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魔法が使えない魔導師と、霧の大陸の教え子たち【6/6完結予定】  作者: 稿 累華
第10章:ついてくる少女─後編─

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209話:騎士たちの夜宴

 霧が出ていた。夏の星月夜に、視界が利かぬほど、霧が出るのは珍しい。海霧の出る海沿いはべつだが、通常アベルの月(はちがつ)が近づけば近づくほど、霧は晴れていき、人々も蟲の脅威の減るこの時期を喜ぶ。


 ──{霧喚び}でもせぬ限り。


 マーロは、腕を組みながら壁に寄りかかる。臙脂色の長外套(ローブ)からは、自身の傷だらけの前腕が出ていた。盛り上がった筋肉には、蟲によって傷つけられた痕がいくつも残っている。どれをいつ負ったのか覚えてない。かつて、それは、勲章だと思っていた。己のあり方の誇りであり、街を守る英雄の証だ。と。


 ふっ、と自嘲の笑みが漏れる。

 内腹の筋で生じ、今や〈導脈〉の魔力とともに全身に満ちている絶望であった。


 マーロにはもう、誇りもなにも残っていない。


 しばらくすると、軽やかな足音が聞こえてきた。霧のなかで朧に浮かぶ、香炉(こうろ)宵燈(ランプ)がゆらゆら揺れているのがわかる。

 無邪気な歌が、聞こえてきた。



 こんばんは、ごきげんよう。

 魔女の宴(サバト)のはじまりよ。


 今日の(スープ)は?

  カエルの足、ムカデの毒、ウサギの目玉で、できあがり!


 今日の主菜(メイン)は?

  メドゥラ(人喰い熊)の熊手! サソリの尻尾のソースで、召し上がれ!


 食後菓(デザート)は?

  決まってないわ!


 なににする?

  決めましょう!


 これから?

  これから!



「──では、宴をはじめよう」



 その台詞が霧のなかに響き渡ると、まもなくして{転移}の光とともに、いくつも臙脂色の長外套が姿を表す。


 マーロを入れて、全部で七つ。

 〈気高き魔女の騎士団〉の幹部である七人であった。

 おもむろにひとりが、ゆったりと口を開く。



「──やあ、みんな。元気だったかい?」



 屈託のない、人を安心させる話し方をする男だった。

 絶望が蔓延っているマーロも、この男の話を聞いていると、一時の和みを覚える。昔日(せきじつ)に消え失せたあたたかな食卓の光景を思い出すことができた。


「元気だったよ、ヘライン団長!」


 明るく返事をしたのは、一番小柄な娘だ。六歳とかそれくらいの背丈しかない。

 実年齢はもっと上だが、〈幼子症(おさなごしょう)〉によって成長の機会を失ったのだという。そのため、〈導脈〉が育たず、大した魔法が使えない。けれど、器用で、騎士たちの臙脂色の長外套は、この娘が〈細蟹(くも)〉の糸を用いて織り上げている。


 ──怨嗟のこもった長外套だ。


 彼女の指先から漏れた血が、布を臙脂色に染め上げている気がしてならない。


「つつがなく」


 べつの女が、ぶっきらぼうに返事をした。

 空気のような女だ。ひょっとしたら、今たち込めている霧と混ざり合ってしまうかもしれない。


(可能であろうな)


 この女であれば。

 なにせ、{霧喚び}の陣や霧そのものを操ることに長けているのがこの女だ。どこからでも、霧を喚ぶことができる。この女が欠けては大義は果たせない。団長は、そう断言している。


