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魔法が使えない魔導師と、霧の大陸の教え子たち【6/6完結予定】  作者: 稿 累華
第11章:狙われる娘

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210話:12歳のリヨン(1)

 はあ、とリヨンは溜息をついた。

 とぼとぼと歩いている丸石の道に、溜息がぶつかって玉のように跳ね返ってきそうな気がする。


 今は、エレンシアの月。あと一週すれば、アベルの月。それは、盛夏ノ休暇(なつやすみ)の訪れを意味している。リヨンは、ツェット市に帰省しなければいけなくなる。

 考えるだけで憂うつで、深い溜息が出てくる。


(帰りたくないな……)


 屋敷のあるツェットに、帰りたくない。

 帰ったら、ひと月、母エヨンと一緒に過ごさなければいけなくなる。きっとまた、母は、癇癪(かんしゃく)を起こすだろう。一年半ほど前からひどくなって、使用人たちも震え上がっている。

 母のいらだちには、理由がはっきりとある。



 王太子ムディアン殿下の{守護}の任から、解かれたのだ。


 宮廷魔術師としての母の自負。ペリメル家が代々担ってきた役目。その任を、解かれた。

 ひとつの大きな失敗が原因だった。



 ──{守護}のかけ忘れ。



 そんなことあってよいはずないのに、母はそれを忘れた。かけ直すのを忘れたのだ。


 闇の魔術の{守護}は万能ではない。一日一回必ずかけ直さなければいけない。消費されてもかけ直さなければいけない。あまり都合のよい魔術ではないのだ。けれど、指名された呪術を完璧に弾くという優れた効果がある。だから、これまで重宝されてきた。


 王族は、日がな、呪術による暗殺が絶えない。一年半前、第一王子イディオン殿下を擁立しようとする一派が、ムディアン殿下の暗殺を企もうとこれを行使したが、母エヨンの{守護}によって守られた。だが、同日またべつの手で、ムディアン殿下は、暗殺されそうになったのだ。{守護}がない状態で。


 これを防げたのは、イディオン殿下の活躍によるところだという。詳しくは知らないが、この頃からイディオン殿下は目覚ましい活躍を見せていて、だからこそ正当なる第一王子である殿下を擁立しようとする一派が現れた。その一派からの暗殺を、イディオン殿下が防ぐというのは、なんとも痛快な話だった。

 結果的に防げたのはいいものの、王子ふたりを危険に晒した母の罪は重かった。宮廷魔術師としての三年に渡る身分の停止。ムディアン殿下の{守護}役からの解雇。女王陛下より、直に罰を受けた。


 母の懺悔は聞き入れられなかった。女王は豪放で寛容だが、厳しい為政者としての顔も持つ。貴族の身分を剥奪されなかっただけ、ましだと言えるだろう。

 代わりに、ムディアン殿下の{守護}の任についたのは、母の兄に当たる叔父だった。母曰く、叔父は、ほくそ笑んでいたという。そして、家門の長である祖父からは、懲戒を受けた。



「愚か者めが!」



 リヨンは部屋にこもって、モレリーのぬいぐるみを抱きながら、掛布のなかで震えて聞いていた。戸を一枚隔てた先で起きていることを想像するだけで、おそろしかった。

 叩く音。殴る音。鞭のようなもので肌を打つ音。


 「許してください、お父さま」と泣き叫ぶ母の声。それは次第に、悲鳴となる。かぼそい声となっていく。


 リヨンは耳を閉じた。

 だが、リヨンの恐怖に反応し、いつもは呪文で制御しているはずの{感応}が自動的に発動して、暗緑の砂を描き、母や祖父の心に忍び込んでいく。


 ──許せない許せない許せない。


 ──愚かな娘。力が一番強いのに、気持ちを御することができないから失敗をする。あんな男と結婚し、離婚したのもこの娘のばかさ加減だ。


 ──痛い痛い痛い。


 ──愚かな娘。きちんと体に押し込まねば。


 ──なんで私ばっかり。


 ──もう二度と失敗を犯さないように。ペリメルの名に恥じぬように。


 ──お父さまなんて嫌い。いつも、お兄さまを差し置いて、私ばかり……


 リヨンは、〈導脈〉から流れ込んできた、強い感情に頭が割れそうになった。モレリーのぬいぐるみを握りしめる。出そうになった苦痛の声をどうにか押さえつける。


(助けて、助けて、モーちゃん)


 抱きしめると、昔聞こえたモレリーの声とやさしいにおいが、リヨンの混乱と恐慌を落ち着けてくれる。エリス、という花の根のゆたかなにおいであることをいつだか知った。そのにおいは、リヨンの恐怖をいつも和らげてくれるのだ。

 まもなくして、無意識に働いた{感応}は落ち着いていった。


 ほっとする。


 このリヨンが生み出した魔術に助けられたことは一度や二度ではないが、苦しめられたことも一度や二度ではなかった。

 恐怖という感情は、制御を解く鍵になってしまう。



「お前は、笑っている時が一番いい顔をしているぞ」

 笑ってれば大丈夫だ、とオーズ師が、言ってくれた。大好きな先生。


「君は恐怖に打ち克ってその魔法を身につけた。けれどもね、その魔法を使わずに、楽しく毎日を過ごせることが一番なんだよ」

 メッケル学園長は、リヨンの頭をなでながらやさしく言ってくれた。



 家でそんなことがあっても、リヨンが魔法学園時代、楽しい日々を過ごすことができていたのは、先生たちのおかげであったということを、今ではリヨン自身もわかっている。


 学園に戻りたいな、と思ってしまう。

 こつこつ、こつこつ、とリヨンの革靴は、石畳を鳴らす。


 黒い槍を掲げているような門が見えてきた。リヨンは一度足を止める。門番に、外出許可証と学徒証を見せると、中に入れてもらった。ほっとする。


(でも……)


 リヨンは、赤煉瓦の学院全体を見上げる。


(ここも楽しいから好き)

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