
「な、な、なんで……っ?」
「やっぱり」
リヨンは、またくすくす笑う。
「もしかして、{感応}使った?!」
「そんなことしないよ。親友の大事な心を覗き見るなんて悪趣味、しないもん」
「じゃあ、なんでよー!」
「だって、レーネ、わかりやすいもん。苺味とか、わかりやすくドランの好きな味じゃない」
ドランは学園時代に一緒だった男子だった。中等部の時は班も一緒だったことがある。記憶がおぼろげだったが、防霧林の園外実習も同じ班だった。
レーネは、そのドランのことが好きなのだ。
箒職人である実家を継ぐために、学院には進まないという選択肢を取ったドランだが、レーネはちょこちょこ手紙のやり取りをしているらしい。
「あいつにもばれてるかな……」
「それはないよ」
ぴしゃっとリヨンは言う。
「ドラン、にぶいもん」
「そうだよね〜」
落ち込んでいるんだか喜んでいるんだかわからないレーネの声が上がる。
(まあ、両思いだけど)
リヨンは知っている。ドランがレーネのことを好いていることを。そちらはうっかり{感応}を使って、知ってしまったのだ。
でも、面白いから黙っておく。それに、リヨンの口出しすることではない。
「応援してるよ」
思いっきり溜息をつくレーネに、リヨンは、翠の瞳をぱちっとやってくすくす笑う。
(帰りたくないな……)
また、思う。
学園を卒業し、学院に進学して一年と数ヶ月。こんな楽しい時間を過ごしてしまうと、帰省するのは、やっぱり気が重たくてたまらなかった。