「そうかそうか、いいことだ」


 ヘライン団長は、ほんとうにそう思っているのだろう。皆への深い愛情と憐れみを持っているのがこの団長だ。

 時折、歪んでいるようにも聞こえるが、左手を失ってからというもの、歪みだけではなく人としての情が伴うようになったと思う。

 少なくとも団長は、この組織に所属している者たちに対して、心からの憐憫で声をかけている。


「君たちはどうかな?」


 マーロを含め、口を開かなかった残り四人に、その憐憫が向けられる。


「順調」

 これは、元修道師の男。


「私のことは知っております通りでございます」

 これは、盲目の元精霊使い。ヘライン団長と拠点にいる、隠匿の呪了師だ。副団長でもある。


「動きやすくなった」

 もう一人の副団長が言った。余韻のある声をしている。


「へえ、それはよかった。君の足を止めていた見張りは、計画を遅延させかねなかったからね。なんで動きやすくなったのかな?」


 ヘラインは興味深そうに尋ねる。


「私を警戒するよりも優先順位の高いことがあった。だから、だろう」

「なるほどね」


 団長は、副団長に楽しそうに笑いかける。


「愛だね」

「…………」

「君の愛は歪曲しているけど、息子のほうはどうなんだろうね?」

「……さてな」


 返事に、ヘラインは変わらず楽しそうにもう一度笑って、マーロに視線を向ける。


「君は、どうだ?」

「問題ない」


 一言、マーロは返事をする。


「彼女は?」


 先日、モルリオールで失態を犯した配下のことが問われていた。

 マーロは、淡々と返す。


「始末した」

「……そうか」


 ヘラインの声には苦渋が浮かぶ。


「……かわいそうに」

「不始末は致し方ない」

「……そうだね。僕も、規律を乱してまで彼女を救えとは言ってない。上司である君がそう判断したのなら仕方ない」


 ヘラインは深い憐れみを載せながら、話を切り替える。


「ヤルチェ・ラッカーラのほうは?」

「手を引いた。魔導師に妨害された」


 あのふたりは、厄介だった。ひとりとは交戦したが、本気を出していなかった。もうひとりの戦闘の様子も一瞥だけで判断できた。

 ふたりとやり合っては、刃が立たない。それは、戦闘経験が多くあるマーロだからこその直感だった。逃げるに越したことはない。


「そうか、しょうがないね」


 ヘラインも、マーロのそういう直感を信頼している。


「あの子も、特別かわいそうな子だったが……仕方ない。予備を使うしかないね」


 へライン団長は、そう言って、長外套の裾から、透けた巾着を出した。

 そのなかには、強い光を持った色合いの異なるファル石が、いくつも入っている。大義のために集められたファル石。かつて、生きた〈導脈〉であったもの。そのなかに、ヤルチェ・ラッカーラの〈導脈〉も含まれるはずだった。



「──予備はあるが、予備では埋められないものがある」



 ヘライン団長は、声音を変えて言った。

 マーロも含め、他の六人に向けられる。


「君たち三人が、揃えなければいけないものだ」


 ぶっきらぼうな霧使い。元修道師。副団長の男。

 順に、団長の黒い眼差しが向けられる。


「期待しているよ」


 ヘラインは柔和に笑う。

 団長自身が仕留める獲物もあると聞いている。それも、難易度の高い獲物だと聞いている。だが、問題ないだろう。団長と元精霊使いの隠匿があれば、どこに忍び込むのも、気配を完全に消すのもたやすい。


「まず一番の報告をしてくれるのは、君だろうね」


 団長は、そう言ってぶっきらぼうな霧使いにほほ笑む。



「──イダ、次までに待ってるね」

「はい」


 短く、霧使いの女は返事をする。



「──闇より気高さを」

 団長が言う。



「気高き魔女の名にかけて」

 マーロたち六人は唱和して応じる。



「──この世を変革に導こう。今の犠牲と代償は厭わない。それが、呪いを受け容れ了承する、僕たちの大義だ」



 団長の宣言を最後に、夜宴(サバト)は散会となった。





(第10章:ついてくる少女──後編・了──)




 

▼10章登場人物

ドゥエルタ老師

 ヴェッセンダリアの十二老師の一人。次元の魔導師。時間旅行で常にいない。


ヘライン団長

 〈気高き魔女の騎士団〉を率いる中心人物。おだやかに笑い、人望が篤い。


マーロ・スパン

 〈気高き魔女の騎士団〉の上級騎士。隻眼。戦斧を触媒に大地の魔術を使うが、戦斧そのものを扱う力量が高い。

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